第1章6 衝撃の出会いは突然に





「やー、いい買い物できましたねー。ミュー姉様のサイズは中々ありませんよって、いつもお城から特注で頼んでましたさかい、いい店あってよかったですー」

 スィルカは満足気に紙袋を持って歩く。

 ミュースィルも同じ印の入った紙袋を抱いて、いかにも弄ばれた後の疲れたという様子で隣をトボトボ歩いていた。




―――盛り上がった店内はミュースィルの下着ファッションショー状態へと突入。


 特に困ったのは逐一感想を聞かれるシオウだ。

 スィルカが有無を言わさず “ これはどーです!? ” と面白そうに聞くものだから、途中からムール店長も加わって場の悪ノリ感が加速。


 1つ1つにキチンと感想を述べないと次にいかないので、このままじゃいつまで経っても終わらないと判断したシオウは、仕方なくミュースィルの下着姿にイチイチ裁定を下していった。


「(まぁ、全体の色合いバランスだとか意匠がミューの雰囲気にあってるかとかを淡々と述べていっただけなんだけども)」

 それでもスィルカ&ムーリには十分だった。シオウが1つ感想を述べると、それに刺激されて “ならこっちのこういうのはどうです!?” と、ミュースィルを着せ替え人形にしてさらにヒートアップ。

 そのうち当初選んだ下着以外のものまで持ち出してきて、上下の組み合わせを変えるなどパターンが増加したものだから、買い物時間は非常に長くなってしまった。


《お疲れネ、やっぱり居心地悪かった?》

「(そりゃあな。あとあの二人のノリに引っ掻き回された感が強い……)」

 シオウもミュースィル同様、どっと疲れたといった様子で二人の後ろを歩いていた。当然その手には何も持っていない。


「(早く宿舎に帰って本の続きを読みたい―――)」

《アラ、でもそうもいかなさそーヨ?》

 シオウがふと顔をあげると、向こうからやってきたらしい馬車がやや遠目に止まって、そこから降りてきた人物が、明らかにこちらに向かって近づいてきているのが見えた。しかも前を歩く二人の様子からして知り合いらしい。


「やあ、ミュースィル。それにスィルカさんも久ぶりだね」

「お久しぶりですー、レックス様ー」

「ごきげんよう、お兄様。お兄様もお買い物ですか?」


 ―――レックス=シン=ルクシャード。

 皇帝の第一子でミュースィルと同じく正妃シンシアの実子であり、この国の皇太子。

 現在は24歳で、さっぱりとした短髪に煌びやかだけど派手になりすぎない、どんな場に出ても問題ないよう考えられた服装―――世の少女が恋愛物語などで浮かべる超絶イケメン王子様がもし本当にいて、町中で遭遇したらあるいはこんな感じだろうか? という外見だ。



「ああ。市井しせいにも王室御用達の商店がいくつか存在している事は二人も知っているだろう? 近頃そのへんの事情に少し変化があってね、新たに御用達に加える候補の商店に視察へ―――おや?」

 その瞬間、見目麗しきイケメン皇子おうじ、レックスに衝撃が走る。



「?」

 下着専門店でのミュースィルファッションショー。彼女がスィルカに差し出された次のモノへと着替える間、徐々に慣れてきた店員達によってシオウの髪は遊ばれてしまっていた。


 シオウとしては宿舎で異性の学生が戯れに自分の長髪多毛な髪で遊んでいる。なので慣れていたということもあり勝手にさせていたのだが、ミュースィルが着替え終わってカーテンが開くたびに観客であるシオウの髪も、本人の知らぬ間にどんどん手入れされ、綺麗になっていった。


 手入れもされていなかった状態ですら遠目には女子と勘違いされるシオウである。


 女性店員達の腕前は確かだったらしく、店を出る時には学園の制服を別とすればどこかのお嬢様ですと言ったら信じられてしまうレベルで仕立てあげられてしまっている事に、当の本人は気づかないままに店を後にしての今であった。



―――レックスが歩み寄って、絶妙な間合いで優雅に膝をつき、そんなシオウの手を取る。


「……お美しい御嬢さん、私の心は貴女あなたに奪われてしまったようだ―――ぜひ私とともに、我が父へと挨拶に出向いてはいただけないだろうか?」

 本人は、そう本人はいたって真面目なのだろう。実の妹や従妹の前だというのにはばからず、歯の浮く台詞でプロポーズの文言をサラッと言ってのけるあたり、さすがはイケメン王子様―――中身もちゃんと伴っているようで見掛け倒しの男ではないらしい。



 しかし、当然ながら周囲の反応はカオスとなる。


 お付きのメイド達はキャーキャーと少女向け恋愛小説のワンシーンでも目にしたかのようにはしゃいでいるし、専属執事とおぼしき老年の男性はレックス様と呟きながら、自分の仕える主が意中の異性に出会えたことを祝福するように感涙しては、ハンカチで目元をぬぐっている。


 その一方で、スィルカははしたなくも地面に膝をついて懸命に笑いをこらえているものの、抱腹絶倒すぎて声がもれている。

 ミュースィルでさえ兄の行動に笑いを抑えきれずに、スィルカほどではないにしろ身体を折り曲げて口とお腹を抑えながらプルプルと震え、笑いたい衝動に耐えていた。


 当然、シオウの中の守護聖獣も絶賛大爆笑中である。



「はあ……挨拶はともかくとしてまず一つ訂正な。俺は美しい御嬢さん・・・・・・・ではないよ、これでも男なんで、そこんとこよろしく」

 その瞬間、えっ? という顔と共に皇子の時間がピシリと止まる。スィルカとミュースィルはますます笑いの衝動に駆られた。



 もう慣れっこだと思っていた女扱いだが相手が相手、それも状況が状況だ。面倒だがキチンと誤解をとかないといけない。シオウは本当に疲れたと、あらためて今日一番の大きなため息を吐く。


 とりあえずせめてもこれ以上勘違いされないようにと、整えられた自分の髪をワシャワシャとかき回し、いつもの状態に戻す。

 もっとも、それでも髪の手入れに無頓着な女の子にしか見えないのだが。



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