第五話 「イリュージョン!! 」

■■■自殺ランブルのルールその5■■■


 自殺ランブルの戦闘において、基本的には体がどれほど深手を負っていたとしても「死にたい」という気持ちを失わない限り敗退にはならないが、頭部に損傷を受けたり、気を失った瞬間には敗退してしまう。その理由は、人間は思考を停止したその時「死にたい」という感情を一切持ち合わせなくなるからだ。どんな状況に陥っても、体の本能は生命をつなぐ働きをやめることは無いのだ。




■■■第五話 「イリュージョン!! 」■■■




 パラパラと舞い落ちる木片の隙間から見える、2人の男の姿を見て、須藤大葉(すどうおおば)は思った。





 クソッたれ! どういうこった? 目の前にいるリーマン風のおっさん……2人とも工場で量産されたみてぇに瓜二つでじゃねぇか? 


 それと、鏡に写したように同じ動きを取りやがる……? 分からねぇ……コイツらと同じ能力を持ったヤツと前に戦ったコトがあるが、こんなコトも出来たのか? 


 何にせよやべぇ! ヤツらが次の攻撃に移る前に対策をしねぇと……! 





 奇妙な襲撃者を前に、焦りを隠せない須藤。





 屈強な肉体を持ち、過去に参戦歴がある彼でさえ、額に浮かぶ汗を隠すことが出来なかった。そして、そんな彼のクローゼットと見間違えるほどの大きな背中越しに、自分らを急襲した2人を見た清水舞台(きよみずぶたい)は思った。





 うわ~……屋台が粉々になってる……ついさっきまで30mは離れていたハズなのに、一瞬で距離を詰められちゃうなんて、一体どういう死に方をすればこんな【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を身につけられるんだ……? 


 それに、2人ともしゃべり方や息づかいまで、シューティングゲームのオプションのみたいに全く同じ動きじゃないか? 最初は双子の参戦者かと思ったけど、ここまで同じだと、何らかしらの能力が働いているのかも? 


 分身の術? それとも幻を見せる術? いや……そんなコトよりも、まず先にすべきコトは……! 





 緊張を高める清水と須藤を、口の端をつり上げてあざ笑う分身男達は、スピードスケートの選手が滑り出す際の構えに似たポーズを取り始めた。それが突進攻撃の第二幕であることは、その全貌が分からなくとも十分に理解出来た。





「須藤さん! ボクの後ろに! 」





 その構えに反応し、素早く行動を取ったのは清水舞台! 彼は"右手"を地面に押しつけ、円形の光る紋章を足下に描き、自分の前方へと配置した! これは彼の【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】である【吹けよ風、呼べよ痛み (ワン・オブ・ディーズタイムス)】によって作られた、風の地雷(トラップ)である。





 この紋章に足を踏み入れた者は、立ち上がる烈風により上空に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。"直進"してこちらに向かってくる分身男達の能力に対して、この待ち伏せ手段は非常に"有効"と思われた! しかし……





「ダメだ舞台! 」





 須藤は瞬時に清水舞台を押しのけるように前に立った。





「須藤さん!? 」





 彼の行動に理解出来なかった清水だったが、その刹那に敵の予期しない動きを見せつけられ、自分の考えがどれだけ甘かったかを思い知らされる。





 曲がった!? 





 分身男達は横に並びながら紋章を避けるよう真横に高速移動! そして跳ね返ったビリヤードの玉のように、V字の鋭角に軌道修正してこちらへと突撃してきたのだ! 





 そう! コイツらの能力は、突進するだけじゃねえ! 一度だけどんな角度にも"方向転換"出来るんだよ! 





 須藤は前回の戦闘で、この能力の恐ろしさを知っていた。コンクリートの壁をも破壊するパワー。音をも置き去りにしてしまうほどのスピード。そして、変幻自在の反射性能。シンプル故に強力かつ驚異の能力【暴走王の孤独 (ランナーズハイ)】





 攻撃性と機動性において、隙のない能力だが、須藤はその恐ろしさと同時に"対策"もしっかりと熟知していた。





「ヌゥゥゥゥゥゥッッシ!!!! 」





 須藤は独特の叫び声と共に、両手を地面に突き刺したかと思えば、アスファルトの地面をまるでカサブタをめくるかのように、スロープ状に持ち上げて即興の"ジャンプ台"を作り上げた! 





