大器は果たして晩成するのか

紅野 小桜

一齢幼虫期


 半透明の薄い揺り籠をなんとか潜り抜け、やっとの思いで目にした世界は広過ぎた。その余りの広さに恐怖と興味を同時に抱いた僕は咄嗟に辺りを見回した。

 周りにはいくつか揺り籠が並んでいて、その中では弟達が眠っている。当たり前のように壊れた揺り籠もあって、すぐ近くで兄さん達がご飯を食べていた。

「やぁ兄弟。やっと起きたのかい」

「ここいらのサラダはとても美味しいからね、他の兄弟達が起きてくる前に腹一杯食っちまわないと」

 兄さん達に促されるままに、僕はまだ強張っている身体を伸ばし伸ばししてその隣に並んだ。


「俺ぁそろそろ隣に移るよ。お前も少しして落ち着いたら移動するんだな。それがいい」

「じゃァあたしは向こうに行こうかしら」

 兄さん達はそんなことを言いながらてんでばらばらにゆっくりと去って行った。僕は何と無く兄さんの行く先を見送っていた。彼がえっちらおっちら上の方へと登って行くのを、頸を伸ばして見ていた。暫くして兄さんは一番上の大きな葉っぱに辿り着いた。僕からは彼の姿は葉に透かした濃い緑色の影しか見えなかった。


 恰好良いなぁ、と思った。いつか僕もあんな風に、きっと恰好良くなるんだ。そんなことをぼんやりと考えていた時、ビィイイッという風な甲高い音が辺りを包んだ。にわかにサッとそこらが暗くなったので、僕は怖くなってぎゅっと目を瞑った。するとすぐにやや強い風と共に兄さんの悲鳴が聞こえた。ぎょっとしてもう一度兄さんのいた場所を見上げると、あの恰好良かった兄はいなくて、気がつけばまた日の光が僕を照らしていた。


 兄さんは、何処に行っちまったんだろう?

 今の風で葉から落っこちまったのかな?

 さっきの音は何だったんだろう?

 わからないなぁ、わからない。

 わからないことが、沢山だ。


 僕は暫く兄さんが何処に行ったのか考えていたけれど、すぐに考えていたことも忘れて目の前のご飯を貪り始めた。


 仕方がない。だって僕が目にしたこの世界は、余りにも広過ぎる。

 むしゃりむしゃり。

 むしゃりむしゃり。

 むしゃりむしゃり。


 ごくん。

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