第十五話 「オーサワ!! 」

■■■自殺ランブルのルールその15■■■


 案内人 (れ~みんマウス)は反則を犯した者を除き、自ら参加者を傷つけるようなコトは出来ない。




■■■ 第十五話 「オーサワ!! 」■■■




 【自殺(スーサイダーズ)ランブル】が開始されて、一体どれだけの時間が流れたのだろうか? 





 ボク、清水 舞台(きよみず ぶたい)は、この戦いにおいて4回の戦闘を行い、2人の参戦者を脱落させて今に至る。





 ガス中毒、銃撃、高所落下、溺れ、火傷、剣突……数々の痛みに耐え、その際に二度も腕を失い、ズタボロになりながらも何とか"死に残って"いる。





 出会いと別れもあった。無力感も勝利の達成感も味わった……その経験は、何日にも及んだ濃密な時間の中を過ごしてきたかのようにも感じられるが、実際のところは2~3時間程度しか経っていないのかもしれない。




 とにかくそんな圧縮された現在進行形の時を過ごしているボクだけど、ホンの20分程度の間で自分の身に起こった「3つ」の出来事を未だに信じられずにいた。





 まず「1つ目」

 ボクと戦っていた、物体を刃物に変える【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】の使い手、瀬根川 刃(せねがわ じん)が須藤(すどう)さんと同盟を組んでいたというコト。





 そして「2つ目」

 瀬根川さん率いる"強奪チーム"が【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の案内人である「れ~みんマウス」を襲撃して"あの世への鍵"を奪おうとしているコト。





 最後に「3つ目」

 ボクも加わり8人になった強奪チームは、瀬根川さんの案内で薄暗い地下通路をひたすら歩き続け、信じられない場所にたどり着いたという事実……まさか……この場所は……!? 









「須藤、この扉だ。頼むぞ」





 迷路のような地下通路の突き当たりで、瀬根川さんが薄笑いを作りながら須藤さんに言った。そこにはドアノブが錆び付いた重い金属の扉が一つ、全てを拒絶するかのような重々しさで構えている。





「あいよ……なるほどね、お前がオレやメラメラセーラー服を仲間にしたがってた理由(ワケ)が分かったぜ」





 その扉は固く施錠されて封印されていたが、須藤さんの毒能力と規格外のパワーで無理矢理こじ開けられ、その奥に封印されていた空間が露わになる。そして閉じこめられていた光が僕達の目をくらませた。





「うわぁ……」





 チーム全員がため息を漏らして驚いていた。





「ここってもしかして……!? 」





 その部屋はごく一般的なコンビニ程度の広さがあり、床には黒いカーペットが敷かれ、家具は一脚のキャスター付きチェアーとレ、ストランで料理を運ぶ時に使うようなワゴンがポツンと中央に置かれている以外無い、簡素なモノだった……





 でも……ただ一点。リバティ島に行けば自由の女神像が必ず視界に入るように、どうしても無視することの出来ない"設備"が部屋の三面を覆い尽くしていることが、この部屋が何のために使われている部屋なのかを人目で理解させてくれた。





「やっぱりだ。俺の思った通りだ! 」





 その設備は、将棋盤のように区切られた数多くのモニター群だった。そしてそこから映し出されているのは、遊園地内に設置されている無数の監視カメラの映像。つまりここは……





「なるほど……さしずめここは……自殺遊園地の【中央管理局】と言ったところか……」





 強奪チームの仲間の一人「車 走栄(くるま そうえい)」さんが綺麗に整えられたアゴヒゲをさわりながら、ゆったりとした口調で呟いた。





「おい瀬根川、どうやって知ったんだ? この場所を? 」





 須藤さんもこの部屋に入った直後は驚きを隠せない表情を作っていたが、すぐさまそれは瀬根川さんへの"疑惑"の険しい表情へと変貌した。須藤さんはひょっとして、彼がれ~みんマウスの"差し金"じゃないか? と考えたのかもしれない。





