第十話 「ライブマッチ!! 」

■■■自殺ランブルのルールその10■■■


 自殺遊園地(スーサイドパーク)の地下には、アトラクション施設同士をつなぐような隠し通路が存在する。もちろん参加者はその空間を利用することが出来るが、そもそもこの地下通路の存在自体があまり知られていないので、利用する者は少ない。




■■■第十話 「ライブマッチ!! 」■■■




 時間はちょっとだけさかのぼる。





 ボク(清水舞台(きよみずぶたい))は、仲間の須藤大葉(すどうおおば)さんと共に、炎を操るセーラー服の少女(本草凛花(ほんぞうりんか))の猛攻から逃れる為に逃走を計っていた。





「おい! 見てみろ舞台! 」





 その最中、須藤さんが地下へと続く通路を見つけた。地下鉄の入口を思わせるゲートをくぐり、30段ほどの階段を降りた先には、銀行の大型金庫かと思うほどに堅牢な作りの扉があった。





「舞台……こりゃもしかして……アレかもしれんぞ」





「アレ? 」





 須藤さんが言うには、前回の【自殺(スーサイダーズ)ランブル】にて、その時行動を共にしていた仲間からこんな話を聞いたのだとか……





 「この遊園地には地下空間が存在する。そこには参加者の動向を監視するカメラが無いから、戦闘をそこでやり過ごすコトが出来るんだぜ」





「ヌウゥゥゥゥッッッッッシ!! 」





 その言葉を信じていた須藤さんは、何でも溶かす毒液を操る【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を使い、鍵の掛かった扉を溶かしてこじ開けようと試みた。ボクはその間、周囲の監視に専念していた。









 で、今。まさに今……そんな逃げ腰のボクらをあざ笑うように、巨大な車輪と化した観覧車がゆっくりとこちらに転がり迫ってきている! 





「須藤さん! あとどれくらいで開きますか!? 」





「10秒くらいだ! ヤバそうか!? 」





 10秒……間にあうか間に合わないかよく分からない猶予だ。扉を開けるのを諦めて、即刻避難するべきなのかもしれないけど……地上で見張りをしているボクはともかく、下にいる須藤さんは階段を駆け上がるタイムロスがある為、観覧車のプレスから逃れられない可能性がある。





「ヤバイです! 」





 ガシャン! ガシャン! とゴンドラを押しつぶしながら転がり迫る観覧車。その大きさの為に動きはゆっくりに見えても、実際は時速40km~50kmくらいのスピードでこちらに向かってきているのだろう。あと数秒もすればボクたちは自動車に轢かれたカエル状態になっている可能性が大。





「舞台! お前だけでも逃げろ! 」





 ボクの【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】によって作り出した、吹き上げる突風を使えば、確かにこの状況を回避するコトが出来るだろう……でも。





「ボクが止めます! あの観覧車を! 」

「なんだって!? 」





 ボクは「ペッ! ペッ! 」と両手のひらに唾を吐き付けて"風のシールド"を発動させる準備に取りかかった。





「無茶だ舞台! 逃げろ! 」





 今のボクには、須藤さんの声は届かなかった。今まで何度もボクの窮地を救ってくれた彼に、恩返しをしたかったのか、それとも新たな"力"を手に入れた慢心からか……いや、単純にボクは須藤さんにもっと"カッコイイ自分"を見てもらいたかっただけなのかもしれない。





 とにかく、ボクは信じた。自分の力を……【吹けよ風、呼べよ痛み (ワン・オブ・ディーズタイムス)】の可能性を……! 





「だぁああああッ!! 」





 観覧車が目前に迫ったその瞬間、ボクは両手を合わせ、右手と左手の

間に幕を張ったツバの水面に紋章を作り、"矛盾空間"を発生させる! 





「ビュグオオオオオオオッ!!!! 」





 ボクを中心に鋭く唸る風が生まれ、球体を作り上げた。 発動成功だ! 





 そしてそのまま超重量の観覧車を受け止め、その進行を妨げる。これ以上は、進ませない! 





