第6話 卒業の日(2)
いつもの登校時間になったので、清美とミルさんと三人で家を出た。
あまりの状況変化に、昨日までは男子として普通に学校に通っていたのが信じられない。
今思えば、昨日一日だけで彼女に振られ、親友を失い、心折れかけたところにこのポンコツ神様に女の子にされるなんて、ちょっとひどくね?
オレの横を鼻歌交じりに歩く元神様・ミルさんはとても楽しそうだ。
のんきでいいよな……。
とりあえず今日の卒業式が終われば、明日から春休みだ。
高校入学までに気持ちを整理しておかないと。
いつもの通学路を歩いていると、なんだかすごい視線を感じる。
何事かと辺りを見回すと、同じセーラー服を着ている女子生徒や男子生徒があちこちに固まってオレたちを見つめて何やら話し込んでいる。
「ああ、藤堂先輩も今日が見納めなんだ……」
「ちくしょう! これから何を楽しみに学校に行けばいいんだ!」
「よーし、今日こそ告白だ!」
「今日逃したら3Pなんて夢のまた夢だ!」
おい、最後のセリフ言ったヤツ出てこい!
予想はしていたけど、注目具合いが半端ない。男子生徒のほとんどは顔を赤くしてじーっと見つめているし、女子生徒もまるでアイドルを見つけたような熱い眼差しを送ってきて、中には手を振ってくる子もいる。
元男だとバレるのではないかとヒヤヒヤしているオレの横で、呑気に手を振っているミルさん。
何でオレだけこんな気まずい気持ちにならなきゃいけないの?
視線の集中砲火を浴びて、すっかりMPを削られてしまったオレは自分の教室に入った途端、机に突っ伏してしまった。
登校中に何気なく清美に聞くと、オレとミルさんは違うクラスらしい。
オレがいるクラスメイトは男のときと同じだから当然、みんなのことを知っているのだけど、女の子としてのオレに対する反応が気になるし、でもそれを知るのがちょっとこわい。
そして、オレから離れていった拓也、
そんなことを思っていると誰かが横に立っている気配がした。
顔を上げると拓也だった。
「純。ちょっといいか」
「えっ、うん、いいよ」
拓也はオレの前の椅子に座る。
オレは急にドキドキしてきた。
今のところ、オレが元男「藤堂純也」だということに気付いている人はいないが、拓也もそうなのだろうか。
「今日、卒業だな」
「……うん」
「お前は確か、旭ヶ丘高校にいくんだよな」
「うん、そうだけど」
お前、って呼ばれた。ということは結構仲がよかったのかな。
オレはこの地域でも進学校として有名な旭ヶ丘高校に進学する。その高校でちゃんと勉強すれば六大学に入るのも可能だけど、この中学校から旭ヶ丘高校に進めるのはごくわずかだ。
確か、拓也は少しランクの低い修学学園にいくはずだから、卒業すると会えなくなる。
……まあ、その前に親友じゃなくなったけどな。
そんな回想をしていると、拓也がオレの顔をじっと覗き込んでいるのに気付いた。
「うん? どうしたの?」
「いや、何となく寂しくてさ」
「……」
寂しい、か。
オレも寂しかったよ、昨日は。
遠い目をしながら物思いにふけっていると、近くの女子たちの会話が耳に入った。
「見て、韮崎くんと藤堂さんが別れを惜しんでるようよ」
「似合いのカップルなのにね」
「本当。まさか、藤堂さんが振るなんてねえ」
「……」
何だって? オレが拓也を振った……だと……。
オレが声のした方へ顔を向けると、彼女たちは慌てて顔を逸らした。
「気にすんな。昔のことだ」
「……」
「確かに俺はお前に振られたけど、俺は告白出来てよかったと思ってる」
「拓也……」
はっ。思わず昔の呼び方をしてしまった。
でも、拓也は何事もなかったように苦笑する。
「ご、ごめん」
「何謝ってるんだよ。お前らしくない」
「そ、そう?」
「ああ、いつものように『一緒にいられただけでも感謝しなさい!』と言うと思ったぜ」
何だ、そのツンツンテンプレなセリフは!?
オレってここじゃ、そんなキャラだったの?
全身にだくだくと冷や汗をかくオレ。
この分じゃ他にどんなことをやらかしたのか怖くて聞けない。本当に今日が卒業でよかったよ。
「お話し中すみません」
「うおっ!?」
いきなり会話に割り込まれて、変な声を上げてしまった。
「そろそろ卒業式が始まりますので、廊下に並んでください」
女生徒はそう言ってスタスタと廊下に向かう。
びっくりしたのもあったが、今の女子の顔や姿をはっきり覚えていなかった。
まさにオレが目指すモブの典型的な態度である。
ふむふむと脳内でメモしていると拓也に声を掛けられた。
「じゃあ、純。また後でな」
「う、うん」
オレは拓也の後ろについて廊下に向かった。
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