第十一話 「ボイス!! 」

■■■自殺ランブルのルールその11■■■


 自殺遊園地(スーサイドパーク)には地上と同じように、朝・昼・晩と空模様が変わっていくが、あくまでも演出的なモノなので、現世での時間経過とは全く関係が無い。




■ ■ ■ ■ ■ ■




 思い返せば、なぜボクは生きている頃、あんなにもイジメられていたのかよく分からない。





 ボクを自殺に追いこんだ、上流輝義(うえるてるよし)にとって、自分がそれほど鬱陶しい存在だったのか? それともボクの父親が、上流と関わり深い製薬会社に勤めていたからか? 





 いや、実際のところ……深い"意味"なんてなかったんだろう。"たまたま"ヤツの目に留まったってだけで、たったそれだけの理由でボクはオモチャにされたんだろうな。





 ヤツは"権力"という"力"を持っていた。





 力があれば、当然それを利用するのが人として当たり前。その利用方法は人によって様々で……"たまたま"上流は、その方法として自分勝手な暴力を選んだ。





 面白そう。楽しそう。……イジメの理由なんて、大体それだけなんだろうな。





 さっきの炎を操るセーラー服の女の子も……圧倒的な"力"で必要以上の暴力を振るい回していた。





 須藤さんも"たまたま"彼女の目に留まったから攻撃されたのかもしれない。そして彼女はそれを楽しんでいたのかもしれない……





 まだ確認したワケじゃないけど……須藤さんは多分……彼女にやられてしまったのだろう……正直、あの女の子と一対一で戦って勝てるイメージは抱けなかった……それは、須藤さんだからじゃなく、今まで戦ってきた、ガス男・銃男・突進男・時計台のお姉さん……誰が挑んでも無理なのだと思った。当たり前だけど……ボク自身にも無理だ。





 体中の血液がドロドロの工業廃水になったかのように、全身が重く、けだるい。





 大切な仲間が奪われたというのに、燃えたぎるような"怒り"すら沸かず、ただただ無力感に覆われている自分自身に嫌気がさした。





 今はただ……休みたかった……死ぬ為の戦いの中で……何とか体を保とうとする行為に矛盾を抱くも、ボクはひたすら遊園地内をさまよい、休憩できる安全な場所を探し、歩き続けた。





 そして……気が付いた時。






 ボクは……歌を、聴いていた。









 ■■■第十一話 「ボイス!! 」■■■






『とめどなくカラダ傷ついて……永久(トワ)に夜が染めたって……奮い起こせばエレキライト! 刺さったナイフはそのままでエレキライライト! 』





 ボクがフラリと訪れた園内の施設は、50人ほど客が入れば一杯になる広さのライブハウスだったようで……そのステージ上には、一人の女性がエレキギターで激しいロック調のメロディを情熱的に弾きながら、空気が震えるほどの躍動感溢れる歌声を披露していた。





 うわあ……





 ベリーショートの金髪に毒々しいデザインの施されたTシャツにレザーパンツ……分かりやすいロックミュージシャンの出で立ち……一体彼女はなぜこんな所で、たった一人で音楽を奏でているのだろう? 





 ボクはその演奏に聴き入ってしまい、自分が生死を掛けた戦いの真っ最中に置かれていることを忘れてしまっていた。





「聴いてくれてサンキュー飛び入りさん! どうだった? 」




 演奏を終え、ステージから降りてきた彼女は、フレンドリーな態度でそう言いながら、ボクに握手を求めてきた。





「え? あ……はい……すごかったです……」





 全く警戒心を感じさせない彼女のペースに乗せられてしまい、そのまま握手に応じてしまったボク……もし彼女が須藤さんと同じ能力を持っていたら、片手を持ってかれていたというのに……





「それだけ? 」





「え? 」





 彼女はいたずらめいた顔のまま、ボクに顔を近づけてきた……歌い終えて汗ばんだ肌に、ちょっとドキッっとしてしまう。





「ハァ……自信無くすなぁ……ウチの名前は三田鳴(みためい)……May(メイ)って名前でプロミュージシャンやってたんだけど……知らない? 」





「す、すみません……ボク、あんまり音楽のコトは詳しくなくて……」





 三田鳴と名乗った彼女は、苦笑いで頭をポリポリとかいた。





「そうなのか……ああ、悔しいなぁもう! 映画の主題歌とかで有名になったつもりだったんだけどなぁ……」





「映画…………あ! 」





 そう言われてやっとのことで思い出した。そう、さっきまで彼女が歌っていた曲は『エレキライト』という名で、大ヒットしたアニメ映画のテーマソングになっていたコトを……! 





