三齢幼虫期
ご飯を食べて、眠って、また食べて眠って。
僕はいつになったらもっともっと大きくなれるのだろう。いつになったら、アゲハの姐さんみたいに、なれるのだろう。いつになったら、あの、綺麗な羽根、を……………。
ゔぅぅ────────ん。
そんな音が聞こえた気がして、僕は目を開いた。いつの間にか眠ってしまっていたのかもしれない。僕はほんの少しの間、自分が何をしていたのか思い出す必要があった。
すこぅしだけ考えて、嗚呼そうだ、ご飯を食べていたんだったと再び目の前の食べ物を口へと運び始める。
ゔぅぅ─────────ん。
再度聞こえた聞き慣れない音に、僕は首を傾げる。この音は何なのだろう?一体何処から聞こえてくるのかしらん?きょろきょろと辺りを見回す僕の真上から、今度は声が聞こえてきた。
「よぉ坊主。お前もまた随分とトロそうだねぇ」
僕はうんと身体を逸らして上を見た。精一杯に真上を見た。そこには見たことのない生き物がいた。頭や胸やお尻なんかはアゲハの姐さんよりうんと大きいのに、腰はキュッと絞られていて、羽は透けていて姐さんよりも小さかった。
「こんにちは。あなたはだぁれ?えーっと、僕は………」
僕は自分が何なのか、そう言えばよく分かっていなかったので、その人に何と自己紹介をすれば良いのかわからなかった。
「あぁ、自己紹介なンかよしとこう。名前なんて知ったところで互いにいいことなンてありゃしないんだ」
ふーん、そういうものなのか。そう言うんならそうなんだろう。僕は適当に納得して、再び葉っぱに意識を向けた。
ふと気がつくと、先程のゔぅぅ───んという音が随分と近くなっていた。
さっきのあの人はまだいるのかしら?キョロキョロと辺りを見回しても誰もいない。ただ、ゔぅぅ───んという音だけが近づいてくる。
そうか、さっきみたいに上にいるんだ。
頭を上げようとした僕の身体を、細い何かが掴んだ。ゔぅぅ───んというあの音が、パタリと止む。
と、お腹の辺りに鋭く鈍い痛みが走った。
「いだいっ」
僕が思わず身を捩ると、僕を掴む力が強くなった。真上からあの人の声が降ってくる。
「暴れるンじゃないよ。じぃっと大人しくしてな」
ぐじゅるり、と不愉快で奇妙な音が響く。それは僕の中?外?わからない。痛みはすぐに引いたので大人しくしていると、ぐちゅ、ぐちゅ、ぢゅるりと、僕の中に何かが入ってくるような気がした。それが何かわからなかったし、けれどもそれをどこか心地よく感じている自分がいて、そのことがひどく不気味だった。
何だかもうただただ怖かったんで、僕はそのことをきちんと伝えた方が良いのだろうと思った。
「怖いです」
するとその人は、「そうかい」と頷いた。本当に頷いたのかどうかは僕からは見えやしなかったけれど、きっと頷いたんだろうと思った。それでもその人はやめなかった。だから僕はもう一度、怖いのだと伝えようと思った。そして、せめて何をしているのか教えてもらおうと思った。
「ねぇ、ねぇ!怖いです。怖いです。ねぇ、其処で何をしているの?」
「そうだね、あたしの大切なモノをお前に預けようと思ったのさ。だからもう少し辛抱しておくれよ」
「トロい僕に、大切なモノなんか預けても、いいの?」
「ちょいと不安だけどね、トロいくらいが丁度いいのさ」
それきりその人は僕に答えてくれなくなった。だから僕も黙っていることにした。ぐちゅ、ぐちゅと音をたてて僕に入ってくるそれは、身を委ねてしまえばなんだかとても気持ち良くて、僕は何度かその快楽に身を捩った。
暫くして、またあのゔぅぅ─────────んという音が聞こえた。
「ねぇ、もう終わったの?僕はもう行っていいのかしら?」
きっと頭上にいるであろう相手に向かって問いかけると、「さっさと失せな」と返答があった。
僕は、「あれは一体何だったのだろう?」と首を傾げながらその場を立ち去った。ずっと聞こえていた羽音は、僕と反対の方向に遠ざかって行った。
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