「おいおい……誤解するなよ、俺がここを見つけたのは偶然だ。みんなこの戦いに巻き込まれた時によ、それぞれバラバラの場所からスタートしたろ? 俺の場合はよ、この地下通路で目が覚めたんだ」





「それで?」





 表情を緩めずに威圧的な態度のまま、須藤さんは瀬根川さんを急かした。なんだかそれを見ているこっちにまで緊張感が走ってしまう。





「落ち付けって須藤、話をちゃんと聞けって。だからよ……それで俺はこの迷路をフラフラさまよってる内に、見ちまったんだ……これまた全くの偶然だったがよ」





「何を!? 」





「……れ~みんマウスがこの部屋から出てくる瞬間をだ」





 その言葉に全員が理解した。つまり、この【中央管理局】で待っていれば、れ~みんマウスが必ずこの部屋に戻ってくるだろう。という考えを。そして、そこを狙って鍵を奪ってしまえばいいという魂胆を……





 でも……ボクにはやっぱり胸からわき上がる"不安"のモヤモヤを払拭することが出来なかった。いや、コレはボクだけじゃなくて他のみんなも同じ心境なのだと思う。





「瀬根川さん……」





「何だ? 舞台」





「こんなコトして……ボクら、失格にならないんでしょうか? プロレスで言えばレフェリーに襲いかかるモノですし……」





 ボクの(おそらく)ごく普通の感覚からにじみ出る素朴な疑問に対し、瀬根川は明らかに苦い表情を作る。





「だ……大丈夫だ。ルールブックにも"れ~みんマウスを襲ってはいけない"だなんて記載は一行も書いて無い。これは盲点を付いた策略だ! 」





 ボク達がこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】で目覚めた時、ポケットの中に【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】に関する説明書がねじ込まれていた。そしてその裏面にはビッシリと、この戦いにおいてのルールと注意事項が記載されている。





 改めてそれを読み直してみれば、"服は破れても復活する"だとか、どうでもよさそうな記載があったりするのに対し、確かに"案内人を襲撃してはならない"という文面は見あたらなかった。でも……





「それは……普通のラーメン屋に"食い逃げ禁止"の張り紙が無いように、当たり前の一般常識だからあえて記載してないんじゃないでしょうか……? 」





 ごくごく当たり前のコトを喋ったつもりだった。だけど、ボクのその言葉に対して瀬根川は露骨に不快な表情を作ってボクに詰め寄ってきた。





「な……なんだよ! さっきからおめぇは文句ばかり垂れやがって! 俺の"決断"に文句でもあんのか!? そんなに不満なら即刻チームから抜けてもいいんだぜ? ただし、その瞬間おめぇは俺らの"敵"だ! その覚悟はあんのかよ!? ええっ!? 」





「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 」





 興奮した瀬根川に胸ぐらを捕まれそうになった瞬間だった、とっさに動いた須藤さんが彼の腕を大きな手で握り締め、それを阻止して捻り上げた。





「いててててぇッ! 」





「瀬根川……これ以上舞台を傷つけやがったらドロドロに溶かしてやるぜ? 」





「いてぇよ! ちょっと掴もうとしただけだろうが! 」





 須藤さんは腕を捻り上げる力を緩めない。ボクも、他のメンバーもこの状況をどうしていいのか分からず、ただただ2人のやり取りを見守る

しかなかった。





「舞台に免じて今は大人しくしてやってるがよ……本当は今すぐにでもお前をバラバラにしてやりたいくらいなんだぜ? 」





 須藤さんは、瀬根川がボクに攻撃を仕掛け、腹にサーベルを突き立てたコトを未だに許していないようだった……ボク自身は自分にも相手の話を聞こうとしなかったコトに否があったと思っているし、サーベルも自分から突き刺さりに行ったワケなので、彼に対して怒りのような感情は持ち合わせていなかったけど……






