二齢幼虫期


 僕は葉っぱを食べていた。むしゃりむしゃりと、ただただ葉っぱを食べていた。食べていると身体がムズムズして仕様がなくなったので、一度服を脱いだ。するとどこか身体が軽くなった様な、重たくなったような不思議な感じになった。その不思議な感じも忘れて僕は葉っぱを食べた。今迄に色んなものを見た気がしたけれど、それも忘れてしまっていた。忘れたことすら忘れていた。


 ある時ふと目の端に、綺麗な色のひらひらしたものが引っ掛かった気がした。其方に頭を傾けると、鮮やかな人がひらりひらりと楽しそうに、艶やかに羽ばたいていた。

 僕はその美しさをぼんやりと目に焼き付けていた。僕の視線に気がついたのか、その人はひらりひらりと此方へやって来た。

「こ、こんにちは!」

 僕の力んで縮こまった挨拶に、彼女はうふふと楽しそうに笑った。

「その羽根、とってもお綺麗ですね!」

 僕の精一杯の褒め言葉に、彼女はまた笑った。

「あなたもいつか、素敵な羽根が手に入るわ」

「ほ、本当に?!」

「えぇ、本当」

 こくりと頷いて、彼女は最後にうふふと笑って飛び去った。


 その後に、彼女の名前がアゲハだと知った。誰から聞いたのか、どうやって知ったのかは忘れてしまったけれど、僕はアゲハの姐さんの名前と美しさだけは忘れなかった。

 いつかはあんな風に、ひらりふわりと飛びたいと思った。

 あんな風に綺麗な姿になりたいと思った。

 アゲハの姐さんは、僕の憧れになった。


 どうすれば、あんな綺麗な羽根が手に入るんだろう?姐さんは、一体何処であの羽根を見つけたんだろうか?僕がもっとご飯を食べて、もっともっと大きくなって、遠くまで探しに行くことが出来れば、何処かで見つけられるかしら?

 それなら、もしそうなら、僕はご飯を食べなくちゃあならない。


 むしゃりむしゃり。

 むしゃりむしゃり。

 むしゃりむしゃり。


 食べて食べて、そして眠る。アゲハの姐さんに憧れて、食べて。美しさを夢見て、僕は眠った。


 おやすみなさい。

 おやすみなさい。

 おやすみなさい。


 また明日、太陽が僕達におはようと声をかけるまで。


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