第1章8 御祭り騒ぎの、その裏で
アルタクルエ神聖公国は小国家である。
国土面積こそ、ヌーヴルガンやイスルバといった国々と同等ではあるが、その両者は高い商業力をその国力の根底に保有している。
しかし、アルタクルエ神聖公国にはそういった商業的に強い地盤はない。
北風が強い北海に面しているせいで農業や林業も
海産物はそこそこながら荒れやすい北の海洋は、漁師に厳しい試練を年中与えてくるために漁獲量は上がらず、漁業を主要産業とするのも不可能。
そんなアルタクルエに住まう民は基本、貧乏である。しかしそれを受け入れており国の政治に不満を述べる国民は1人もいない―――なぜか?
「宗教の力で民草をねじ伏せるというのも、なかなかに面白いやり方ですな―――上手くやれれば……の話ですが」
神聖公国の人間らしからぬ姿の太り気味な中年貴族男性が、法衣を着た男に向けて皮肉めいた言葉を投げた。
「公王様のお力の
法衣の男は鼻で笑うように言い捨てると窓の外から室内へと視線を回し、小さな丸メガネのズレを直して男に向き直った。
「でしょうなぁ。まとまった収入源といえば2年に1度の国際戦技大会における各国参加料、見物料、そして祭り騒ぎに乗じての貧相な商店の増益ぐらいなモノ……と。いやはや、我がネオデラーダではかような “ 清貧の教え ” で納得する者は1人もおりませんよ―――貴殿のようにね」
その笑いながらのたまっている言いぐさが鼻につき、法衣の男は不快感を表情ににじませた。
―――そう。このアルタクルエ神聖公国が国としてやっていけているその根底にあるモノとは他でもない、国をあげての宗教とその教えが根付いているからこそだ。
清く正しく美しく。そんな美辞麗句を現実に行っている憐れな国の実態は、
お人好しな公王は欲は人を殺し、贅沢は人を腐敗させるとして、現状こそが正しいあり方であると説いている。しかしその考え方についていけない者は国内に少なくない―――彼のように。
「それで? その国際戦技大会へのエントリー、貴国はしてはいないようですが?」
「ああ、今回は見送る事が決定いたしましてな。大会に出すほどの人材なら
本来、このアルタクルエ神聖公国における国際戦技大会は、国威を高める機会でもある。
自国のチームが好成績を残せば自然と国家間におけるやり取りにも影響が出てくる。なのでアルタクルエ神聖公国へと足を運べる多くの国は、勇んでチームを送り込んでくるのが普通だ。
しかしアルタクルエの南隣国であるネオデラーダに関しては、少し事情が違っていた。
「
先ほどの意趣返しと言わんばかりに、法衣の男は皮肉をこめる。今度は貴族男性の眉がひそめられた。
「……、フッ。まぁそういうことでしょうな。いまさら上の考えなど正直興味はない……やることは既に決まっているのだから、クックッ」
ネオデラーダはまだ比較的新しい新興国だ。しかし周囲の国家を侵害し、瞬く間に国土を広めた軍事国家でもあり、その力は侮れない。
周辺諸国はもちろんのこと、この北東大陸におけるすべての国がその動向を注視する国である。無論、悪い意味で―――だ。
「東のクルダインを押しつぶすも時間の問題……南はクルディの不毛なる砂漠になど興味はなく、西のレンテグラーダと北西のルクシャードを削ることができれば、南東のオシトリアのメスどもも北東のファルキアの山猿どもも慌てふためくこと間違いない。我がネオデラーダはますます盛る―――そのためにも貴国にはぜひとも
そう言うと貴族男性は、
「クルダイン
大人の男性の手の平よりややはみ出す大きさの純金の延棒が合わせて6本、ピラミッドを形成するかのように机の上へと置かれた。
しかもクルダイン統国産は、市場に出回る
「貴国も物好きが多いですね。こんな不完全品を欲しがるとは……」
法衣の男が袖の下からソレを取り出す。
細いがしっかりとしたチェーンの先にぶら下がったのは、国際戦技大会でも選手に用いられる魔導具―――着用者への衝撃・魔力によるダメージを大きく緩和する、アルタクルエが国際戦技大会を成功させてきた要因たる
しかし事前に大量の魔力を注入して、せいぜい10分~20分持つかどうかという程度でしかなく、それだけやって完全防御にも至らないなど、不完全な魔導具として位置づけられてもいる。
「なぁに、モノは使いようとも言いますからな。それに、上が何を考えているかは下っ端の我々には知った事でもありますまい、せいぜいお使いをキチンと果たすのみ―――そうそう、国際戦技大会における
ヴァリア・タリスマンを懐へと仕舞いつつ声を潜めながら問う男に対し、袖の下に金を収めながら法衣の男は小声で返す。
「……順調ですよ。担当の者によりますと例のモノも気取られることなく会場への敷設が行われた、との事ですから後の結果は大会中、そちらの
「フフ、上手くいけば世界が一変しますなぁ。まぁ上手くいかずともそれはそれだという話だそうですが……」
「! なるほど、それで貴国は不参加ですか。王どころか重鎮の1人も来ないといういうのは」
法衣の男は察する。何せ今大会、ネオデラーダからは国王どころか観戦客の1人すら、いまだ入国者が認められていないことを思い出し、その理由を理解した。
「下手に我が国の者がいれば、そこから暴かれても困るだろう、そちらとしても? だからこそ高い金を払い、わざわざ雇って送り込んだのだ、他国の
貴族男性はソファーから立ち上がり、そう言いながら片手を振りつつ部屋を出てゆく。おそらく1日たりとも長居することなく、ネオデラーダへと帰りつくだろう。とっととおサラバしたいと言わんばかりの足取りだ。
その背中を見送りながら法衣の男は舌打ちをした。
「(こちらを利用する気なのでしょうがそうはいかない。お前たちを利用させてもらうのは我々の方です)」
大会の裏でうごめく不穏の影はそれぞれの思惑を交錯させつつ日々、確実に黒く濃くなっていた。
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