第10章1 力の反作用


 リッドとモーロッソの試合は、形勢が完全に逆転していた。


 ブゥンッ


「くぉっ! …うぉぉぉっ、らぁっ!!」

 リッドは、重くなった武器を無理矢理振るうことで、辛うじてモーロッソの攻撃の直撃をかわしつづけていた。


「っ! …まさか、そのまま振るい続けるだなんて驚きですよ」

 いくら相手の武器を重くしてみたところで、変わらず振るわれてくるのであればモーロッソも迂闊に飛び込めない。

 しかも重くなること前提で力を入れている。飛来する木剣には相応の勢いがあり、元々の技量差もあって、間合いを詰めるだけでも容易ではなかった。


 それでもモーロッソは武器のリーチを活かし、長く柄を持つことでさらに射程を伸ばしたショートグレイヴの切っ先を、リッドに当て続ける攻撃で、有利に試合を進めていた。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ! ングッ…はぁっ、はぁっ…ヤベ…」

 力任せな戦い方を続けているせいもあってリッドの息はかつてないほど上がり、ダメージだけでなく疲労の方も相当に及んでいた。


「(重くなる、ってのがこれだけ厄介なモンとはな…どうすりゃいいんだ、もう腕が上がらな……いや、俺がンな泣き言――――)――――らしくもないぜっ」


 ダンッ!


 地面を力いっぱい蹴ったリッドの身体は勢いよく中空を飛ぶ。


「ッ、さすがにそんな単調な突撃っ!」

 破れかぶれだったことは否めない。モーロッソも余裕で迎撃の態勢を取って、これまで同様に右手を前に突き出してくる。


「ぐっ!! また重くッ」

 木剣を持つ手が引っ張られる。ここで武器を手放すのは危険だというのに、握力がそろそろヤバいと手が悲鳴を上げ、持ち手がズレてゆく。


「(ちくしょう、握ってられねぇっ! どうする、このまま勢いよくぶつかってやる事もできないのか?!)」

 盾がある分、まだショートグレイヴの攻撃を防ぐ事はできるだろう。しかしその後が問題だ。体当たりで相手の態勢を崩して好機を見出せれば良し、あるいは自分の態勢を立て直すだけの隙を作れるだけでも良かった。


 しかし攻撃手段である木剣を手よりこぼしてしまうのはダメだ。体当たりの後、どうするにせよ拾うための行動が必要になってしまう。それは相手に一手遅れを取るということだ。


「(いや待てよ? …そうか武器を自分から、手放す・・・のか!!)」

 不意に、前のシオウの試合を思い出した。

 杖をワザと捨てた友人。その結果は敗北だったが、今の自分ではどうかと考えた時、リッドははたと閃いた。


 彼の視線は迎撃のために振るわれようとしているモーロッソのショートグレイヴ、その持ち腕たる左腕に集中する。


「おおおおおおーーーーーっっ!!」


 カランッ


 咆哮と同時。乾いた木が石の床に落ちる音が鳴る。



「大正解」

 闘技場の外でシオウが呟いた。


 リッドは木剣をあえて捨てた。そして勢いを殺されないままに、モーロッソと激突する!




「!! 近す――――」

 ショートグレイヴを長く持っていたのが災いした。モーロッソが振るうその刀身は、回り込んでリッドの背中を狙うかのような状態になる。伸びた腕の内側に、完全に入られた。



「ここぉっ!!」


 ドッ………ゴギィッ!


「ふぐっ!!!??」

 リッドの全身がモーロッソに激突。だがモーロッソ自身は左腕にのみ強烈な痛みを覚える。


 そのままもつれ合い、闘技場の床を2転。勢いよく飛び込んだリッドはさらに2転して、二人の身体は剥がれつつ闘技場の床に伏した。



 カララン!


 モーロッソの手を離れたショートグレイヴがリッドの木剣同様にいい音をたてて転がる。

 互いに武器を手放して倒れ込む、リッドの攻撃はイーブンの成果を挙げた――――観客にはそう見えていた。


「へ、へへ…どうするよ? その腕でまだやれるのか?」

 リッドが両腕をついて身を起こす。が、モーロッソは苦悶の表情を浮かべたまま、左腕を抑え、立ち上がるのに難儀していた。


「ハァ、ハァ…まさか、腕を…折りにくるだなんて、ゼェゼェ…っぅ…」

「人聞きの悪い事言うなっての。武器落とさせるだけのつもりだったんだ、予想外・・・に勢いがころされてなかったもんで、こっちだって驚いたんだぜ?」

 言いながら、リッドは覚醒能力の核心見たりとばかりにニヤリとした。


「重くなった俺の剣…すぐ捨てたっつっても、俺自身の勢いを幾分か殺したはずだった。なのに俺の突撃が、お前の腕を折るほどの威力を保っていたのはなんでだ? いくら腕狙いで重心を傾けたっつってもだ」