「「ナニィィィィ!! 」」





 猛スピードで突っ込む分身男達は、ブレーキを掛けるヒマもなくその"ジャンプ台"に乗り上げてスキージャンプの如く発射され、須藤達の頭上を飛び上がってそのまま園内にあるメリーゴーラウンドの天井と激突してしまった! 





「危なかったぜ……! 」





 爆薬が炸裂したかのような凄まじい崩壊音と共に、メリーゴーラウンドの屋根が崩れ落ち、その瓦礫によって道を塞がれた回転木馬は、死に絶えたかのように動きを止め、不吉な情景を作り上げた。





「須藤さん! 今のは? 」





 分身男達の能力のすさまじさに息をのんだ清水だったが、彼にとっては固い地面をアイスクリームのように扱った須藤の腕力の方が無視出来ない事象だった。





「ああ、コレか? 」





 須藤が両手のひらを清水に見せると、ゴポゴポとした音を立たせながら、紫色の怪しい液体を噴出させた。そして、手のひらからこぼれた液体が地面に垂れ落ちると……





 ジュウゥゥゥゥ……





 と、鉄板に生肉を押しつけたような音と共に、地面に小さな穴を作り上げる。





「と、まぁ単純にこんな具合にこの毒液で地面を溶かして柔らかくしてたってコトだ」





「な……なるほどぉ……」





 その大ざっぱな説明で、清水はこの男が備え持つ"力"が、自分と比べてあまりにも桁違いなコトを実感し、戦慄した。





 なぜなら、彼が"ジャンプ台"を作り上げる為に重いアスファルトの地面を持ち上げた"力"は、【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】による恩恵ではなく、単純に彼が鍛え上げた"筋力"によるモノだったコトを理解したからだ。毒液がもたらした効果は、あくまでも地面を"持ち上げやすく"するだけだったのだ。





 さすがプロレスラー……





「「くそう! まさか"ジャンプ台"を作るとは全く予想がつかなかったぞ! 」」





 埃まみれになりながら、瓦礫から這い出た分身男達は、揃ってズレたメガネを中指で直してビデオの倍速再生のような早口でしゃべり始めた。





「「なるほど、"垂直"な壁では突き抜かれて破壊されてしまう! だから"斜め"の角度で俺の攻撃を受け流したってコトか! やるじゃないかお前ら! ちょっと甘く見ていたぞ! だがお前らはゆるーっさんぞ! 生かして……いや、死なせちゃおかない! この俺の双流急行轢殺速迅拳(そうりゅうきゅうこうひっさつそくじんけん)の前では、誰であろうとバラバラのミンチになるってことを証明させてやるぞやるぞ! やってやるぞ!! 」」





 寸分違わぬ全く同じ、ステレオ感覚のしゃべる分身男達。清水と須藤は、その様子を見て"何か"を感じ取ったらしく、お互いに顔を合わせて軽い笑みを浮かべた。





「アイツの分身の理由は分からねぇままだが、一つだけ確かなコトがあるな」





「はい……何というかあまり……」





「頭は悪そうだな! 」





 須藤の罵り声が聞こえたのか、分身男達は真っ赤に染まった顔を作りながら、再び高速移動のフォームを取る! 





「頼むぞ舞台! 」


「ハイッ! 」





 須藤は再び地面を持ち上げ"ジャンプ台"を作る。分身男達は、それをかわすように斜めに突進、そしてスロープの後ろから彼らに攻撃を与えようと方向転換! 





「今だ! 」





 そして今度はその突進に合わせて、清水が地面に風の地雷(トラップ)を仕掛ける! 