「うおおおおおおおおッ!! 」





 風のシールドに触れた観覧車は、まるで地面に転がったバスケットボールを踏みつけてしまったかのようにバランスを崩し、ゆっくりと地面に引っ張られ……





「ドガッシャァァン!! ガシャァァァァン! ガシャァァァン! ガシャァン! ガシャン! ガシャガシャガシャガシャガシャ………」





 転がったタイヤが地面に倒れる時、踊るように何度もバウンドしてその動きを止める……ボクの目の前では今、何十倍もスケールアップされたその現象により、えぐれた地面の石片や、観覧車の金属片がまき散らされている。





 そして観覧車の車輪は力なく動きを止めると、細かな粒子が地面に叩きつけられる音だけが環境音を作り上げ、静寂を作り上げていた。





「やった……」

「マジかよ! 」




 あの巨大な観覧車を、このボクが受け止めた! ボクは喜びのあまり、思わず緩む表情を隠しきれずに振り返り、須藤さんの反応を伺った。





「やりましたよ! 」





 でも、振り返ったボクに見せてくれた須藤さんの表情は想像とは違い、眉間にシワを寄せ、口を半開きにして、明らかに戸惑っている。というよりも……何かに驚いているような……? 





「舞台、後ろだ!! 」





 須藤さんの鬼気迫る声で振り返り、ボクはやっとのコトでコトの重大さを把握した……





「あ……」





 砂煙の中から徐々に色彩を帯びる人影。その正体こそ、この観覧車を巨大ホイールに変えた張本人! 





「言ったよね? 逃げないでって」





 炎を操るセーラー服の女の子 (本草凛花(ほんぞうりんか))が目の前にいる! それも、左手に高熱を帯びた火球を携えながら! 





「えい」





 覇気の感じられないかけ声と共に、女の子はソフトボールのピッチングのように腕を下から上に回転させながら炎のボールを放る! その軌道は明らかにボクではなく、奥にいる須藤さんに向けていた! なぜ!? 





 でも、ボクにはそんな疑問を抱かせる余裕は無かった。狭い地下空間にいる為、須藤さんには逃げ場が無い。鉄の扉も開けていたか、自分ではよく分からなかった……"ヤバイ"と思った……





 そして気が付いたらボクは、すでに行動に移していた。





「うわぁぁああああぁぁぁあ!! 」





 熱した中華鍋に押しつけられたかのような苦痛が走った、熱い! 痛い! 怖い! 





「舞台ィィィィ!! 」





 ボクは、なんの考えも無しに火球を右手で防いでしまっていた……松明のように燃える自分の手を見て、林間学校のキャンプファイヤーをフラッシュバックさせる。





 手から腕へと登る炎が、体にも燃え移ろうとした。このままボクは全身火だるまになってしまうのか? 





「ジュウゥゥゥゥウウウウウウ……!! 」





 迫り来る恐怖の目前だった。突然ボクの右半身が"軽く"なり、熱かった感覚も嘘のように消えていた。





「ハァ……ハァ……」





 隣には荒い息づかいでボクの右腕が"あった場所"を握りしめる須藤さんがいた。そうか、全身に炎が移る前に……彼が毒液でボクの右腕を溶かし落としてくれたみたいだ……また、助けられてしまった。





「ヌゥゥゥゥッッシ!!!! 」





 そして須藤さんは、ボクを救出するのと同時に、毒液で溶かした地面を"ちゃぶ台返し"のように放り投げて、女の子に攻撃を図った! 彼女も不意を付かれたようで、そのアスファルトの塊を全身に受け止めてしまい、その下敷きになった。





