第12話 純也、モブについて考える

「純……純ってば」


 肩を揺すられて、ハッと気が付くと自分のベッドで横になっていた。

 上半身を起こして横を見ると、ミルが心配そうにオレの顔を覗きこんでいた。


「もう、どうしたんですか? 何度も呼んだんですよ」

「あ、ごめん……」


 今日は拓也と話をした後、お互いの連絡先を教え合って別れた。


「いつでも電話くれよ」

「うん……分かった」


 相変わらずオレを真っすぐに見つめる拓也の視線。

 それを恥ずかしくも受け止めるオレ。

 その様子は周りから見れば、恋人同士が門限近くになって別れがたい雰囲気と感じるだろう。

 その後、オレはふらふらと書店に入り、TSもののラノベを3冊ほど買い込んで読みふけっているうちに寝てしまったようだ。


 端から見れば、オレは完全に恋落ちしている状態だろう。

 前の世界の拓也はオレから離れていった。

 でも、今の世界ではオレに真剣に付き合ってくれている。

 それだけでもオレにとって好きになるのに十分な理由だ。

 でも現実問題として、オレは身体こそ女の子だけど、気持ちは男のままなのだ。

 しかもモブになることを目標にしてきたのに。


 そうだ、ミルに相談してみよう。

 いくらポンコツとはいえ、元神様なのだし。


「ねえ、ミル」

「はい?」


 無邪気な笑顔で返事する。


「オレはその……身体は女の子になったけど、気持ちは女になったりしないのかな……」


 本当は最初に聞くべきだったんだろうけど、何故か聞いてはいけない気がしてずっと避けてきた疑問だった。何せこれまでの疑問には『忘れちゃった♡ てへぺろ』で終わってたし。


「それは……」

「それは?」

「純、いや純也さんの気持ち次第です」


 意外にまともな答えが返ってきた!

 どうせ『忘れちゃった♡ てへぺろ』以外の答えはないと踏んで、いかにツッコもうかとそればかり考えていたのに。


「気持ち次第って?」

「要するにですね」


 ミルは最初に会ったときと同じように腰に手を当ててドヤ顔をする。


「純也さんが男の子を好きになれば、だんだん女の子の心になっていきますが、そういう人が現れなければ変化はありません」

「ってことは……もし好きな人が出来ないうちにミルがオレを元に戻す方法を思い出せば……」

「前の純也さんに戻れます」


 ぴしっと歯切れよく答える今のミルはとっても頼りがいを感じる。


「じゃあ、早く思い出してくれると助かるんだけど」

「……」

「……」

「まだ思い出せません♡てへぺろ」

「思い出す気あるんかい!?」


 やっぱりか。このタイミングでかよ……。

 でも、大体は理解した。


 ようするに、ミルが戻る方法を思い出しさえすれば、後はオレ次第ってことだよな。

 さっきまでの拓也への気持ちが本物なら、やがてオレは心身ともに女の子になるし、それが単なる勘違いであれば気持ちは男のまま。

 オレは自然体でいるしかない。

 いずれにしても、前の世界での悲劇を繰り返さないためにもモブにならなければ。

 もし拓也への気持ちが本物であれば、完全に女の子に、たとえモブの女の子になっても拓也は許してくれるはずだし、男に戻ることになってもモブになっておけば道は拓ひらける。

 ようし、そうと決まれば改めてモブを目指すぞ!



 その後、高校入学までの短い休みの間に2回ほど拓也とお出掛けした。

 ミルから聞いていたとおり、拓也と一緒に居ると普段気にならない髪や服装の乱れが気になるようになったし、オレに向けた笑顔を見ると思わず顔が赤らんで恥ずかしくなったりと、自分でも女の子のような感情を抱いていることに気付く。

 ただ、それは急速な変化ではないようで、一緒に居る時間か、距離の影響なのかはっきり分からないけど、拓也と離れてしまうと少しずつ気持ちも落ち着いてくる。

 高校生になれば、学校も違うので今ほど逢える時間が少なくなるかもしれないが、お互いに無理をしないようにしようと話し合った。


 拓也と逢わない日は、ミルとともにモブになる方法をいろいろ考えている。

 とは言っても、真面目に考えているのはオレだけみたいだ。

 ミルはオレの部屋に来て、ラノベを読みあさってはこの本は面白かっただの、ミステリを読んではこの結末はないよと文句言ったりしてるだけで、ほとんど役に立っていないのだ。


