第六話 「クロックタワー!! 」

■■■自殺ランブルのルールその6■■■


 自殺ランブルの試合会場(自殺遊園地(スーサイドパーク))の敷地面積は39万㎡。参戦者はその敷地内で自由に行動出来るが、園内に設置された無数の監視カメラによって、その行動を全て、案内人(れ~みんマウス)によって監視される。

 さらには、戦闘から避け続けてひたすら施設内や物陰に隠れ続ける選手がいた場合、他の参加者全員にその選手の隠れ場所を園内アナウンスにて告知されてしまう。




■■■第六話 「クロックタワー!! 」■■■





 10年だよ……10年間もの長い間、ワタシは"彼"に尽くし続けていたってのに……





 26歳の頃、高校の国語教師をしている彼……「ケンタ」と付き合うコトになり、同棲して……同じ物を食べ、同じシャンプーで髪を洗って、同じ時間を毎日毎日笑って過ごしてきてた……





 お互いの両親に紹介し合って、"その日"をまだか? まだか? と待ちわびながら毎朝目を覚ましていた。





 友達なんかにも「アレ? 萌(もえ)達ってまだ結婚してなかったの? 」だなんてよく言われてたし……それぐらい私達って仲良かったよね? ザ・ベストカップルだったよね? 




……でも……でも……





 何ンだよ"他に好きな女(ヒト)"が出来たってェェェェッッ!! 





 相手は20歳の現役女子大生だ!? なんだソレ? エロ小説のタイトルかよコラ! 





 それも、私と付き合いながら黙って3年間も交際してやがってェェッッ! それもなんだ? その新しい彼女、てめぇの元教え子じゃねぇか! それで3年前からっていうとテメェ、教師って立場で17歳のガキに手ぇ出してたのかよ!! 何だそれ!? おめえは生徒にどんな「おくのほそ道」を教えてたってんだ!? 





 許せねぇ……頭にキタからテメェらが仲良く暮らしてるマンションの貯水タンクに身を投げてやったよ……おめぇらはそうとは知らずに私の体液が混じった水を使って生活するってコトよ! 一生のトラウマ、一生の呪いをかけてやる! 私の恨みがお前らの体に染み込むんだ! 「上戸 萌(うえと もえ)」の名前をその脳みそに刻んでやるんだからね!! 










「ホラホラ! 負けを認めなさいこのガキ! この私の"水"の能力で今スグ酸欠しなさい! 」





 うッ……苦しい……! 





 上戸萌(うえともえ)の【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】によって作られた、無重力空間で漂うかのように浮かぶ"水の球体"。それが清水舞台(きよみずぶたい)の顔を包み込むように覆い、彼は呼吸を奪われてしまっていた。





 うう”ぅぅッ!!!! 





 もがき、苦しみ、パニックに陥るも、舞台はひとまず窓の縁に座っていた体を、倒れ込むようにして時計台内部へと移した。そこに敵がいようとも、まずは15m近い高さからの安全確保が先決だった。





 とにかく下に落っこちるコトは無くなったけど……ヤバいぞ! このままじゃ意識が飛んで……負けてしまう……どうする? 





 清水はとにかく、この水攻撃の使用者に攻撃をするべきだ! と考え、上戸がいたと思われる場所へと見当をつけてがむしゃらに突っ込んだ! 




「ちょ? ちょっとアンタ! おとなしくしなさいって! 」





「うおおおおッ!!!! 」









 舞台のヤツ……大丈夫か!? 





 時計台の外では、高速で突進する能力の持ち主、穂村倉戸(ほむらくらと)と対峙する舞台の相棒、須藤大葉(すどうおおば)が、何やらあわただしく時計台の中へと滑り込んでいく舞台のお尻を見て、不安を募らせていた。





「よそ見してる暇はないぞ!ないぞォォォォ! この筋肉男! 」





 そんな心の隙を狙ったかのように、穂村は容赦なく須藤の巨体めがけて高速突進の準備姿勢を取る! 





 やっべぇ! 





 須藤は時計台を背にして防御(ガード)の体制を作るが、穂村はそれを見通していたかのように正面から攻めず、須藤の真横へと突進し"L字"に方向転換して奇襲を掛けた! 





 地面に火花が散らしながら、須藤のわき腹目掛け、能力によって硬化させた右肘を突き立てる須藤! その動作は瞬きする間に完了するほどに電光石火だった。





「ウグアァァァァァァァァァァァァッッ!!!! 」





 2人の肉体がぶつかり合い、園内に喉が引き裂かれるような悲痛な叫びが響き上がる。





「ズギュゥゥゥゥンッッッッ!! 」





 その直後、自動車が急ブレーキを掛けた時によく似た地面との摩擦音と共に、時計台から離れる穂村の姿があった。





「ハァ……ハァ……ううぅ……なんてコトをぉ! 」





「惜しいな……ホントは両手とも溶かしちまうつもりだったんだぜ? 」





 悲鳴を上げたのは高速移動攻撃を仕掛けた"穂村"の方だった。そして彼は苦痛に顔を歪め、ねっとりとした汗を顔中に浮かべている。





「く……くそうッ! 右手が……右手が溶けちまってる!? 」





 穂村の右腕の先は、メロンソーダに浮かぶアイスクリームのように泡立てながら溶け落ちてしまっていた。





「イチかバチかだったけどよ、上手くいったみてぇだな」





 そう得意げな言葉を返した須藤は、チョップをするように左手で空を切り、ムース状になってこびり付いた穂村の"肉片"を払い落とした。





 穂村の突進攻撃をその身に受けたハズの須藤が、なぜ無傷で、なぜ毒液で反撃まですることが出来たのか? 





