第13話 高校入学

 結局、休みの間はどうすればモブになれるのかについて考えていたが、結論は出なかった。

 ミルはとんでもないことを言い出すし、拓也のことを考えると頭がボーっとしてしまったりして一日中ごろごろした日々を過ごしてしまった。


 そして、とうとう高校入学の日。

 これからのことを考えると気持ちが落ち込むけど、開き直っていくしかないと思い、自然体で臨むことにした。

 ミルとともに学校へ行き、クラスの編成表が玄関前に張り出されているのを確認すると、なんとオレとミルは同じクラスになっていた。

 普通、親戚や血縁関係は同じクラスにしないと聞いたことがあるけど、何はともあれ知っている人間が近くにいるのは心強い。


 不安と期待で新しいクラスに入る。

 ここは進学校なので、中学の時みたいにあまり注目を浴びないで済むかもしれない。

 そう考えて、思い切ってドアを開けると一斉にみんながこっちを見た。


「お、おはようございます」

「おはよう!」


 オレがおずおずとあいさつしたのに対し、ミルは元気いっぱいに声を上げた。


「あ、おはよう」

「おはようございます」


 入口の近くのクラスメイトが笑顔で次々とあいさつを返してくれる。

 何だろう、この懐かしい感じ。

 自分を知らない人たちに囲まれていると、過去のつまらないことにウジウジ悩んでいるのが馬鹿らしく思った。


 教室の机にはそれぞれの名前が書かれた札が張り付けられていたので、自分の座席を探していると、オレはほぼ真ん中の列の最後尾、そして横がミルの席になっていた。

 たぶん、お互いの名前を知るためにアイウエオ順にしたのだろう。


 オレは自分の机に座ると、目の前に座っていた女生徒が話しかけてきた。


「おはよう、えーと、藤堂さん?」


 オレの机に張られた名札を見ながら彼女が話しかけてきた。


「おはようございます。藤堂純といいます」

「あ、あたしは手塚、手塚莉子てづかりこ。よろしくね」


 にっこりと笑顔を浮かべる。


「それで隣の子との関係は? 顔がそっくりなんだけど?」

「ああ、ミルはわたしの双子の妹です」

「藤堂ミルです。よろしくお願いします」


 ミルがぺこりと頭を下げる。


「へえ、あたし双子って何組か見てきたけど、こんなに瓜二つなの初めてだわ」

「そうですか?」


 手塚さんはオレとミルを交互に見ながら、ふうと小さくため息をついた。


「どうしました?」


 オレはなんとなく不安になって聞いてみた。


「いや、二人ともすっごく可愛いなと思って」


 視線を少し下に向けてポツリと言う。

 ま、マズイ……。

 この仕草の意味に、オレはピンとくるものがある。

 それはかつて、中学の時のクラスメイトの態度と同じ。自分よりカッコいい友人に対して諦めにも似た気持ちを持ち、どうせ俺とは釣り合わないと疎遠になってしまうパターンだ。

 ……ここは、否定しないと。

 オレが『そんなことない』と言おうとして口を開きかけたとき、


「そうかなあ、そんな大したもんじゃありませんよ!」


 あはは、と頭をかきながら顔を真っ赤にして笑顔を浮かべているミルが返事していた。


「手塚さんこそ、目がぱっちりしてて色も白いし、男子がほっとかないですよ!」

「そ、そう?」

「はい、わたしが男子だったら是非付き合いたいです!」


 顔を赤くしてニコニコしながら答えるミルを見て、手塚さんはつられるように微笑む。


「あ、ありがとう。ミルさんて可愛いわね」


 お互いにニコニコと笑顔を交わしている。

 それから、互いにメールアドレスやら中学時代の話題などを話し合い、すっかり友達になっていた。

 み、ミルさん、いつの間にそんな話術スキルを習得していたの?


 やがて担任の先生が入ってきたので会話は中断したが、手塚さんが「これからよろしくね」

と満面の笑顔で言ってくれたのでホッとしたのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 それから、無事入学式が終了して教室に戻ってきてから、自己紹介をすることになった。

 今までのオレなら、ここでモブになるためには!と変に意気込むところだけど、あくまで自然体で臨もうと考えているので少しは気が楽である。


 アイウエオ順に各自がそれぞれ名前と趣味、中学時代の所属していた部活動の話などを織り交ぜながら、手際よく自己紹介していく。

 そして、オレの前の席に座る手塚さんの番になった。


手塚莉子てづかりこです。中学では陸上部に所属してました。趣味は可愛いものを集めることです」


 明るくハキハキと話す手塚さん。

 そうか、可愛いものが好きなんだ。本当に女の子らしいな。

 何て考えていると、手塚さんは急に後ろを振り返った。


「ですので、今はこの藤堂さん姉妹がお気に入りです」


 にっこりとほほ笑んで着席する。


「な……」


 衝撃の発言にオレがびっくりしていると


「わたしも手塚さん、大好きです!」


とミルが声を上げる。


 何なんだ一体? 

 不思議な雰囲気に包まれた教室の中、次は自分の番なので、混乱しながらも席を立つ。


「えーと、藤堂純です。中学の時は帰宅部でした。趣味は読書です」


 手短に無難な紹介を、と思いながら話していると


「はーい、質問があります」


と声が掛かった。


 慌てて声のした方を見ると、右手を挙げているミルだった。


「へっ?」


 ちょ、ミルさん何してんの!?


「今付き合っている人はいますか?」


 途端に教室内がざわめき出した。


「それはいい質問だ!」

「彼氏いるのかなあ?」

「あんなに可愛いんだからきっといるよね」

「お、俺の嫁……」


 4人目のコメントはとりあえずスル―するとして、クラスメイト、特に男子の視線が突き刺さるようだ。


「い、いません」


 ミルの意図が分からず、混乱したまま答える。

 教室のあちこちで「そうなんだ」、「へえ、意外」、「俺にもチャンスがあるな」などの声が聞こえた。


「じゃあ、好きな人はいますか!?」


 さらに追い打ちをかけるミル。

 いやいやいや、何してくれてんのミルさん!?

 オレは自分でも顔が真っ赤になっていくのを感じる。


「あ……う……いるような、いないような?」


 思わず頭の中に拓也の顔を思い浮かべ、しどろもどろになってしまった。


「うわあ、照れてるところも可愛い!」

「くそっ、好きなヤツがいるのか」

「いや、まだ諦めんぞ」

「そうか、俺のことを……」


 勘違いしている1名を除いて、オレに想い人がいることが伝わってしまったらしい。


「と、とにかく、よろしくお願いします」


 オレは顔から火を噴きながら席に座り、横のミルを睨みつける。

 ミルはオレが涙目で睨んでいるのをまったく気にすることなく立ち上がる。


「はい!藤堂ミルです!趣味はお姉ちゃんをイジる……一緒に遊ぶことです!」


 元気にとんでもないことを言い出すミルさんのせいで、教室内は笑いとカオスの世界になっていた。

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