第10話 不意の邂逅
結局、オレがこの世界でどんな生活を送ってきたのかをミルから聞き出すことは出来なかった。
まあ、予想はしていたんだけどさ。
とてもこれからのことを相談する気持ちになれなかったので、「わたし街を探検してきます!」と張り切っているミルと別れて一人で買い物に出掛けた。
女の子になってから初めての休日ということもあって、住み慣れた街も新鮮に感じる。
ミルから女の子としての生活についていろいろと教わったので、言葉遣いや服装、仕草など、今ではそれほど違和感を覚えなくなった。
「さて、どこに行こうかね」
普段着やお出かけ用の服は妹やミルのアドバイスでしこたま買い込んだし、そもそもミルと双子なのでお互いに交換すれば2倍の数になる。
「それじゃあ……」
ここは書店にしよう。
今住んでいるのは県内で一番大きな街なのでショッピングに行くにも事欠かない。
特に書店は10万冊を超える品揃えが売り文句の大型店がいくつかあって、読書好きなオレには恵まれた環境だ。
せっかくだから、と駅前にある大型書店に行くことにした。
確か好きな作家さんの新刊本が発売されているはず。
財布の中を確認しながら歩いていると、目の前に立ち止まっていた人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
あっちゃー、やっちゃった。
顔を上げると、相手はいかにもな服装をした、いかにもな若い男だった。しかも二人連れ。
彼らは最初、胡散臭げな表情だったが、オレの顔を見た途端口元がニヤけた気持ち悪い笑顔に変わった。
「痛たた……。足が痛いなあ」
わざとらしく足をさする男。
ぶつかったのは背中だったのに、どうなってんだコイツの身体は?
「いやあ、この痛みを抑えるには病院に行かなきゃ、なあ?」
そう言いながら二人でオレを取り囲む。
「一緒に病院行ってくれるっしょ?」
相変わらずニヤけた顔でオレの手を掴んだ。
「ぶつかったのは謝ります。けど足には当たってません」
オレがそう指摘すると
「なんだあ、人に怪我させておいてその態度は!」
ぶつかった男がオレの肩を掴もうとしたとき。
「何してんだ、純」
声がした方を見ると拓也が真剣な顔をして、オレの目の前の男に視線を向けていた。
「た、拓也……」
うっ……こんなときに会うとは。
「何だあテメェは!?」
邪魔されたと感じた男は拓也を睨みつける。でも拓也はひるまない。
「俺はコイツの彼氏だ」
ひょえっ!?
何かさらっとすごいこと言われましたけど?
「ちっ、邪魔すんじゃねえよ!」
男は構わず拓也に殴りかかる。
マズい! 拓也がやられる!
オレがそう思った瞬間、男の身体がふわっと宙に浮いたかと思うと次の瞬間には床に背中から叩きつけられていた。
こ、これは柔道?
何とこの世界で拓也は柔道技を身に付けていたのか。
しかし、拓也がオレに背中を見せているうちにもう一人の男が懐から光るものを取り出して拓也に向かって行った。
しかも拓也は気付いていない。
オレは思わず男の横に駆け込むと、男のナイフを持った手を手刀で薙ぎ払い、そのままの勢いで後ろ回し蹴りを放った。
踵がちょうど男の首の後ろに命中。
「ぐえっ」
男は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
二人とも気を失って動かなくなると、周りから一斉に歓声が上がった。
「すごい! あの女の子カッコいい!」
「きゃー、スーパーカップルだわ!」
「いやあ、大したもんだ」
「し、白のパンツ……」
まるで悪者を退治したヒーローのように注目を浴びてしまった。
拓也もこの騒ぎに戸惑っている。
そこへ誰かが警察に連絡したらしく、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「た、拓也。この場から離れるよ!」
オレは拓也の手を掴んで、一目散に走りだした。
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