 ある日、部屋でラノベを読んでいるとミルがいきなり話しかけてきた。


「純也さんはどんなモブを目指すんですか?」


 今のように部屋などで二人きりになると、ミルは未だにオレを『純也さん』と呼ぶ。

 前に『純』と呼んでくれと言ってからは、人前では『純』と呼ぶけど、ミルの頭の中では何かしら理由があるのかもしれない。


「どんなモブかって?」

「そうです。わたしなりにモブについて調べてみたんですけど」


 そう言ってメモ帳を開く。元神様がメモ帳を持っているというのはシュールな感じがする。


「モブっていうのは簡単にいうと、群衆のようにこゆう名詞がなく、背景のように各シーンをこうせいするためだけに存在するきゃらくたーのことで、いわゆるざこきゃらとはいっせんをかくす……」


 何だか、調べたはいいけど全く頭の中に入っていないようで、後半はひらがなの棒読み状態だ。


「つまり、目立たなければいいってことですよね?」


 ミルは完全に理解したかのように胸を張る。

 うん。そうなんだけど。

 この顔が付いている時点でアウトだよね。


「その目立たない、ってのが難しいんだよ」


 オレはため息をつきながら返事する。


「目立たないためにはどうすればいいのか。最初は地味にしようかと考えたけど、地味にしすぎると友達が出来ない可能性がある。かと言って普通どおりにすると何故かオレの場合は目立ってしまうんだ」


 そのせいで、彼女に振られ、親友と離れてしまったのだから。


「ミルが女の子になれば解決するって言ったけど、結果としてミルと同じ顔になってしまったから、見た目でモブになるのは難しい」


 オレの言葉を聞いて、シュンとなるミル。

 まあ、仕方ないよな。神様の世界ではこのミルはモブ扱いだったらしいから。

 今の世界ではかなりの人気者なんだけど。


 オレが悩んでいるとミルが口を開いた。


「でも、高校に入ったら中学のときのクラスメイトは誰もいないから何とかなりませんか?」

「うん。オレも考えたんだけど、例えば、誰にでも気軽に付き合えるような人当たりのいいタイプだと男子が放っておかないと思う。何せ男って優しく接してもらうと自分に気があるんじゃないかって勘違いしやすいからな。

 あと、反対にできるだけ人付き合いを避けるという手もあるけど、そうすると今度はアイツは付き合いが悪いとか言われてぼっちになるし」


 うーん。手詰まりだな……。

 ミルも普段使っていない頭を捻ひねって考えてくれている。


「そうだ! いい方法を思いつきましたよ!」


 いきなり立ち上がったミルが声を上げた。


「純也さんが拓也さんとわたし、それぞれお付き合いすればいいんです!」


 ……何ですと?


「な、何を言い出すんだ!?」


 突然訳の分からないことを言い出したミル。


「変ですか?」


 ミルはオレが驚いていることに驚いているようだ。


「オレが拓也と付き合う……まあ、それは今でも友達としてなら付き合ってはいるけど、ミルと付き合うってどういうこと?」

「それはですね」


 また腰に手を当ててドヤ顔している。


「純也さんは新しいクラスで目立たない存在になろうとしていますが、普通のやり方ではダメです。何せ顔が可愛いのですから!」

「自分で言うな!」


 誰のせいだと思ってるんだよ……。

 しかし、オレのツッコミをスルーしてミルは話を続ける。


「そこで逆転の発想です。わたしのように可愛いのに残念だと思ってもらえばいいのです!」


 うわあ、自分のこと残念って言っちゃってるよ、この子。


「そのためには、まず彼氏をつくる、そして彼女もつくれば死角はありません」

「あの……」

「彼氏については問題ありません。拓也さんがいますから」

「ミルさん……」

「次に彼女ですが、身近にわたしという者がいます。一応この世界ではわたしと純也さんは双子ではありますが、別に双子の片方がもう片方を好きになっても問題は……」

「問題ありまくりだろ!」


 まさにトホホな話である。


 しかし、ミルのポンコツなアイデアの中で、彼氏をつくるというのは妥当かもしれない。

 これまでのオレの経験から、恋人が同じクラスや学校にいると周りに気を使ってしまうケースが多い。

 学校のイベントで同じ班やグループになるかならないか、とか、二人で登校や下校すると冷やかされたり、妬まれたりするとか。

 周りの人間も何かと二人に気を使ってしまいがちになる。

 その点、違う学校の生徒が恋人ならクラスメイトに気兼ねすることはないし、学校行事への影響は全くない。しかも、恋人がいるということが知られても、言い寄ってくるヤツらがグッと少なくなるはず。

 そもそも恋人がいればモブとか関係ないのだ。


 ……でも本当にオレは拓也のことが好きなんだろうか。

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