「だから"アレ"は誤解だって言ってるだろ! 俺はちょっとビビらせようとしただけで……舞台に攻撃するつもりなんて無かったんだよ! 」


「あぁ? 聞いた話じゃ、何度も舞台に刃物を何本も投げつけやがったらしいじゃねぇか! それでよくそんな台詞が言えたな! 」


「どれも直前に能力を解除して寸止めしてたんだよ俺は! それに、俺の方こそ舞台にやられかけたんだぞ! イーブンだろうが! 」


「そんなの正当防衛だろうが! お前が舞台を襲わなきゃそんなコトにならなかったんだよ! それに、オレが舞台の攻撃を止めてやったコトを忘れるなよ! そうでなきゃお前はケガどころじゃなかったんだぜ!? 」





 額に青筋を立てる勢いで言い争う2人。もしかしたら、このまま白熱したら【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を使って本気で傷つけ合ってしまうのでは? と思うほどの危機感を覚えた。マズイ……早く止めないと! 





「あの……ちょっ……」


「もうやめてよ!! 」





 ボクが仲裁しようとするより一瞬早く、強奪チームの一人が震える声で2人の間に割って入ろうとした。





「もうヤダよ……こんな時にケンカなんかしてもどうしようもないよ! せっかく集まった仲間なんだから……もっと仲良くしようよ? ね? 」





 小動物のように怯えながら2人の男を懸命に抑えようとした彼女の姿を見て、須藤さんはようやく痛めつけていた瀬根川の腕を放した。そして気まずい沈黙が生まれ、落ち着きを取り戻した彼らは彼女に申し訳なさそうな表情を浮かべた。





「……悪かったな……"大沢"……ちゃん」


「すまんな……"大沢"……もう大丈夫だ」





 一触即発の場面を鎮火させた彼女は……みんなから「大沢」と呼ばれている身長が150cmあるか無いかの小さな女の子だ。





 太い眉と黒縁眼鏡が特徴的で……"素朴"という言葉がピッタリ似合う雰囲気を醸し出していて、年齢はボクの一個上で16歳だけど、下手をすれば小学生と間違われるほどに幼い顔つきをしている。





 まぁ、自殺遊園地(ここ)では、生きている時に全盛だった頃の肉体をベースにした姿になるので、実際はもっと年相応の見た目なのかもしれないけど……それを本人に聞くことはとても失礼なコトじゃないか? と思ったので気にしないコトにした。





「みんなで力を合わせようって決めたじゃない……だめだよ……こんな……死んでまでケンカなんて……うぅッ……」





 とうとう半ば泣き出しそうになっている大沢さん。それを見かねて、走栄(そうえい)さんや他の皆が、彼女をあやし始めた。





「よしよし……」「大丈夫だよ"大沢"さん」などと、慰められている彼女からは、この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】において他の参戦者と戦い、蹴散らして勝ち残れるようなイメージを沸かせるコトが全く出来なかった。多分この強奪チームと手を組んでいなかったら、とっくに敗退していたのではないか? 





 三田さんもそうだったけど、ここでは誰もが相手を蹴散らして、バトルを制しよう。と考えているワケでは無い……





 他人と争うことも出来ず、かといって敗退して生き返るコトも怖くて出来ない。そんな"優しすぎる"人達が集ったのが、この強奪チームのメンバーなのだろう。





 瀬根川のちょっと無茶そうな提案を受け入れて一緒に行動しているのは、そうするしか自分達の心に折り合いをつけることが出来ないからなのかもしれない。





「……"大沢"さん。ごめん、ボクがもっと早く2人を止めなきゃいけなかったのに」





「いいよ舞台くん……わたしこそゴメンね……何だかみっともないところみせちゃった……年上なのにね」





 彼女の訴えでとりあえず場が収まり、他のメンバーは【中央管理局】内に何か重要な物でも隠されていないかと室内を調査したり、モニターをチェックしてれ~みんマウスの現在地を探ろうとしていた。そんな中、ボクが彼女に話しかけると、不安そうな顔なんて見せずに笑った顔で返事をしてくれた……