 須藤は、穂村の突進攻撃をその身に受ける瞬間、硬化させた右肘を直撃しないように彼の両肩を掴み、それと同時に自分の"両足"の裏から毒液を大量分泌させていた! 



 それにより須藤は、毒液で柔らかくなった地面によって体を滑らせ、穂村の攻撃の威力を徐々に受け流すことに成功させたのだ。穂村の突進攻撃は、まるで自動車が泥のぬかるみにハマり、その速度を奪われてしまうかのように無力化されていた! 



 さらに須藤は攻撃を防いだ直後、今度は毒液を"両手"から分泌させ、穂村の両腕を溶かし消そうとした。しかしその攻撃は相手にいち早く察知されてしまい、片腕を奪うに留まってしまっていた。だが、それでも与えたダメージは甚大だった。





「くそう……くそう! とんでもないコト考えるヤツだ! 下手すりゃまともに攻撃を食らっちまうってのに! なのにそんな実験を土壇場で実行するなんて! なんて決断力なんだ。なんで! なんでそんなお前が"自殺"なんてするんだ! もったいない! くそう! こっちなんて、愛人にそそのかれて会社の金を横領したのがバレて、逃げ続ける勇気もないから踏切に飛び込んだってのに! 」





 ポロポロと涙を流しながら相変わらずの早口で、喋り散らかす穂村だったが、須藤はそんな彼には目もくれずに素早い動きで時計台へと向かう。





「うわぁッ! お前! お前いったい何を!! 」





 自分の右腕を失うこと以上に慌てた様子の穂村を見て、須藤は自分の心に抱いていた"予想"を"確信"に変えた。





 あの焦りよう……やっぱりそうか。時計台の窓にぶら下がった舞台の様子といい、時計台から俺を"離す"ような攻撃方法。間違いねぇ! アイツの"仲間"はあの時計台にいる! 





「ヌゥゥッッシ! 」





 須藤は独特の叫び声をあげつつ、時計台の壁面へとジャンプ! そして信じられないことに、彼はまるでアクション映画のワイヤーアクションを思わせる動きで、垂直の壁を"駆け上がって"行った。





「ナニィィィィィィッ!? 」





 目の前でいともたやすく行われる須藤の超人的ムーブに驚きを隠せない穂村。その原理は、先ほどの"毒液ブレーキ"の応用で、足裏から毒液を分泌させて壁面を溶かして足場を作り、階段を登るように一歩一歩壁面を駆け上がって行く。という、【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】とプロレスラーである須藤自身の身体能力から成せる技だった。





 待ってろ舞台! スグそっちに行くからよ! 





 数秒たらずで時計台の窓にまでたどり着いた須藤は、そのままの勢いで棟内へと進入! そこに待ちかまえる"敵"との戦いに勇み構えるが……





「……舞台……お前、何を……」









「ゴヴォォッ! ウヴォッ! グボッ! 」

「離れなさい! ちょっと! マジでどきなさいッって! 」





 須藤の目の前には、スーツ姿の女性を押し倒してその股に顔を埋めようとしている清水の姿。彼にそんな"思い切った"コトをするようなイメージなど微塵に思っていなかった須藤は、その光景を受け入れるッコトが出来ず、しばし呆然としてしまっていた。





「さっさとリタイアしなさい! このクソガキィッ!! 」





 須藤が改めてその状況を観察すると、清水は何やら顔を球状の水に覆われてもがいており、その下敷きになっている女性(上戸萌)は仰向けになりつつ、両手を組み合わせて[〇:丸]の形を作っていた。そして、さらに彼女は黒いストッキングが艶めかしい両足を、清水の右手と首に巻き付けている。それは、ちょうど柔術における関節技の「三角締め」の状態だ。彼女は清水の"右手"による攻撃をされまいと、必死に抵抗していたのだ。





「舞台ィィッ! 」





 自分の相棒が「絶体絶命」もとい「絶体活命」の危機に陥っているコトに遅れて気がついた須藤は、倒れている彼女に向かってジャンプし、そのまま肘を突き立てて空襲を試みた。





「ウソォッ! 」





 須藤の存在に気がついた上戸は、咄嗟(とっさ)に拘束していた舞台を解放し、その場から離れて回避する! 彼女はこの時、うっかり清水への水攻撃を継続する為の、両手で作った型を崩してしまっていた。





「グフェッ! 」





 代わりに須藤のエルボードロップを食らい受けたのは清水。100kg以上はある彼の下敷きになった清水は、その反動で飲み込んでしまっていた水を吐き出し、苦痛と引き替えに溺死から免れることに成功した! 





