第7話 卒業の日(3)

 卒業式は淡々と進んでいた。

 会場では在校生の送辞の言葉に涙を堪えきれず、あちこちですすり泣く声が聞こえる中、隣のクラスにいるミルさんはどうしてるかなと何気なく様子を見ると眠そうにあくびをしていた。

 まあ、ミルさん自身に卒業するっていう意識は全くないから仕方ないが、少しは周りの目を気にしてほしいものだ。


 それはさておき、今後のことを考える。

 ミルさんの能力ちからで女の子になってしまったが、今のところオレはモブにはなれていない。

 何せこのポンコツ神様は、自分が神の世界でモブだったという理由でオレをミルさんと同じ顔にしてしまったけど、この世界、というか少なくとも現在の日本でミルさんの顔は反則だろう。

 オレですら鏡を見るとボーっとするくらい可愛いのだから、他人から見たら尚更だ。

 顔かたちだけは変えられたけど、オレのチート能力は何も変わっていないし、女の子だって何でも出来てしまう友人がいたら距離を置きたくなるかもしれない。

 つまり、性別が変わっただけで根本的な問題は何も解決になっていないのだ。


 ふーっとため息をついていると、もう式が終わろうとしているようだった。

 1組から順番に卒業式の会場である体育館から列になって出て行き、それを在校生が拍手で送り出している。

 3組であるオレは2組にいるミルさんが椅子から立って出ていくのを眺めていた。

 ほとんどの女子がハンカチを目に当てて卒業することの寂しさを表しているのに対して、ミルさんはにこにこと笑顔を振りまいている。

 そこへ通りすがりに後輩たちから歓声が上がった。


「きゃーっ、ミル先輩!」

「先輩、卒業おめでとう!」

「元気でいてください!」

「け、結婚してくれ!」


 相変わらず訳の分からないセリフを吐くヤツを除けば、みんなミルさんのことを慕っていたんだなと、思わずもらい泣きしそうになった。

 よく聞いていると男子より圧倒的に女子からの歓声が大きい。

 きっと美少女な割にちょっと残念なところが女子に好かれる要因なのかもしれない。


 続いて我がクラスが退場する。

 自分の番が来て、椅子から立ち上がると


「純せんぱーい!素敵―!」

「卒業しないでくれー」

「好きだ――――!」

「あ、愛人になってくれー!」


 先ほどのミルさんと同じくらいの歓声が上がった。

 一部に聞き捨てならないセリフもあったが無視する。

 どちらかというと男子の声の方が多いように感じた。

 うれしい反面、これまでオレが女の子としてどうやって他人に接してきたのか分からないので、この歓声の意味については不安だらけだ。


 教室に戻り、担任の先生から最後のあいさつがあった。


「来月からはみんな高校生になる。これまで以上に勉強に運動に・・・・」


 申し訳ないけど、先生の言葉は頭の上を通り過ぎていくだけだった。

 担任の話も終わり、本当にこの学校から卒業することになる。

 クラスメイトの中にオレと同じ高校に通う生徒はいない。

 男であった頃であればやっぱり寂しいんだろうけど、モブを目指すオレとしては過去の栄光にとらわれない未来が待っていると考えれば、寂しさよりも期待の方がはるかに大きいのだ。


 帰る時間になっても別れを惜しんで話に花を咲かせているクラスメイトたち。

 先ほどから周りを見回していても、オレのところにやってくる生徒はほとんどいなかった。

 何人かの女子が「藤堂さん、元気でね」とか「高校に行っても一緒に遊ぼうね」と声を掛けてくれるが、連絡先も分からないのに遊べるわけねえよ、と心の中で悪態をつく。


 やっぱり、モブが一番だな。

 妬まれることなく、自分のやりたいことを人目を気にせず出来るって素晴らしいことだ。

 オレが一人決意を固めて、帰ろうとすると


「純。一緒に帰ろうぜ」


と声を掛けられた。

 振り返ると拓也が真剣な表情でオレを見つめている。

 そう、何かを決意したような。


「……別にいいけど」


 二人で廊下を歩く。

 前を歩く拓也の斜め後ろをついていくオレ。


「帰る前に、ちょっと話があるんだ」


 そう言って屋上に向かう拓也。

 一体何の話だろうか。

 屋上、拓也……オレにとってはトラウマに近いキーワードだ。

 昨日、屋上で親友関係を一方的に解消されたオレの気持ちを拓也には分かるまい。

 でもそれは昨日までの世界での話。

 今のオレは「藤堂純」であって「藤堂純也」ではない。

 つまり、オレは拓也の親友ではない。

 ってことは、オレと拓也の関係は……。

 いや、さっき拓也も言っていた。オレに振られたんだと。

 過去のオレに告白して、そして振られて……。

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