第九話 「ヒューマンロケット!! 」

■■■自殺ランブルのルールその9■■■


 自殺遊園地(スーサイドパーク)内にある数々の施設は、利用するのも破壊するのも自由である。ただし、あの世へと繋がる"扉"を無理矢理開こうとしたり、破壊行為に及んだ場合は"反則"となり、案内人によって厳重に処罰される。




■■■第九話 「ヒューマンロケット!! 」■■■




「須藤さん……本当に逃げるんですか? 」





「ああ? 今見ただろ! ああやって氷漬けにしても、あのセーラー服にとっちゃ、指のササクレがひん剥けた程度のダメージにしかなってねぇんだ! 」





 ボクと須藤(すどう)さんは、炎を操るセーラー服の女の子に見つからないよう、コソコソと観覧車から地上に降り立ち、園内の屋台や植木の陰に身を隠しつつ逃走を計った。まるで鬼ごっこだ。





 そしてその最中、10人の「討伐チーム」とセーラー服との戦いをコッソリのぞき込み、その圧倒的な強さを目の当たりにした。





 強い……





 セーラー服は確かに強い。絶体絶命の窮地をもいとも簡単に切り抜けてたし、そのついでに二人の参戦者をリタイアさせてしまった。





 でも……ボクにはまだ、須藤さんが極端に怯えるほどの"恐怖"は感じ取れなかった。どうにかすれば勝てるんじゃないか? そう思うほどに、ボクと須藤さんの間にはギャップが生じている。





「須藤さん! 」





「なんだ!? 」





「やっぱり戦いましょうよ! ボクの風の能力……さっき偶然見つけた"風のシールド"があれば、あの炎を防ぐコトが出来ると思うんです……その隙にみんなで攻撃すれば……」





 と、ボクが討伐チームとの共闘を提案した瞬間だった。





「ドガッ!  」





 須藤さんはイキナリ、そばにあった植木の太い幹に拳を叩きつけた。ボクを威嚇するような怒りの形相付きで……




「舞台……もしもお前が本気でヤツと戦いたいと思っているのなら……今ここでお前の首を絞め落とす 」





「そ……そんな? 」





 今置かれている自分の状況が信じられなかった……須藤さんの目は本気だ……返答次第では、迷いなく太い腕でボクを失神させてリタイアさせてしまうだろう……





「須藤さん、ごめんなさい……! もうそんなコト考えませんから……」





 ボクの態度を見て、須藤さんは幹に押しつけた拳をそっと離し、そこに滲(にじ)んだ血を見て、少し悲しげな表情を浮かべた。





「……すまんな、舞台……」





「……いえ……」





「アイツを倒すには……数で攻めるんじゃダメだ……もっと姑息で卑怯な手を使わない限り、勝てない。それに……」





「それに? 」





「俺は、どうしてもアイツとお前を戦わせたくない」









 作戦が失敗し、二人の仲間を失った討伐チームは、目の前で高熱の火球を両手に持つセーラー服の少女、本草凛花(ほんぞうりんか)に対して恐れるものの、未だ戦闘への意欲は失ってはいなかった。





「ガスの二人! 頼むぞ!! 」





 チームのリーダー、郡山藤次(こおりやまとうじ)の指示により、ガスの能力【銀白のけむり(シルバーヘイズ)】を持ち合わせるメンバーの男二人が、凛花の前に立ちはだかる! 





「……なるほど」





 凛花はその意図を読みとり、郡山達に向けるハズだった火球を、反対方向にある、園内の鉄柵に向けて撃ち放った。爆発音と共に砕け散った強固な鉄製の柵が、いとも簡単にバラバラに破壊される。





「さすがに勘がいいな……だけど気付いたところで遅いぞこの野郎! 」





 二人のガス能力者は、全身から"可燃性"のガスを放出していたのだ。凛花は自身の能力による熱は防げても、ガスに引火した際の"爆発"は防ぎようが無い。彼女はそれを瞬時に読みとり判断して、火球をワザと誰もいない方向へと向けて放ったのだ。





「……くっ」





 たちまち可燃性の有毒ガスに包まれてしまい、さすがに凛花も苦しげな声を上げる。郡山は彼女の能力を封じ込めたと確信した。





「よぉおおッし! いいぞ! 残った奴らはガスの巻き添えを食わない距離を保ちながら敵を囲むんだ!! 」





 郡山の指示通り、残った水の能力者(ポセイドンのいかり)が二人、ロープの能力者(タングルドアップイングリーン)、毒の能力者(ホールロッタベノム)と高速移動の能力者(ランナーズハイ)がそれぞれ一人ずつ、ガスの中でもがく凛花を円形に取り囲むように陣取った。これで彼女に逃げ場は無い。





「コレでチェックメイト! お前はもう終わりだ! おとなしく現世に戻りやがれ! 」





 "プランB"を成功させ、今度こそ勝利は確定した! と郡山は勝ち誇ったが……次の瞬間。





「ぐああああぁぁぁぁッ!! 」





 ガスによって出来た煙幕の中側より、苦痛によって張り出された"男"の悲鳴が上がり、光の球が上空へと舞い上がった! 