「「ウオオオオッ!? 」」





 直前にその罠に気がついた分身男達は、とっさに入射角を変更し、清水達のいる場所とはまるで違う方向へと暴走してしまい、園内に設置された20mはあろう高さの時計台に突っ込んで、壁を突き破り自爆してしまった。





「あの能力の弱点はとっさに動きを止めるコトが出来ないってトコだ。まさにアイツは"ブレーキの壊れたダンプカー"だな」





「それって、ハンセンですよね? 」





 清水の反応に、須藤は片方の眉をつり上げながら「さすがだな! 」と笑みを浮かべ、両手を使って同時に二つの"ジャンプ台"を作り上げた。





「こうしときゃ、アイツらも迂闊に攻撃できんだろう。どんどん追い込んで俺の毒液か、お前の能力でトドメをさしてやろうぜ! 」





「分かりました! 」





 清水と須藤の2人は順調に敵を追いつめていたように見えた……しかし、彼等はスグに気がつくべきだった。時計台に激突し、その壁を崩壊させた際の土煙から浮かぶシルエットの"異変"に。





「ウワァァァァッ! 」





 分身男は雄叫びを上げつつ、三度目の突進攻撃を敢行した! 先ほどと同じように、ジャンプ台を避けて清水達の背後から襲いかかる作戦だった。





「よし来い! 」





 清水は素早く足下に紋章を設置し、自身は近くにあった"ジャンプ台"の陰に身を隠し、安全を確保! 敵がどっちに向かおうと自分が傷つくコトは無い! そう思っていた……





「逃げろ舞台! 」


「え? 」





 須藤は目を大きく見開いて焦り、清水に避難を促した! 





 一体なぜ? と疑問を抱く清水だったが、ここにきてやっと分身男に異変があったコトに気がつく……





 そういえば……アイツ……"1人"だったぞ!? 





 次の瞬間、清水が身を寄せた"ジャンプ台"の壁が、まるで液体のように崩れ落ち、無防備状態になってしまった! 





「ウソ!? 」





 そう、須藤が驚いた理由は、"自分が作った覚えのないジャンプ台"に清水が身を隠していたからだ。そして同時に彼は確信する……





 この近くに……俺ら以外の"能力者"がいる! 





「もう遅ォォーーい! 覚悟しろ小僧! 」





 方向転換した"分身男"もとい"突進男"は、真横に肘を突き出しながらアイススケートのように足を滑らせ、火花を散らしてガラ空きになった清水の小さな体に向かって突貫する! 





 このままじゃ、やられる! 





 迫り来る男の脅威に対し、本能的にとった清水の行動は一つ……





 「うわぁぁぁぁッ! 」





 "左手"を地面に押し当て、自らの体を風圧によって浮かび上がらせる紋章を作りだし、戦闘機の緊急脱出装置のように自らを上空に避難させることっだった! 





 あっという間に15m近く上空まで浮かび上がった清水は、足下より遥か真下で高速攻撃を空振りする突進男の姿を確認した。





 あと少し遅かったらやられていた……





 ひとまず男の攻撃によって全身をバラバラに砕かれる事態を回避したものの、彼は次なる危機を早急に解決しなければならない。





 ヤバイ! どこかに掴まらないと! 





 "左手"の能力は諸刃の剣だった。彼は自分自身の技により浮いた体を、無傷で着地させる手段を持ち合わせていない。 





「お……おりゃあッ! 」





 空中の清水は、つい数秒前に突進男が激突した時計台上部にポッカリと空いた"窓穴"にしがみ付き、ひとまずの危険を回避するコトに成功させた。





「ふ~……今度は大丈夫だったぞ……」





 窓枠にしがみついた彼は、体を引き上げて灯台内へと身をねじ込もうとする。上半身だけを時計台内部へと乗り込ませると、そこには複雑に絡み合う歯車の機構が彼を出迎えた。





 す、すげぇ……! 





