四齢幼虫期


 美味しいご飯を探しながら歩いていると、「おぉい」と誰かに呼び止められた。辺りを見回すときらきらと光る銀色の道を見つけた。僕はそれをとても綺麗だと思った。近づいてみると、どうやらその道は濡れているようだった。

 この綺麗な道の先に何があるのか気になって、僕はそれを辿ってみることにした。もしかしたら、とても美味しいご飯があるかもしれないと、そう期待した。

 しばらく銀色の道伝いに進んで、ふと気がつくと随分高いところまで来ていた。なんだか、高いところは嫌な感じがする。それが何故だったのか、理由があったハズなのだけれど思い出せなかった。

「やぁ、わざわざ来てくれてありがとう」

 と、急に声が降ってきた。少し考えて、それがさっき僕を呼び止めた声だと気がついた。その人はぬるぬるしていて、ピカピカだった。

「はじめまして!さっき僕を呼び止めたのは、あなた?」

 初めて見る人は少し怖かったけれど、精一杯元気よく挨拶をした。挨拶をした僕に、その人は頭の先の二本の角をぐぃと近づけた。

「はじめまして、坊や。君を呼び止めたのは確かに私だ。いや、突然呼び止めてすまなかったね」

 角の先には丸い玉が付いていて、それが僕を見ていた。そこで僕はやっとその二本の角はこの人の目なのだと気がついた。

「えぇっと、僕に何かご用ですか?」

 そう尋ねると、その人はゆっくりとした動作で頭を振った。それにつれて細長い目は頼りなくぶんぶんと震える。

「いやなに、私はあまり誰かと出会う機会がなくてね。気の良さそうな者を見かけるとどうも話がしてみたくなるんだ。私は蝸牛と言う。少しこの鈍足と世間話でもどうかね?」

 僕は蝸牛のおじさんの言葉にこくこくと頷いた。なんだか少しおかしな喋り方のこの人と話してみるのは、とても面白そうだと思った。

「どうもありがとう。ところで、君は何処かへ行く最中だったのかい?」

「いいえ、そうじゃないの。でも、美味しいご飯を探していたの。おじさん、何処に行けば美味しいご飯があるか知りませんか?」

「うーんそうだねぇ、向こうにある黄色い花の近くの葉は甘くて美味しかったよ。君の口に合うかは分からないけれど、行ってみて損はないのではないかね」

 蝸牛のおじさんの言う黄色い花が何処にあるのかよくわからなかったけれど、後でおじさんが指した方に行ってみようと思った。

「わかりました。どうもありがとう」

「どういたしまして。他に何か聞きたいことはないかね?私は足が遅い代わりに色々な生物と沢山話をしている。この目で見ていなくとも知っていることは多いから、君の知的好奇心を満たしてあげることが出来るかもしれない」

「ちてきこうきしん」が何なのか、初めて聞く言葉だったからわからなかったけれど、どうやら蝸牛のおじさんは僕の質問に答えてくれるらしかった。

 僕は少し首を捻った。僕には知りたいことが沢山ある。けれどそれを全部聞いてしまっては僕も蝸牛のおじさんも疲れてしまうだろうし、何より沢山聞いてしまうときっと僕は全て覚えられない。それどころか全て忘れてしまうかもしれない。だから僕は1つだけ質問をして、それだけは忘れないようにしようと考えた。

「あのね、僕ずっと前に綺麗な人を見たんだ。アゲハの姐さんって言うのだけれどね、とっても綺麗な羽根を持っていて、すっごく綺麗に飛んでいたの。あの羽根はどこにあるの?あの羽根を見つけられたら、僕もあんな風になれるのかしら??」

 僕の質問に、蝸牛のおじさんはうぅーん、と唸ってみせた。それから僕の周りをゆっくりゆっくり歩きながら、じっくりじっくり僕を眺めた。蝸牛のおじさんは歩くのがとってもゆっくりで、じっくりと見られるのは少しむず痒かったけれど、僕はおじさんが見やすいようにとジッとしていた。

 しばらくして、おじさんは僕の周りを一周して再び目の前に戻ってきた。そしてフム、と満足げに頷く。

「君はね、私が見たところそのアゲハさんのような素敵な羽根を手に入れることができるよ」

 おじさんの言葉に、僕は思わず跳び上がってしまった。

「本当?本当の本当?僕は本当にアゲハの姐さんみたいに素敵になれるの??」

 興奮して早口になってしまった僕に、おじさんは変わらずゆっくりと頷いた。

「私の見立てではね、君は晩成型の生物だね。私は生まれたその時から私だが、君は生まれたその時から君であり君ではない。私が思うに、君はもう一度生まれる必要がある。そうすれば君は君の言うアゲハの姐さんのような素敵な人になれるさ」

 蝸牛のおじさんの言うことはとても難しくてよくわからなかったけれど、僕はおじさんの歩く速さと同じくらいゆっくりと頷いた。

「よくわからないけど、頑張ってみるね。おじさん、どうもありがとう!」

「どういたしまして。他に何か聞きたいことはあるかい?」

 僕は少し考えて、頭を振った。

「もう十分だよ。ありがとうおじさん」

「そうかい。それでは是非黄色い花の方に行ってみるといい。私は足が遅いから一緒には行けないがね。美味しい食事にありつけるよう願っているよ。君に幸あらんことを!」

 おじさんにさようなら、ありがとうと頭を下げて、僕は踵を返した。目指すは先程教えてもらった方角だ。美味しいご飯を食べて、食べて、食べて、僕はアゲハの姐さんみたいになるんだ。蝸牛のおじさんがなれるって言ったのだから、きっとなれるに決まっている。だっておじさんは、僕なんかよりもずっと物事を知っているのだもの。その証拠に、美味しいご飯の場所を知っていた。

 僕はご飯を食べて、食べて、食べて、もう一度生まれなければならない。

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