第七.五話 「モエ&ケンタ!! 」

自殺ランブルを敗退してしまった上戸萌(うえともえ)は魂を肉体へと戻し、その命は繋がれた。




■■■第七.五話 「モエ&ケンタ!! 」■■■




「萌(もえ)!! 萌!! しっかりしろ! 大丈夫か!? 」





 私を呼ぶ声……誰だろう……それに、全身が冷たい……服が体にべっとり張り付いている感触……私、濡れてる? 何で? 





「萌! 死ぬなッ! しっかりしろ! 」





 さっきから、胸のあたりを強く押し込まれるような圧迫感が連続して襲ってくる……この状況ってやっぱり……





「うべげぇぇぇぇッ!! 」





 胃に溜められた内容物が逆流した胸の痛みと共に、なぜ自分がこんな目に遭っているのかを完全に思い出した。





 そうだ……私、自殺しようとしたんだっけ? 





「萌! よかった……大丈夫か? 平気か? 」





「だ……大丈夫……下着までビチョビチョになってるけど……それ以外は……」





 ケンタに裏切られて、その復讐の為に、彼のアパートの貯水タンクに飛び込んで入水したんだった……





「そうか……良かった……ホントに良かった……」





 私……死ねなかったのか……というコトは、タンクに飛び込んでスグに助けられちゃったんだ……でも……なぜだろう? どういうワケだか、濃密な時間の中を走り回っていたような疲労感が残ってる……単純に一度死にかけて体が弱っているってだけなのかもしれないけど……





「風邪引くといけない! いったんオレの部屋まで行こう。な? 」





「うん……ごめん……それじゃちょっとシャワーを……………………」





 私を貯水タンクから引き上げてくれた男は、あまりにも自然な流れで接してきたものだから、うっかりそれに乗せられてしまっていたけど…………





「っておォォォォォォイ!! てめえケンタ!! よくもまぁ私の復讐を邪魔してくれたな! このロリコン生徒喰い変態教師がぁぁぁぁ!! 」





「うわっ! 萌! ちょっ、ちょっと待って! 」





 そう、私の自殺を食い止めた男こそ、我が復讐の標的……10年間の思い出を肥溜めに捨てて、ションベン臭いガキに乗り換えたスケベ野郎、ケンタだ!! 





「死ね! 死ね! 死ねッ!! アンタなんか! アンタなんかぁッ! 」




 私は、力の限り握りしめた拳で、何度も何度も彼の胸板を叩きつけたけど……そうしているうちにケンタの着ているスーツに染み着いたヤニ臭い匂いが鼻に伝わり……頭に伝わり……記憶に伝わり……涙腺に伝わって……





「ううっ……ううぅぅ……」





 ああ……情けないなぁ、私って……さっきまで憎くて憎くてしょうがなかったのに、今こうして彼と肌を寄り添わせているコトに"安心感"を覚えちゃっている……そして、泣いちゃってる……





「萌……すまん……キミにこんなコトまでさせてしまうだなんて……」





「すまん、で済む話じゃないでしょぉ! アンタが犯罪スレスレの若くて新しい彼女と一緒にいなくなって、私がどんな思いだったか! どれだけ憎かったか! アンタを殺したかったか! 」





 感情をブチまける私に対し、ケンタは少しも動揺することなく、じっと黙っていたままだった。そして、気がつくと彼の頬に一筋の涙がこぼれ落ちていることに気がついた。





「ケンタ……あんたひょっとして……何か隠してる? 」





「萌……お前には隠し通すつもりだったけど……全部話すよ」





 ケンタは涙を拭い、全てを私に告白してくれた。









 ケンタは半年前のある日、教え子の女子生徒から「授業で分からなかったコトがあるから教えてほしい」と声を掛けられたので、純粋に補習をするつもりで、放課後に彼女と一対一で教室に残ったらしい。





 すると突然、一つの机で向かい合っていた彼女が、制服を脱ぎだし、下着姿になって彼の手を無理矢理とって強制的にその肌に触れさせたらしい。その時、目の前での出来事がさっぱり理解出来ずに気が動転したケンタの姿は、教室内に隠されていたカメラによってバッチリ撮影されていた。





 そう、ケンタはハメられたのだ。





 なんでもその女子高生(当時)は、大手製薬会社重役の息子、上流輝義(うえるてるよし)という中学生 (マジかよ!)の恋人だとかで、ケンタの妹がその製薬会社に勤務しているという弱みを握られて罠にかけられてしまったのだ。