 映画やマンガでしか見たことのない時計台の心臓部に一瞬だけ心を奪われ、ただ今戦闘のまっただ中であるコトを忘れてしまった清水。





 もっと珍しいものはないか? と内部の隅々まで視線を運ばせると、このスチームパンクを思わせる異質空間にそぐわない"存在"が目の端に写り込んだコトに気がつく。





「あ……」





 清水は、真っ白なブラウスの上に、グレーのスーツを纏った20代と思われる女性が、歯車の陰に隠れるようにしゃがんでいるのを発見し、思わず声を漏らした。





 見た感じ、営業職に就いたOLっぽいな……動きやすく長い髪をアップに纏めていて、外回りでの機能性を重視した、ヒールの低いバンプスを履いているし……





「ど……どうも……」





 やや刹那的な雰囲気を醸し出していた"オフィスのお姉さん"の姿に気を緩ませてしまい、緊張感のない声をでその女に話しかける清水。それに対して彼女は無言のまま、両手でハンバーガーを掴むような"丸い"形を作り、それによって作られた円形の空間に向けて「ふうっ! 」と息を吹き込んだ。





 何をやっているんだろう? と、その仕草に見とれていた清水だったが、彼女も【自殺ランブル】に参加している【能力者】だったというコトを改めて思い知らされる。





「あ! オゴバァッ! 」





 清水の目の前は突然歪み、さらには冷たい刺激が目や鼻、口の中に流し込まれ、くすぐったい感触が顔にまとわりついた。





 息が……出来ない! 苦しい……これじゃまるで!? 





 清水の顔にまとわりついたモノの正体は紛れもなく"水"だった。彼は地上にいながら溺れてしまっているのだ! 





「……ごめんね……キミにはこのまま敗退してもらうから……」





 寝起きのような気だるい口調で、彼女は清水に勝利宣言を投げかけた。





「ゴッ……ガフォ……グオフォ……!! 」





 清水舞台の運命やいかに? 





■■【現在の死に残り人数 40人】■■




■■■自殺ランブルの能力紹介5■■■



【能力名】暴走王の孤独 (ランナーズハイ)

【能力者】穂村 倉戸(ほむら くらと) (突進男)[38歳]

【概要】

 道路・線路に飛び込み、自動車や電車によって轢かれて自殺した者に与えられる能力。体の一部分を硬質化させ、一直線に高速移動出来る。その体当たりはシンプルかつ強力で、攻撃だけでなく、回避にも使える。

 ただし、連続使用には限りがあり、適度にクールダウンさせなければその反動により自身のダメージとなり、能力も一定時間使えなくなる。

 基本的に真っ直ぐにしか移動できないが、一度だけ360°どんな方向にも反射するように方向転換するコトができ、さらにLvに応じて、方向転換できる回数と、そのスピード、連続使用の回数が強化され、硬質化させることの出来る部位も増える。




【能力名】ポセイドンのいかり (アンガー・オブ・ポセイドン)

【能力者】上戸 萌(うえと もえ) (時計台のお姉さん)[36歳]

【概要】

 入水や、液体による窒息で自殺を図った者が得られる能力。大きく息を吸い込むコトにより、大気中の水分を体に蓄え、三つの"型"によって異なる攻撃方法を行うコトが出来る。

①平和(サークル)の型

 両手を組み合わせて[〇:丸]の形を作り、そこに息を吹き込むコトで、自由自在に操作可能な水の球体を作るコトが出来る。


②悪魔(デルタ)の型

 両手を組み合わせて[△:三角]の形を作り、そこに息を吹き込むコトで、高速回転して相手を切り裂く、水の手裏剣を連射することが出来る。


③情景(スクウェア)の型 

 両手を組み合わせて[□:四角]の形を作り、そこに息を吹き込むコトで、その中に見える物体の"コピー"を水で作るコトが出来る。人物をコピーした場合は、コピー元の人物と全く同じ動きをする。


 これらの能力によって作られた水の武器は、手の型を崩した瞬間に形が崩れ、ただの水となる。さらに、体内に蓄えた水が無くなり次第、給水するまで能力が使えない。

 Lvに応じて体内に蓄えられる水分が増え、それぞれ水で作った武器の強度も増す。

 ちなみに"型"を作るコトが出来るのは、手だけでなく、体の部分であれば腕でも足でも良い。そして型の"大きさ"に比例して、その威力は大きくなる。



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