 誰かがやられた!? 討伐チームの間に緊張が走る。





 ……悲鳴は男の声だった……ということは! 





「うぐあああぁぁぁッ!! 」





 最初の悲鳴から3秒と経たない内に、二度目の悲鳴が上がる! 今度も"男"の悲鳴だ! 





「おいおいおい! どうなってる! 何が起きてる!? 」





 焦りを隠せない郡山。そして何も出来ずにいると、さっきまで凛花を包み込んでいたガスが、スっと消えるように晴れてしまった。





「うううう嘘だろ!? まさかそんなお前! 」





 ガスが晴れ、視界が戻ったその場所には、先端が鋭利に尖った金属パイプを、ガス能力者の"眼から後頭部"へと突き刺している凛花の姿があった。





 ドス黒い液体がパイプを伝い、彼女の手を伝い、滴(しずく)となって地面に垂れ落ち、ガスの男が光に包まれて空に吸い込まれる光景を、討伐チームは唖然として見続けることしか出来ない。





 "炎が使えなければ、それを使わずに戦えばいい"





 可燃性ガスによって追いつめられた彼女の、シンプルだがこれ以上ない回答によって二人のガス能力者はあっけなく敗退してしまった。





 さっき鉄柵に炎をぶつけたのは……誘爆を回避する為だけじゃなく、能力無しで戦う為の"武器"を作る為だったのかよチクショウ! 





「何やってんだお前ら! ボーっとしてねぇで攻撃しろぉぉぉぉ! 」





 状況を遅れて理解した郡山達は、すぐさま次の攻撃を再開させようとする。しかし、そのわずか数秒の"間"によって、この10対1のハンディ・キャップ戦はあっけなく幕を閉じることになった。





「……焼成(ベイク・オフ)!! 」





 凛花はそう叫んで、力強く開かれた右手を挙げて、強く握りしめて拳を作った!





「うがぁああああああッ!! 」

「ギィエアアアアッ!! 」

「アアアアアアァァァァッ!! 」

「オオオォォォあああ!! 」

「ああッ……あ 」

「キャアアアアアッッ!!!! 」





 それは、凄惨と呼ぶに相応しい地獄絵図だった。凛花が拳を作った瞬間、残った討伐チームの足下より激熱の炎の柱が吹き上がり、彼らを炭のマネキンへと変貌させてしまったのだ。





「あなたたち……ワタシの能力のコトをちょっと勘違いしてたんだと思うよ……」





 吹き上がる炎の中、涼しげな表情で、凛花は一人つぶやいた。





「ワタシの能力……【あなたをここで燃やしたい (ウィッシュユー・ワー・バーン)】は、炎を操る能力じゃない。正確には、強い発火性の液体を体から吹き出させ、それを自由に着火出来る能力なのね……自分以外を燃やすガソリンを使いこなせる能力……って言えば分かりやすいかな? 」





 凛花の説明を聞くこともなく、1つ、2つと次々に眩い光球が、炎の熱から逃げるかのように、弾け飛んでいく。そして、徐々に火柱が小さくなり、真っ黒く染まった地面から発せられた熱気が、凛花のショートロングの黒髪をわずかに揺らす。





「あなた達、最初にワタシを水で攻撃したでしょ? だから地面が水浸しになっていても気が付かなかったんだね……ワタシが出した発火液もそれに混じってたのね」





 彼女は右手に尖った鉄パイプを持ちながら、遊園地には甚だ場違いに置かれた、一つの"棺桶"へと近寄っていく。





「ハァ……ハァ……ハァ……ッッ……ハァ」





 荒く、乱れた呼吸音が棺桶のフタの隙間から漏れ出している。





「ハァ……ハァ……クソッ……ハァ……派手に火遊びしやがって……! 」





 棺桶の中身は、討伐チームのリーダー郡山。彼は炎が立ち上がる寸前に、とっさに"氷の棺桶"を作ってその中に避難していたのだ。





「永眠するにはまだまだまだまだ早いよ」





 凛花は容赦なくその棺桶のフタを引っ剥がし、隠れていた郡山の姿を露わにした。彼は飼い主に叱られた子犬のように震え上がり、着ている服(グレーのスーツ)は所々コゲて黒ずんでいた。露出した肌はところどころ焼けただれ、彼が完全に火柱を回避できなかったコトを物語っている。