「………」

 モーロッソは黙する。痛みを堪えながらも、どこか観念したような表情で。


「シオウの奴が前言ってたのを思い出したよ。強力な覚醒能力ほど、反作用的なものが生じるんだってな? お前がなんで、俺の武器ばかり重くするのかずっと不思議に思ってた。能力の位階の高さを考えたなら、好きな箇所を自由に重くできる可能性が高い。にも関わらず、俺の全身だとか脚だとかじゃあなく常に武器だけ…」

「かないませんね、そこまで見破られますか。そうです、僕の覚醒能力は単に重くするだけじゃありません…重くした分、反動が生じます。一言でいえば引力と斥力のような関係なんですよ」








「??? ええと、つまりどういう事なんでしょうか??」

 ノヴィンが首をひねる。物理学的な分野は苦手らしい。


「アイツの言葉でいうところの引力が、能力の重くする効果、斥力はその重くした分、アイツ自身へと跳ね返ってくる反発力って事だな。リッドが飛び込んだ時の勢いに、その斥力が加算されたようなもんだって理解すればいい」


「つまりリッド先輩の武器を重くした分、リッド先輩の身体にかかる勢いが増した…っちゅうことですんね」

 3人が振り返ると、治療終えて意識を取り戻したスィルカがひょこひょこと合流してきていた。


「シルちゃん! まだ寝ていないとダメですよっ」

「大丈夫ですー、ミュー姉様。無様に負けておいて、いつまでもオネンネは嫌ですし。…それにしても、いくらデメリットあるゆーても、反則的な能力ですねーアレ」

 実力の強弱に関係なく、戦闘では必ず “ 動き ” がある。岩を砕く一撃も、目にも止まらぬ速さも、優れた技術による体さばきも……全てが等しく “ 動き ” あってこそだ。それを封じる、または著しく制限をかける事が可能だというのであれば、この上なく難儀な相手となる。


 特にスピードを持ち味としている戦闘スタイルのスィルカには、その脅威がより強く認識できた。



「仮に、相手の全身を重くすれば動くことすら一切を抑制できる…けれど、モーロッソはそれをしなかった。理由は、効果範囲と強度が大きくなりすぎるんだろうな」

 まさにシオウの言う通りだった。


 何ならリッドの武器のみと言わず、全てを重くして一切の動きが取れない状態にし、ぶちのめしてしまえば簡単に勝てる能力。

 だが、それを行ってしまうと…










「僕自身にも、強烈な反作用がかかってしまいますからね」

 斥力に例えたのは、まさに重くした対象に対して引き剥がすような力が己に返ってくるからだ。

 リッドの全身を重くしてしまった場合、これに近づこうとしても重くした時点で自分への反発力が生じる。つまり、重くなった相手に対して自分自身が攻撃を仕掛けるどころじゃなくなってしまう。


 しかも厄介なのは、重くした対象から反発力が生じるのではなく、自分の周囲近辺から自身に向けて生じるという点だ。


 なので先ほどのリッドの攻撃では、重くなった対象の武器が捨てられた時点でモーロッソには近づいていない事になるにもかかわらず、彼と距離が詰まるほどリッドの身体は、モーロッソ近辺から生じていたその反発力に吸い込まれるように勢いを増したのだ。


「木剣程度の大きさなら重くしても戦闘に支障が出ない、ってワケだ? ふー…でもまぁ……。よっ…こらせっと」

 リッドは、転がっていた自分の木剣を拾う。


 そして、いまだに起き上がりきれないでいるモーロッソに近づき、木剣の鋭くない刃を彼の首元に当てた。


「…これでさすがに勝負あり、だよな?」

 リッドにしても正直、息も絶え絶えだ。木剣を拾うという簡単な行為ですらかなりしんどい―――――疲労困憊。さすがにそろそろ勝利で終えたい。




「……。残念ですが、まだですよ、リッドさん」


 そう、暗い雰囲気で答えた直後。モーロッソの右腕だけが信じられないスピードで閃いた。



 ヒュッ…バギャドボォッ!