 そしてその日から、ケンタは上流の操り人形になってしまった。





 なぜケンタがこんな目に遭ってしまったのか? それは、単純(シンプル)な理由で、上流は彼の勤めている高校に繋がる、便利なパイプが欲しかったから。





 ケンタが教鞭を振るっている学校は女子校だ。それも、"カワイイ子"が多いってコトで有名で、その学校出身のアイドルやモデルだとかいった芸能人もけっこういるとか……それで体の半分は色欲で出来たような上流はどうしてもそこで"好き勝手"したかったらしい。





 上流(クズ)はケンタに捏造強姦未遂映像をネタにして、その女子校の生徒、全員の個人情報の詰まった名簿データを盗ませて、それを元に目星をつけた女の子にちょっかい(だなんて言葉じゃ足りないほどのコトを)を出していたのだ。まるで引き出物のカタログから好きな商品を選り好むくらいの感覚で……









「オレを騙した生徒も上流の恋人ってワケじゃなくて、彼女も弱みを握られて、しかたなく行為に及んだらしい……彼女も被害者だ。全て上流の仕組んだコトだ」





「金(カネ)と権力を持って、悪知恵の働くガキほどやっかいなモンは無いわね……」





「……それで……オレは上流に何とか抗えないかと色々と探る内に、ヤツがとんでもない事件を起こしていたコトが分かったんだ」





 ケンタはそう言うと、私の手を握りしめて来た。彼の温もりと共に伝わる震えが、これから先の話を喋るか、喋らないかを躊躇しているように感じられた。





「上流(アイツ)は、自分の同級生の女子を集団でレイプして自殺に追い込んでいた……表沙汰にならないよう、情報を抑え込んでな。それを知った瞬間、オレはようやく目が覚めた……」





 ケンタの震えは、手だけでなく、全身に伝わっていた。声も嗚咽混じりで……その姿がひたすら痛々しかった。





「……新しい女ができた! とかウソついて私と別れたのもその為? 」





「ああ……オレは近いうちに全て警察に話すつもりだ……ハメられたとはいえ、オレ自身何らかの罪を負うコトは間違いないし、世間からは隔絶される。それにお前を巻き込みたくなかったから」





 私は体からこみ上げる"熱"を抑えきれなかった。





「バカケンタ! 何でもっと早く私に相談してくれなかったの!? もっと力になれたのに! 10年以上も付き合ってるのにそんなモノなの私達って? 違うでしょ! 部屋を探す時も、お揃いのカップを買う時も一緒に考えて決めたじゃない! 」





「萌……それとコレとは色々と……」





「うるさいッ! 」





 気がついたら私はケンタの頬を4発ほど平手(ビンタ)していた。そしてビショ濡れの体で彼に思いっきり抱きついた。





「戦おうよ……一緒に。アンタがどうなろうと、私……ずっと待ってるから」





「萌……!? でも……オレはとんでもない過ちを……」





「いい加減気づいて。そうやって私を避けようとすればするほど、私はアンタのコトをどんどん好きになっちゃうってコト。もう腹をくくりなさい」





 そう言ったら、ケンタは私を絞め殺すかってくらい強く抱き返し、そっと耳元で……





「ありがとう」





 とつぶやいた。









「そういえば……ケンタ、いつもならこの時間はもう家にいるハズなのに、どうして私がタンクに飛び込んだコトが分かったの? 」





「ああ……踏切で人身事故があったらしくて電車が遅延したんだ。それでいつもより帰りが遅くなって、外から屋上にいるお前を見つけるコトが出来た」





「へぇー……不謹慎だけど、その人のおかげで私は助かったってことなんだ……」





 踏切で人身事故……なんでだろう? 直接的には私とは全く関係無いハズの出来事なのに、頭にしまわれた記憶の引き出しをつつかれるような……妙に他人事ではない感覚に陥ってしまった……





「それにしても、萌。お前、なんだか性格が変わった感じがする。なんというか……今までならもっと低血圧な雰囲気だったのに……なんだか修羅場をくぐり抜けて逞しくなったような……」





「嫌いになった? 」





「いや、前よりも好きになった」









 これから、私達には耐え難い困難が、次々と待ちかまえているのだろう。




 でも大丈夫……





 この人と一緒に"死ぬ気"で頑張れば、何とかなるでしょ。









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