第5話 卒業の日(1)

 寝る前にミルさんと明日以降のことを話し合った。

 それによると、この世界ではオレは「藤堂純」、ミルさんは「藤堂ミル」という名前の双子という設定だそうだ。家族やクラスメイトたちには既にその設定が認知されているから、明日の中学の卒業式は問題ない。

 問題は高校入学以降のオレたちを知らない生徒たちだ。

 それを言うとミルさんは「だいじょうぶ、何とかなりますよ」と無責任な発言をして、さっさと隣の部屋に移動して寝てしまった。


 翌日はいつもより早く目が覚めた。

 昨日大変な思いをして疲れていたのに、全然寝付けなかったからだ。

 しばらくベッドでうつらうつらしていたが、ハッ! そうだ、今日は卒業式だと思い出した。

 オレはがばっと起き上がって、鏡を見る。


「は、はは……」


 やっぱり夢じゃなかったか……。目の前の鏡には昨日会ったばかりのくせに妙に存在感のあるミルさんの顔が写っていた。

 ということは、オレはこの姿で卒業式に出なきゃならないのか……。

 部屋を見渡すと、昔からそこに存在していたかのようにセーラー服が壁に掛けられていた。


 ふうっと小さくため息をついていると、部屋のドアがゆっくりと開けられた。


「おはようございます。純也さん」


 ドアの隙間から顔だけ出してミルさんがあいさつしてきた。

 既にセーラー服を身に着けている。


「今日は卒業式ですね」

「うん」

「それじゃあ、わたしも……」

「ちょっと待て」

「はい?」

「お前も式に出るのか?」

「? もちろんですよ」


 不思議そうな顔でオレをみるミルさん。

 確かにそういう設定なんだけど、昨日の今日でなじみ過ぎでしょ、あんた。

 そこへドアをノックする音がした。


「はあい」

純姉じゅんねえ、起きてる~?」


 言いながら女の子が入ってきた。

 ああ、そういえば妹の清美きよみがいたんだっけ。


「もう朝ごはん出来てるよ……って、あれ、ミルねえもいたの!?」


 驚いた表情を浮かべる清美。何でそんなに驚いているんだ?


「ミル姉がこんな早くに起きてるなんてびっくりだよ!」


 何となくこの世界でのミルさんの立ち位置がわかってきた気がする。


「うふふ、今日は卒業式ですからね」

「なるほどね~」


 確かにこの二人の受け答えを聞いてると仲のいい姉妹みたいで不自然な感じはしない。


「じゃあ、純姉も早く起きて。朝ごはん食べるよ」


 そう言って清美は部屋を出て行った。


「どうやら設定がちゃんと効いてるようですね」


 ミルさんはうんうんと頷く。

 オレも安堵して言う。


「とりあえずはだいじょうぶかな?……とにかく着替えないと」


 オレはベッドから出て……。

 あれ?

 そういえばオレって女の子だよね?

 しまった、着替えるってことは女物の下着を……。

 涙目になりながらミルさんの方を見ると、にっこりと笑顔を浮かべていた。


「だいじょうぶ、わたしが色々教えてあげますから」


 そう言って洋服ダンスから下着を選び出す。

 よ、よかった。ミルさんがいてくれて。オレ一人だと途方に暮れていたところだ。


「ミルさん、ありが……と……?」


 お礼を言おうとしたオレの目に映ったのは、黒い下着を両手で掴んでいるミルさん。しかも両側がヒモになっていて……。


「ちょ、ちょっと待ったあ!」

「ど、どうしました?」


 オレの声にびくっと反応する。


「そ、そんな下着が履けるかあ!?」


 オレは黒い下着をミルさんから奪い取った。



 ようやくオレとミルさんはセーラー服を身に着けて朝食を摂っている。

 ミルさんの勧める黒い下着を頑なに断って、やはり中学生らしい白い下着にした。

 万が一、スカートがめくれたら大変なことになるし、精神的にも持ちそうにない。

 まあミルさん自身は制服の着方も分かっているし、元神様とはいえさすがは女の子だなあと思った。

 テーブルではオレの前にミルさんが座り、その横に母さん、そしてオレの隣には妹の清美。


「今日で中学を卒業なんて、時間が経つのは早いわね~」


 既に食べ終えていた母さんが、お茶をすすりながらのほほんと話しかける。


「お姉ちゃんたちは来月から高校生かあ。いいなあ、わたしも早く高校生になりたい!」


 無邪気に笑う清美。今は中1だから高校生になるにはあと2年もある。


「そうねえ、いろんなことがあったわね~」


 ミルさんが白々しく話を合わせるが、それでも違和感なくこの場に溶け込んでいた。この元神様は女優並みの演技力を持っていらっしゃるようだ。


「でも、今日の卒業式は二人とも大変かもよ」


 清美が意地悪そうな顔で言う。


「ん、何で?」


 オレは口をもぐもぐ動かしながら聞いてみた。


「だって、学校一の美少女二人がいなくなるとしたら、男子がねえ……」


 ぐっ……まさか。


「……どういうこと?」


 オレは嫌な予感がして尋ねた。


「えーっ、知ってるでしょ? 二人とも学校ではモテまくりだったじゃない」


 やっぱりね……オレはギロリとミルさんを睨み付けた。


「そうだったっけ? あははは」


 オレの視線に気付いたミルさんは冷や汗を流しながら笑いで誤魔化している。


(ほら、やっぱりミルさんの顔にしたのが原因でしょ?)


 オレが小声でささやくと


(ごめーん、でもここじゃあわたしはモテまくりなんだあ。うひひ)


 オレに申し訳ないという気持ちより、自分がモテているという嬉しさの方が大きいのか、隠し切れない喜びを感じているようだ。

 女の子にまでなったのに、前と全く変わらない状況に深いため息をつくオレだった。

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