逃避行

 こんな夢を見た。


 友人が失踪するつもりらしい。

 東北行きの新幹線から、あちらこちらの電車を複雑に乗り継いで、そのまま行方を眩まし新しい生活を始めるという。

 本人には儘ならない理由で周囲との人付き合いに苦労することの多かった友人であるから、話を打ち明けられた時には妙に納得してしまったし、気付けばあっさりと同行して同じように消息を絶つことに同意していた。

 東京駅らしき巨大な駅に出て、新幹線の乗り場へと向かって歩く階段の途中、友人の大きなスーツケースを代わりに持つことにした。私はまだ幼く小柄な少年だったが、どうやらこの年上の友人よりも力はあるらしい。ありがとう、と友人に言われて得意気に笑っているうちに、気付けば大きな通路の角まで来ていた。

 通路にある路線図の前で立ち止まり、熱心に逃避行の経路を確認する友人を横目で見ながら、そういえば彼は世間でも人気の俳優であったことを思い出した。誰かに見付かってはまずいと心配になったが、大勢の人が行き交う中では彼も埋もれてしまうらしい。誰も友人に気付いた様子はなかった。

 駅構内のレストランで食事をし、夜発車予定の新幹線に乗る前にとトイレに寄っておくことにする。一人になった途端、ふとこのまま誰にも連絡をとらずに消えてしまっても大丈夫かと今更ながら気になった。

 自分達は一向に構わないし心配するような人もいないから、そこは全く気にしていないのだが、年の離れた友人が自分を誘拐した、等と世間に思われてしまっては腹が立つ。いっそ彼は関係なく失踪するつもりであるころを親か知り合いにでもメールで匂わせておこうかとも一瞬考えたが、余計な情報を与えてしまうのは宜しくないだろう。そもそも自分と彼が関わりのある人物、ましてや友人であることを、世間なんぞに知られてしまう必要なんて全くないのだ。

 ひっそりと消えたい友人の意思を尊重し、自分もなにも言わず行方を眩ませるのが一番だと考えて、先程浮かんだ考えは無かったことにする。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る