第15話 暴走するミル

 ミルの作戦を実行して1週間が経過した。

 相変わらず空気の読めないトンデモ発言を繰り返すミルであるが、何故かクラスメイトからは好意的にとらえられていて、休み時間の度にクラスメイトの女子に囲まれて盛り上がっている。

 隣の席に座っているオレも、いつものようにその輪に加わっている。


「それでですね、この間すごいカップルを見かけたんですよ」


 ミルが得意げに会話を展開する。周囲の女子たちは興味に満ちた目を向けている。


「どうも彼女の方が二人組の不良に絡まれていたらしくて、揉めているところへ彼氏が颯爽と登場して一人を背負い投げ! 見事に決まったが、一瞬油断したスキにもう一人の不良がナイフを取り出す!」

「おおっ!」


 女子たちの合いの手が入る。


「ナイフを手にしたまま彼氏に向かって走り出す不良!」

「うわ、怖―い!」


 ん?


「キラリと光るナイフが彼氏に……すると、次の瞬間!」

「きゃあ! 危ない!」


 おい……。


「何と彼女が手刀で不良のナイフを叩き落すと、次の瞬間、後頭部に後ろ回し蹴りを喰らわせた!」

「すごーい!!」


 ちょっと待て……。


「そのまま不良たちはノックアウト! カップルは警察が駆けつける前に手を繋いでトンズラ……」

「お前見てたんかいっ!!」


 オレは立ち上がり、思わず叫んでしまった。

 ハッ!?

 恐る恐る周りを見渡すと、呆気にとられたクラスメイトたちの表情が見えた。

 ただ一人、ミルだけは笑顔である。

 オレは気を取り直して「し、失礼しました……」と着席した。


「もしかして今の話、純さんのこと?」


 手塚さんがオレに聞いてくる。

 ヤバい、バレてしまったようだ。


「う、うん……」


 ど、どうしよう。目立ちたくないのに……ミルのヤツ……。


「すごーい! 藤堂さんってカッコいい!」

「ねえねえ、空手とかやってたの!?」

「詳しく聞かせて!」

「俺もその脚で思いっきり蹴ってくれ!」


 一部に明らかに女子からではないセリフが聞こえたがツッコんでいる場合ではなかった。

 周りに集まっていた女子だけでなく、クラス中の生徒がわっと押し寄せてきたのだ。


「いや、あの、昔にちょっとだけ……」


 オレが慌てて言い訳するが、周りは興奮のるつぼと化していた。


「藤堂さんがいれば怖いものはないわ!」

「男子がちょっかい出して来たら、藤堂さんの鉄拳制裁よ!」

「美少女の上に、強いなんて最強ね!」

「さすがは俺の嫁!」


 場違いなセリフを最後に聞きながら混沌に包まれているオレの目にドヤ顔をしているミルが映っていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「みんな、ちょっと待って」


 手塚さんが口を開くと、みんな一斉に手塚さんの方を向いた。


「さっきのミルさんの話にはもう一つ重要なことがあるわ」


 うっ、まさか……オレはだくだくと冷や汗を流す。


「ミルさんは『すごいカップルを見かけた』って言ってたわ。つまり……」


 彼女はびしっとオレに指をさして言い放つ。


「純さんには『彼氏』がいるってことよ!」


 うわーーーーっ!! どうしよう!?

 オレは頭を抱えてミルの方に助けて、と視線を向けると、何故か親指を突き立ててウインクを返してきた。

 何なの、その『幸運を祈るぜ』的なポーズは!?

 オレが狼狽している間も周りの女子はジリジリと詰め寄ってくる。


「さあ、藤堂さん、正直に吐きなさい」

「隠しても為にならないわよ」

「ねえ、どんな人なの?」

「ふっ、俺のことだ、って言っていいんだぜ」


 こんな土壇場でも最後のセリフにツッコミを入れようとしてしまう自分を呪いながら、どう切り抜けようかと考えていると、


「そういえば、最近彼に逢ってないわ……」


ポツリと呟く声が聞こえてきた。

 声のした方を見ると、何故かミルが胸の前で両手を合わせ悲しそうな表情でうつむいている。

 何が起きてるのかとみんなが注目している中、ミルはゆっくりと立ち上がる。


「ああ、逢いたい、同じ学校ならいつでも逢えるのに……」


 明らかに演劇、ロミオとジュリエットあたりを意識した口調である。

 しかもいつの間にかご丁寧に『藤堂純』と書かれた紙を首からぶら下げている。


「ああ……愛しの拓也さま……」


そう言ってうっとりとした表情のミル。

オレは無言で背後から近寄り、ゆっくりと首を絞め上げる。


「な・に・を、しているのかなあ?」

「うぐぐ……純さん、く、苦しい、です……」

「と、藤堂さん、校内で殺人はいけませんよ」


 周りの女子たちは目の前で繰り広げられる美人二人の残念なやりとりに苦笑するしかなかった。

 そして、ミルのトンデモ発言の連続に、今やオレたちはミルの想定どおり『変わり者姉妹』という不名誉な称号をさずかることに成功したのだった。

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