「その反応……! ピンと来てくれた? ウチのこと」





「はい! ……あ……でも待ってください」





 そしてさらに思い返すと……確か彼女はつい最近、"とあるアクシデント"に巻き込まれていて、世間を騒がしていたハズだ……それは……





「……確かあなたは、交通事故で……」





「……そ。声帯をダメにしちゃって……声を失ったんだよね……」





 そう言って三田さんは、顎を引き上げて喉に出来た傷跡を見せてくれた……ハッキリと残る縫い傷が、その損傷の悲惨さを物語っていた。










「そうか……舞台くん、友達をやられちゃったんだ……」





「はい……でも、やられたってコトは生き返ったってコトなんで……なんか複雑です……」





 三田さんとボクは、出会ってお互い戦うワケでも、共闘の為に結託するワケでもなく……ステージに並んで腰掛け、ただひたすら身の上話に興じていた。





 不思議だった。彼女からは、今まで出会った人たちとは違い、死ぬための強い意志を感じられなかった……そして、なぜ"死ぬ気"を失ったにも関わらず、脱落せずにこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】に止まっているのかも謎だった。





「三田さんは……ここまで誰かと戦ったりしましたか? 」





 ボクはそれとなく聞いてみた。





「いーや。ここまでウチ、誰とも戦ってないよ。気が付いたら"ギティちゃん"と一緒にここにいてね……何だか面倒そうなケンカに巻き込まれてるってのは知ってたけど……ダルいからずっとここで歌ってたんだ」





 三田さんは"ギティちゃん"と呼んだ真っ白なエレキギターで何かのメロディを刻みながら、よく通る笛の音色のような声で答えてくれた。





「舞台くん。きみが今、何を思っているか分かるよ。戦う気が無いのに、なんでここに残っているのか……でしょ? 」





「え……いや……」





「いいよ、ウチもよくわからないけど……多分こういうことなんじゃないかと思う」





 三田さんはステージから降りて、客席からボクを見上げるようにして語る。照明が照らす彼女の金髪は真っ白に輝き、どこか神々しかった。









 まず、ウチがなぜ自殺したかって言うとね……きみも何となく分かってるだろうけど、声が出せなくなったからなんだ。





 ガキの頃からミュージシャンになるコトに憧れて、共に戦ってきたこの声を失った時は……何よりも辛かった。もう歌えない……もうステージに立てない……そう思ったら生きていく気力が全然沸いてこなくてね、ギティちゃんと一緒に人生を終わらせることにしたんだ。





 でも、まぁビビったよ。





 死んであの世に行ったかと思えば、このライブハウスにいたんだもん。オマケに声も出せるようになってたし……これはちょっとした神様の贈り物だな! って思ってね……死ぬ為に戦うとか後回しになっちゃって、さっきまで歌いまくってたワケね。そこでたまたま、きみが現れた。





 ちょっとヤベッ! って思ったけど、その時のきみ、メチャクチャ疲れてたみたいだったから、戦おうだとかそんな気は全く起きなかったな。逆に、元気にしてあげたいな……って思ったくらい。





 だから、もっと気合い入れてギター弾いて、声出して……そしたら君の表情がだんだんと前向きになっていくのが分かって嬉しかった。





 もうちょっとこのまま死んでいたい。声が出せるこの時間をもっと楽しんでいたい……そういう思いがどんどん高まって……だからウチ、このまま脱落しないままなんじゃないかな? 