「……あのまま焼かれてリタイアしてた方がラクだったのに……バカな人なのね……あなたって」





「へ? 」





 凛花は、トイレにこびり付いた茶色いシミを見るような目つきで、野球ボールほどの火球を片手で作り、ソレを棺桶の中に投げ入れた。





「ギイィィィィィィィィアアアアッッッッ!!!! 」





 当然、郡山は炎の熱でパニックになって棺桶から飛び出し、彼女から逃げようと背を向けてしまう。





……それがいけなかった……





「ヒイェエエアアアアアアアッッああッああ! あああ!! ああああッッ!! 」





 壊れたおもちゃのような途切れ途切れの絶叫。炎で焼かれる以上の苦しみを味わい、のたうち回る郡山。この状況を見て、平常心を保てる人間がいるとしたら、それは宝くじを当てたことのある人間よりも少ないだろう。





「ああああ!!!! クソォ! このクソ! クソ! クソ! なんでゴドじやがるゥ!! 」





 郡山の"肛門"には、凛花が武器として使っていた鉄パイプが深々と突き刺されていた……スペイン料理の子豚の丸焼きのように。





「痛いでしょ? 苦しいでしょ? わかるよ……ワタシも似たようなコトされたコトあるから……」





 凛花は悶絶する郡山をよそに、自分の手の平から発火性の液体を作りだし、ドクドクと彼に突き立てたパイプの穴へと流し込んでいく。





「ああああ! 何だ!? 何を! 何をする気だコノヤロー!!?? 」





「古代ギリシャで"ファラリスの雄牛(おうし)"って拷問器具が開発されてたらしくてね……それは中が空洞の牛の像の中に、人間を入れて丸焼きにするって装置なのね……」





「な……何を言ってやがる? チクショォォ!! 」





「その牛の頭には、管楽器のような筒が付けられていてね。中でもがき苦しむ人間の叫び声が……本物の牛の鳴き声みたいに聞こえるようになるって作りらしいのよ……」





「まさか!? 嘘だ! そんな? 」





 その意味を理解した時、郡山は思った。





 ああ、神様、仏様、閻魔様……自分はギャンブルで多額の借金を抱え、保証人になった友人にそれを押しつけてトンズラこいて……その後さらに別の借金を抱え、取り立てに追いかけられる日々を送っていたクズ野郎です。でも、もう二度と自殺なんてしません……こんな目にあうくらいなら……生きてた方がずっとマシです……ああ……クソッたれ…… 





「……発射(テイク・オフ)!! 」









 須藤さんが"あの子"に対して極端に恐怖心を抱いているコト、そしてボクに「戦わせたくない」と漏らした言葉の意味を、ハッキリと理解した。





 ボクと須藤さんは逃走中、遊園地の地下に逃げられる"鉄の扉"を発見していた。その扉は強固に施錠されており、それを須藤さんが毒液で溶かして無理矢理こじあけようとしてくれていた。ボクはその間、周囲から敵が襲ってこないかを見張っていたのだけど……





 全部見てしまった。





 あの、炎を使いこなす女の子。彼女の凶行の一部始終を。





「シュゴオオオオオオオオオオオオン!!!!」





 その光景は、下手をすれば"滑稽(ギャグ)"に見えるほどに"思いやり"だとか"優しさ"だとかを感じさせないモノだった。





「ズガゴォォォォォォォォォォォォンンンン!! 」





 彼女が男の尻に突き立てた鉄パイプから炎がけたたましく噴射されたかと思えば、そのままロケット花火みたいに男の体が発射され、目にも留まらぬ超スピードで観覧車の中心部分へと激突して爆炎を上げた。





「おい舞台! 今の音はなんだ!? 」





「須藤さん……やばいですよ……」





 そして、彼女の恐ろしさを垣間見て、縮み上がってしまった心に追い打ちをかけるように……次なる恐怖がボクたちを襲いかかろうとしていた。まさか、ここまでスケールの大きい事態に巻き込まれるだなんて……





「観覧車が……壊れて……」





「観覧車ァ!? 」





「こっちに転がって来ます!! 」





■■【現在の死に残り人数 25人】■■




■■■自殺ランブルの能力紹介8■■■


【能力名】あなたをここで燃やしたい(ウィッシュユー・ワー・バーン)

【能力者】本草 凛花(ほんぞう りんか)[15歳]

【概要】

 焼身自殺をした者に与えられる能力。全身からガソリンのような液体を作り出し、任意で着火・爆発させることができる。Lvの上昇に合わせて、一度に作れる発火液の量が増え、Lv3ともなると、全身からジェットのような推進力を発し、空中飛行が可能となる。

 ただし、長時間使用している内に、自分自身が炎に焼かれてしまうデメリットがある。

 この能力は、数ある特殊能力(スーサイダーズコマンドー)の中でも"最強"だと言われている。





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