「大丈夫か? 舞台! 」





「はい……助かりました」





「助かったのはオレの方だぜ……すまねぇ! 」





「ドゴオォォォォンッッ!! 」





 息を付かせない内に、女の子は覆い被さった塊を爆発で吹き飛ばし、ボク達はその破片を体に浴びてしまった。





「グアッ! 」





 地下へ続く階段を転がり落ち、目の前に鉄の扉が映り込む。錠が外されて、半開きの状態になっていた。須藤さんはすでに、この扉の開錠に成功していたのだ。





「まったく……ワタシの邪魔ばかりするのね……あなたは」





 見上げると頭から血を流しつつも、一切弱った素振りを見せない彼女の姿があった。……強い……この子を倒すビジョンが、今のボクには全く浮かび上がらない。





「舞台……立てるか? 」





「はい」





 ボクは須藤さんに助け起こされ、彼女と対峙した。炎を纏い、ゆっくりと階段を降りる女の子……どうする? 背後の扉をくぐって地下通路に逃げるか? いや、そんなコトをしたら炎からますます逃げられなくなる。ここはもう……玉砕覚悟で立ち向かうしか……





「うがっ!? 」





 戦いの算段をしていたボクの思考を遮るように……須藤さんが突然ボクの体を突き飛ばし、扉の向こうへと追いやってしまった!? 





「ガシャァァァァン! 」





 そして大きな音を立てて閉められる扉……まさか……まさか須藤さん! これって!? 





「舞台、今の内に逃げろ! オレが時間を稼ぐ! 」





 扉の向こうから聞こえる声が、ボクの立場を決定づけた……そんな……こんなところで……? 





「須藤さん開けてください! ボクも戦います! 」





「バカヤロウ! 左手一本で何ができる! 足手まといなんだよ! 」





「そんな……須藤さん……」





 扉を無理矢理こじ開けようとしても無駄だった……どうやら須藤さんが毒液で"溶接"してしまったようだ……





「心配するな舞台……最後にオレ達だけで決着つけるって約束は、まだ忘れちゃいねぇからよ」





「須藤さん! イヤだ! こんなところで! 」





「さっさと行きやがれ! 走ってここから離れやがれぇぇぇぇ!! 」





 "無力"という言葉がここまでも頭の中を占拠したのは……今日が初めてだった。自分の情けなさ、ふがいなさを噛みしめたこの時は……生きている内に味わっておきたかった……





 自分だけが傷つくことには慣れっこだったけど……窮地の仲間に何もしてあげられない苦しみが、こんなにも辛いものだったなんて……





 とにかく、ボクは走った。迷路のように入り組んだ暗い地下通路を、走って走って、走り続けた……! 遠くから聞こえる轟音を聞かないよう、耳を塞ぎながら……





「須藤さん……ごめん……」










「……ワタシから、こそこそ逃げてばかりかと思えば……今度はあの子を逃がして一人で立ち向かうなんて……よく分からない人なのね」





「ヘッ! 本当だったら、オレも一緒に逃げたかったところだけどよ……気が変わっちまったんだよ」





 本草凛花と向き合い、闘志を燃やす須藤。彼の眼光からはもう、過去のトラウマに縛られていた陰を一切感じさせなかった。





「アイツがオレを庇(かば)って火だるまになりかけた瞬間、目が覚めたんだよ。なんでオレは今まで、お前みたいな小っこいお子ちゃまに怯えてたんだろう? ってな。情けねぇよな……過去の自分にゴッチ式パイルドライバーをかましてやりたくなったぜ」





「ごっちしき……? 」





「それは今から教えてやるよ! さぁ……やろうぜ……お前の炎とオレの毒……死ぬか生きるかの死闘(デスマッチ)……いや、生闘(ライブマッチ)の2回戦をよ? 」





「ふー……予期しないコトだったけど……ワタシ、あなたの闘志にまで火をつけちゃったワケなのね」





「そういうこった! 行くぞッ!! 」









 無我夢中で走り回り、気が付いたらボクは地上にたどり着いていた。





 ここはさっきの場所からはかなり離れたエリアのようで、周囲には初めて見るテントや建物がボクを出迎えていた。





「ハァ……ハァ……」





 1時間くらい地下通路を走り回ったと思っていたけど、失った右腕がまだ再生していないことから、まだ10分も経っていないコトが分かり、疲れが一気に体を重くする。





「須藤さん……」





 そして、観覧車があったと思われる方向へと目を向けると、流星のような一筋の光線が、夕焼け空へと吸い込まれていったのが見えた……





■■【現在の死に残り人数 24人】■■

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