 三田の話を聞いた舞台は、改めてこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】には、様々な理由の様々な人間の想いがひしめき合っているのだと実感し、身震いをした。





「それじゃあ三田さん……どうしても死にたいってワケじゃないんですか? 」





「うーん……そう言われるとちょっとね……」





 三田は、さっきまでの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を無くし、突然世界中の不幸を一身に背負ったかのような空気を漂わせる。





「ウチ、ココに来てやっと気付いたんだ……自分がどれだけ無責任な人間だったんだろうって」





「無責任……? どういうことですか? 」





「ウチは何度も『困難に立ち向かえ』だとか『苦しい時は戦え』だとか……前向きな歌詞を曲に込めて歌ってた……でもね……いざ実際、自分が声を失った時……どうすることも出来なかったんだ……メソメソ泣いて、周りに怒りをぶちまけて……自分で出来ないコトを得意げになってメッセージに乗せてたコトが情けなくなっちゃってね」





 三田はホールの床に座り込み、自嘲的に笑い……次第にそれを鼻をすする音に変えていった……





 神はエゲつない。





 彼女の宝ともいえる"声"を奪い取り、絶望に落としたかと思えば、自殺という逃げ道すら塞ぎ、さらに一時的に"声"を戻して冷静さを取り戻させ、ゆっくり後悔させる時間与える……





 それは真面目な性格の彼女にとって、自分をないがしろにするほどに重圧な仕打ちだった……





「……怖いんだ。このまま負けて生き返ったとしたら、声を失って二度と歌えなくなった自分ともう一度向き合わないといけないコトと……こんな自分を周りが受け入れてくれるのか……それがひたすら怖い。でも、戦って他人を引きずりおろしてまで死にたいかと言われたら……それも違う」





 三田はギターを抱き、そのままうつむいてしまった。そこにはさっきまでステージ上でとても大きな存在感を発揮していた面影は一切無かった。





「ホント……中途半端な甘ちゃんなんだよ……ウチは……死ぬことにも……生きることにも」





 どんどん思考が後ろ向きになっていく三田。そんな彼女に対し、舞台はどうしていいか分からなかったが、とにかく元気付けてあげようと考え、ステージから降りてあぐらをかいている彼女の元へと走った。





「あ、あの。三田さん」





 舞台は、三田の前に立つと、両手の指をウネウネと絡ませながら、申し訳なさそうに言った。





「あの……元気だしてください……まぁ、もう死んでる人に元気とかどうとか言うのはおかしいかもしれませんが……」





 舞台は三田の隣に座り込み、そのまま話を続けた。





「ボクが大好きなアメリカ人のプロレスラーがいるんですが……『誠実と尊敬がオレの信条だ! 』みたいなことをよくマイクアピールで言うんです。でも、そのワリには何度も薬物で問題起こしたり、大事なタイトルマッチの前夜に暴力沙汰を起こして逮捕されちゃったりして、とんでもない人なんですよ……」





「……マジかよ、ロックだな……」





「はい……メチャクチャな人なんです。でも、ボクは彼に対して失望したコトは無いです……そんなんでも、リング上では誰よりもイキイキとしていて、いつもカッコイイ姿を見せてくれていたんで」





 好きなプロレスラーについて苦笑いしながら話す舞台の横顔を見て、三田は思わず表情を緩ませた。





「でも、とうとう2年前に試合で大怪我しちゃって……二度とプロレスが出来なくなったので引退したんです」





「怪我で、引退……」





 三田はそのプロレスラーの境遇を自分に重ねたようで、少し緩んだ表情を再び神妙な面持ちに引き締めた。





「でもその人、よっぽどプロレスが好きなんだと思います……選手として引退した後も実況や解説をしたり、悪役(ヒール)レスラーのマネージャーを務めたりとかして、ボク達ファンを相変わらず楽しませてくれてるんですよ……いつも笑顔で、楽しそうに……そんな彼のコトを、ボクは大好きなんですよ」





 三田は舞台の話を聞いて、彼が何を言いたいのかをなんとなく察したようだった。





 ファンにとって一番嬉しいことは、その人がいつまでも元気で笑顔でいてくれているコト……今まで通りのパフォーマンスが出来なくなったって、主義・主張に矛盾があったって、それを責めるヤツなんて誰もいない……だからたとえ生き返ったとしても心配するコトなんてない……そんんな彼の心の言葉を、三田はしっかりと受け取ることができた。





「舞台くん」





「はい……って……!? 」





 突然自分の肩に三田の腕が回されたコトで焦ってしまう舞台。嗅いだことのない香水の香りに、鼓動を高めてしまい、それを悟られるのではないか? と心配するほどの距離感だった。





