第8話 卒業の日(4)
さすがに屋上には誰もいなかった。
下から卒業生との別れを惜しむ後輩たちや玄関をバックに記念写真を撮っている親子の声が響いてくる。
そんな騒がしい校庭を見下ろせるフェンスに近づくと拓也が口を開いた。
「お前、誰か好きなヤツがいるのか?」
「えっ……」
何でそんなこと聞くのだろう?
「いや、いないけど……」
男だったときにはいた……振られたけどね。今は女だし、嘘は言ってないぞ。
「そうか……」
拓也は何故かホッとしたような表情を浮かべた。
「覚えてるか? オレがお前に告白したときのこと」
「えっ……?」
覚えてるわけないじゃん! 昨日女の子になったばかりだっつーのに。
「う、うん。何となく……」
何となく嘘ついちゃいました。
「何となくか……」
今度は少し寂しそうな顔になる。
し、仕方ないだろ! 昨日女の子になった(以下略)。
「まあ、お前は人気の的だったし、毎日のように男子から告白されてたもんな」
そうでしょうね。オレもこんな顔した女の子がいたら放っとかないよ。
でもそんなことが言えるわけがないので、とりあえず……
「ご、ごめん……」
と謝ることにした。
そんなオレを見て拓也は驚いた顔をした。
「お前が素直に謝るなんて……今日、具合でも悪いのか?」
「へっ?」
「だって、いつもなら『そんなのイチイチ覚えてられないわよ!』とか言うだろ」
だから何なの、そのツンツンオンリーなキャラは!?
ミルさん、一体オレをどんな設定にしたんですか?
「そ、そうだっけ?」
あはは、と乾いた笑いで誤魔化す。
「まあいいや。ところでオレが告白したときの約束は覚えてるか?」
「約束……?」
約束って何だ? 全く心当たりがない。だって昨日女に(以下略)。
気が付くと、オレはだくだくと冷や汗をかいていた。
「そう。約束っていうのは、『もし、卒業までにわたしに好きな人が出来なかったら付き合ってあげてもいいわ』ということだ」
何だと!? そんな約束なんぞ知るわけがない! 何てったって昨日(以下略←しつこい)。
「ほ、本当にそんな約束したの!?」
オレは焦りながら尋ねる。
もし本当なら、オレは拓也と付き合うことになるわけで、目標であるモブから遠くかけ離れてしまう。これはマズい。
「あ、ちょっと違った。『友達として付き合う』だった」
拓也は意地悪く笑う。
「そ、そうなんだ……」
オレは腰が抜けそうになった。
でも、この世界のオレは一体何を考えていたんだ?
この調子なら過去に拓也との間にどんなやり取りがあったのか、想像するだけでも恐ろしい。
「というわけで、お互い別の高校に行くけど、これから友達として付き合ってくれ」
満面の笑みを浮かべる拓也。
くっ……何か悔しい。
いや、待てよ。別に恋人として付き合うわけじゃないし、友達なら問題ないか。
それにうまくいけば、拓也からこの世界でのオレの過去の情報を聞き出すことが出来るかもしれない。
それが分かれば今後の『モブライフ満喫計画(ミルさんのお父さん命名)』に活かせるんじゃないか?
よし、こうなったら!
「し、仕方ないわね。友達として付き合ってあげるわよ!」
オレは腰に左手をあて、右手でビシッと拓也を指さして言い放った。
決まった!
拓也とのこれまでの会話の内容から、この世界でのオレにふさわしいと思われる言動で返事をしたはず……なのだが。
「な、何だ、そのツンデレキャラは!?」
拓也に引かれてしまいました。
どうすりゃいいの……?
とまあ、こんな感じで拓也と友達として付き合うことになった。
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