「すまん舞台! 大丈夫か? 」





「ゲホッ! グエッフォ! 背中がメチャクチャ痛いコト以外はなんとか……」





「しっかりしろよ! アイツの水能力はやっかいだぜ」





 須藤はそう言って右手を差しだす。





「……ハイ……でも……」





 清水はそれに躊躇することなく応じ、彼の分厚く力強い右手を掴んで、助け起こされる。





「ボク達が力を合わせればどうってことなさそうです」



「そういうこった。突進クソヤローがここに上がってくる前に、このお姉さんを生き返してやろうぜ」





 上戸は目の前に立ちはだかる2人を目の当たりにし、下唇を強く噛みしめて焦りの感情を露わにする。





 なんだっての? 私はただ彼に復讐したいだけなのに……ここで私が生き返っちゃったらダメなのに! ただそれだけ、私は誰もが持ち合わせる純粋な破壊衝動を実行したいだけなの! それなのにあんた達が邪魔したら……





 私の"呪い"は完成しないのよォォォォッ!! 





 上戸は須藤と清水に臆するコトなく、開いた両手の人差し指と親指同士を組み合わせて[△:三角]の形を作り、その空間に向けて思いっきり息を吹き込んだ! 





「うおおおおッ! 」「うわあぁぁッ! 」





 上戸が吹き込んだ息は、無数のCDを思わせる輝く円盤となって2人に襲いかかった! 





「ガガガガガガガガガッ!! 」





 まるで回転ノコギリのような鋭さで回転する円盤は、水で作られたカッターだった。清水はそれらを直感で回避するも、歯科医がドリルで歯を削る時のような音を発しながら固い壁に突き刺さる水のカッターの威力を目の当たりにし、戦慄する。





「とにかく逃げまくれ舞台! 隙をついて攻撃するぞ! 」

「はいッ! 」





 狭い時計台の棟内を動き回り、歯車の機構や柱を壁にしつつ、2人はひたすら上戸の攻撃をやり過ごす。





「ハエみたいにちょこまか動きやがってぇぇ!! 」





 なかなか攻撃を成功させることの出来ない上戸は苛立ち、焦っていた。彼女の能力【ポセイドンのいかり (アンガー・オブ・ポセイドン)】には、体内に蓄えた"水"が無くなってしまうと一切の攻撃が出来なくなるからだ。





「カッターのサイズが小さくなってるぞ舞台! 少しずつ距離を詰めろ! 」

「分かりました! 」





 このままじゃ……生(や)られる!! 





 徐々にこちら側に近付いてくる須藤と清水。上戸はどうにかしてこの状況を打開しようと頭を巡らせるも答えはでない。





 くそう……こんなところで……終わっちゃうの? ケンタへの復讐が果たせないまま……情けない人生を続けなきゃいけないの? 





「同時に掛かるぞ清水! 」

「はい! 」





 上戸と対峙する2人は勝利の確信を得たかのように、一気に彼女の方へと走り、それぞれの攻撃範囲へと飛び込もうとする。





 もはやこれまでか……と、上戸が自身の敗退を認めかけた時だった……




「グォグゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!! 」





 彼女は大型トラック同士が正面衝突したかと思うほどに激しい揺れと、豪音を足下から感じ取った。





「な、何? 」





「なんだッ!? 」「地震!? 」





 驚いたのは上戸だけじゃない、対峙する須藤と清水も同じく、この異変に気を取られて彼女を攻撃しようとしていたコトを忘れるほどだった。





「ズゴゴォォォォォォォォォォン!! 」





 再び唸り上げる轟音! そして揺れ。





 まさか……あのヤロウ!! 





 須藤はこの衝撃の正体について、"心当たり"があった。





「やべえぞ! あの横領浮気クソ野郎! 突進攻撃でこの時計台を"崩す"つもりだ! 」





「ええっ!? 」





「そんな!? 」





 須藤は上戸の方へと顔を向けると、彼女は顔を牛乳のように青ざめて、窓の外へと視線を向けていた。その反応から彼女が穂村と手を組んでいたコトは明らかであり、穂村に裏切られ、自分が敵もろとも時計台と一緒に崩されてしまうことのショックを表していた。そして……





「ズグオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンン!! 」





 大量の土煙が地を這い、瓦礫の破片が宙を舞い、ジェンガのように崩れ落ちて瞬く間にその造形を失ってしまった時計台。その一部始終を離れて見守る穂村の表情には、罪悪の念をまったく感じさせない笑みが浮かんでいた。





■■【現在の死に残り人数 ??人】■■

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る