「そんなことないですよ……助かりました……"大沢"さんのおかげで、あの場は収まったんですから」





「へへ……ありがとう舞台くん。それと、わたしとは別にタメ口でいいからね。どうせ一個違いだし」





「はい……じゃなくて…………うん……分かった」





 ボクの言葉に「へへっ」と、あどけない感じの可愛い笑顔を見せてくれたけど、少し痛々しかった。心配かけないようにと思って無理して表情を作っていたのは、未だに涙で濡れた頬でバレバレだった。





 この世は残酷だ。





 恨まれるような要素など全くない彼女でさえ、自ら死を選ばなければならないほど追い込まれていたと思うと、胸が痛くなる。





 本人が語ったワケではないので本当のところは分からないけど、大沢さんに自殺を決意させてしまった理由には、おおよその見当をつけていた。





 それは……先ほど園内全体で発表された"死存者リスト"が公開されたコトでボクのみならず、チーム全員が察したハズだ。それ以来は彼女の名前を呼ぶ際、妙に気遣うようなニュアンスを無意識に含めてしまっている。





「舞台くんも一緒にこの部屋を調べようよ。何かあるかもしれないよ」





「うん……そうだね」





 とにかく、今は"鍵の強奪"に少しでも役立てられるような情報を探すコトが先決だ。大沢さんに促されながらボクもこの部屋の調査に取り掛かるコトにした。





 そして……10分くらい経っただろうか? カーペットの裏側を探ってみたり、壁に隠し扉が無いか? だとか調べてみたものの、特にコレといった情報は見つからなかった。そもそも、この部屋には膨大な数のモニターが園内を映し出しているものの、それを制御するような端末やリモコンすら置かれていない不思議な空間だった。





 進展が無く時間だけが過ぎていくこの状況に、自分達の今やっているコトは……果てして意味があるのだろうか? と、ボクは再びこの強奪プランに疑問を覚え始めてきた。





「ちょっとみなさん! ……コレを見てください! 」





 しかし……そんなボクの心を見透かしたかのように、事態を急変させる言葉が管理局内に響き渡る。





 走栄さんがモニターで何かを発見したようだ! チーム全員がその声に吸い寄せられるように、彼の元へと駆け寄った。





「どうした!? れ~みんマウスを見つけたか? 」





「いえ……そうではありません……とにかく見てください! 」





 走栄さんが指さす液晶画面に映し出されたモノ……それは、想像を絶する異形で、それが何なのかさっぱり理解出来なかった。





「な……なんだよ"コイツら"は!? 」





須藤さんが驚きながらも"コイツら"と呼んだ者達……パッと見た印象はガリガリに痩せたチンパンジー。人間のようで人間でない……獣のようで獣でない、かと言ってロボットとも言えない"不気味の谷"を感じさせるビジュアルのそいつらは、15体程の群れを成してゆっくりと、どこかに向かって二足歩行をしていた。





「わからん……コイツらが何なのかはわからんが……一つハッキリしてるコトがある……」




 瀬根川は大きくツバを飲み込み……ボク達の方へと視線を泳がせる。





「コイツらが歩いている場所は、遊園地の地下通路……そして向かっている方向は間違いなく……」





 その先を言い淀んだ瀬根川の言葉を、走栄さんが引き継ぐ……





「ここ……【中央管理局】ってことですね……? 」





■■【現在の死に残り人数 23人】■■




■■■強奪チームのメンバー紹介1■■■


■瀬根川 刃(せねがわ じん)[死亡年齢 28歳]

【能力】刃をとれ (テイク・ア・ナイフエッジ)【刀】


■車 走栄(くるま そうえい)[死亡年齢 19歳]

【能力】暴走王の孤独 (ランナーズハイ)【走】


■大沢(おおさわ)さん[死亡年齢 16歳]

【能力】吹けよ風、呼べよ痛み (ワン・オブ・ディーズタイムス)【風】





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