「おゴッ!!?」

 木剣が破裂した事に驚愕しようとすると同時に腹部に鈍痛が走ったリッドは、そのままヨロヨロと数歩、前後左右に動いて、辛うじて床にヒザをつくことだけは耐える。

 しかし視界はグラグラと揺れながらボヤけ、モーロッソの姿を捉える事すら困難になっていた。



「左腕は使えませんが、フゥゥ、ハァァ、フゥ……でもですね、リッドさん。右腕が動く今の状態でも、僕はまだ戦えるんですよ、ハァ、ハァ…ハァ」

 言葉とは裏腹に息は荒いまま落ち着かない。

 骨折するほどの怪我を負って、モーロッソも既にいっぱいいっぱいの状態。両肩は上下しっぱなしだ。


「(何が起こった? 腹を殴られたのは間違いない…が)」

 攻撃の挙動が一切捉えられなかった。スィルカの最速かそれ以上か、とにかくモーロッソは高速の攻撃でもって、自らの首筋に当てられていた木剣を破砕し、そしてリッドの腹部を深く殴った。それは紛れもない事実。


 二撃。


 あの微かな、1秒にも満たない時間の中で武器破壊と敵への攻撃を行う、それも右腕だけで。


「(………マジ、か………)」

 冷静に状況を分析して、リッドは血の気が引く思いがした。例え自分より明らかに強い相手と対峙しても、決して気後れも恐れもしない性分が、生れてはじめて心の底からゾッとするものがこみ上げてくる。

 自分の今のダメージの大きさとは無関係に、闘志が萎えてゆくのを感じる。こんな経験ははじめてだと、リッドの両脚は無意識に後ろへとそれぞれ1歩ずつ下がっていた。







「速い…ウチの最速とほぼ同じやと思います、今の。しかも片腕で2連ですかー」

 スィルカは、つい同情的にリッドの方を見た。あの間合いで相棒ぶきを破壊され、かついいのをクリティカルに受けてしまった今のリッドは、おそらく視界すら定まらないほど心身が揺れている。


「武器破壊は戦闘で有効な攻撃に違いないが、いくら木製とはいえ試合に耐えられる堅さの木剣を、素手で躊躇もなくよく殴りにいけたもんだ」

 シオウはあくび混じりにモーロッソの選択を褒める風にのたまう。リッドの心配など微塵もしていないようだった。


「? リッド先輩が勝ちそうだったのに、何がどうなったんです…??」

 相手の首に木剣を当ててチェックメイトというシーンだったはずが、一瞬で一変し、混乱するノヴィン。ミュースィルも同じような気持ちなのか、二人は顔を見合わせて、何度も闘技場の上の光景を見直した。


「簡単だよ、相手が想定以上に・・・・・鍛えてた、ってこと。……自分の能力を十分に使えるようにな」








「ハハハハ! そう、それでいいんだモーロッソ。よく分かっているじゃあないか、ハハハッ!」

 クドゥマはこれでもかと愉快そうに笑う。そこにチームメイトの頑張りに対するものは一切含まれてはいない。まるで舞台の喜劇を眺める観客のように他人事で、彼のよこしまなる一族の血が抱える闇が垣間見えるかのような態度だった。


「………」

 モーロッソが何か反応する事はない。いまさら腹立たしい相手にイチイチ感情を傾ける意味はなく、かまっている余裕もなかった。


「へっ、化けの皮剥がれてきやがったなアイツ。うぶっ、げほっ、ごほっ…ふぅ」

 容赦なく口の中に上がってきたものを吐しゃする。幸い血の味はないものの、胃酸の匂いがかなり強い。内臓は傷ついていなくともストレスは相当に及んでいる。


 加えて胸の骨の折れてる箇所の、比較的近い位置に拳をもらったせいか、ダメージがより強く感じられ、リッドの危機感は過去最高に高まっていた。


「(視界はなんとか…ブレは試合中に直りそうもないな。握力は限界…っつーか、剣の方が砕けちまったし、関係ないか)」

 残すは傷ついた軽装鎧と新調したばかりの盾のみ。究極的に言ってしまえば素手でも戦えなくはない。が、それは意識と身体が比較的整っている状態が前提だ。


 しかも相手は格闘の間合いでリッドに捉えきれない、一撃で意識を奪いかねない武器を破壊するほどの威力の攻撃を繰り出せるときている。


 絶望的に勝機が見いだせない。


「(落ち着け…まだ、まだ匙を投げるほどまいっちゃいないだろ俺?)」

 攻撃の正体、それが分かれば光明が見えてくるかもしれない。


 だが敵の手の内を計るにしても、その余裕がリッドにはもう残されてはいない。体力も気力も武装も何もかもが不足。

 出来る事といえば苦手な分野、頭を使った分析と観察と思考しかなかった。


「(ワリぃ、シオウ。何とかしてお前の頭貸してくれねーかー、なんてな)」

 非現実的な冗談が出てくるうちはまだ大丈夫――――そう自分を説得して、リッドは絶対的な窮地を脱すべく、身構えつつも頭をフル回転させはじめた。




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