「きみみたいな奴が、ウチの側にいてくれれば……ここに来なくて良かったのにな」





「……え? 」





「ウチね、友達少ないんだ……だからいつも一人で悩んじゃって……」





「分かります……ボクも友達は多くないんで……でも、三田さんには大事な相棒がいるじゃないですか? 」





 顔を真っ赤に染めながら、舞台は三田のギターに指さした。彼女が"ギティちゃん"と可愛がっていて、死んだ後ですらここまで着いてきてくれた、無二の相棒だ。





「……頼れる仲間が一人でもいれば……困難もずいぶんと楽になるんじゃないかと思います……まぁ、自殺したボクが言っても説得力無いですけど」





 舞台のブラックジョークで、三田は笑顔を取り戻したようだ。「そんなコトねぇよ」と彼女は舞台の髪をクシャクシャとなで上げた。





「ウチはもっとギティちゃんを信じるべきだったな……ごめんな、こんなトコロまで連れて来ちゃって」





 三田は立ち上がり、ギターで激しく躍動感のあるフレーズを弾き、熱を帯びるほどの感情を爆発させた。





 その迷いのない三田の表情を見た舞台は、どこかしらポジティブな力を彼女から受け取った気持ちになる。





 死に残りをかけた戦いの最中(さなか)に行われた、場違いなエール交換は、プロレス少年とロック少女の笑顔で、楽しげに締めくくられた。









「三田さんは、これからどうするんですか? 」





「ん~……その時が来たら、自分の意志でリタイアするよ……生き返ったら、ここでの記憶は無くなっちまうらしいけど……何となく大丈夫な気がするんだ……」





「そうですか……」





 舞台は、彼女が死ぬことを諦めたことを素直に喜んだ。真面目で才能のある三田には、まだまだ生きることを楽しんで欲しいと思っていたのと、悲惨な戦いに巻き込まれて苦痛を覚える必要が無くなったことに……





「それより、舞台くんは? 」





「ボクは……須藤さんを探してみようかと思ってます……三田さんと話をしてたら、まだココにいるかもしれないって……そんな気がしたんで……」





「そっか、気をつけなよ……あ、そうだ! 」





 三田はいそいそとレザーパンツのポケットに手を突っ込み、なにやら小さな物を取り出して、それを舞台に手渡した。





「これは? 」





「記念に一個あげるよ」





 三田が舞台に手渡した物。それは、彼女がギターを弾く際に愛用していたピックだった。金属製の硬い素材で「May」と刻印されたオリジナル製だ。





「あ、ありがとうございます! 」





「これからどうするかは、きみの自由だけど……もしも生き返ったら、また会えたらいいね……」





「……はい……」





 舞台は、生き返って須藤や三田に会えるのなら、迷い無くこの戦いから降りていただろう。しかし、生き返った人間はこの戦いでの記憶を全て失う。そのことがひたすら悔しく、切ない気持ちにさせた。





「じゃあね舞台くん! 楽しかったよ」





「はい! 三田さんも"お元気"で」





 名残惜しく別れる二人。ライブハウスは再び三田一人だけになり、彼女は再びゆっくりとステージに上がってマイクスタンドの前で、拡声された言葉を発した。





『ねぇ、さっきからそこで隠れてる君……それそろ顔出したらどう? 』





 その三田の声にあぶり出されるように、ステージのに置かれた巨大スピーカーの陰から、一人の少女が姿を現した。





「見た目に反して、勘が鋭いのね……アナタ……」





『反してって……さらっと言ってくれるね、お嬢ちゃん……』





 その少女はセーラー服に身を包み、足下にはからおびただしいほどの血を垂れ流されて、血だまりをポタポタ作り上げている。





『……ウチのファンって……ワケじゃなさそうだね』





 その少女は紛れもなく、これまで10人以上の参戦者を脱落させてきた、炎の使い手……本草凛花(ほんぞうりんか)だった。





■■【現在の死に残り人数 24人】■■




■■■自殺ランブルの能力紹介9■■■


【能力名】???

【能力者】三田 鳴(みた めい)[20歳]

【概要】

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