第9章5 迫る潮流と小さな試合
――――――チーム・モロ vs チーム・リッド。
試合はモーロッソとリッドの対戦となった。
数の上では大将 対 中堅で、チーム・リッドが俄然有利に見える。
だが戦力的には事実上の大将対決だと言っても過言でない事は、当の2チームは勿論、少しでも彼らの戦技の実力を知っている他の学園生徒なら誰もが知っていた。
「よっ。食堂で会った時より顔がちょっとコワいな?」
「どうもお久ぶりです。…これから試合ですからね、さすがに和やかに笑い合うわけにもいかないですよ」
「それもそーか。…んじゃま、おっぱじめるとするか」
リッドが木剣と、シオウが新調してくれた新しい盾を構える。するとモーロッソも腰の後ろに帯びていたらしき武器を取り出して構えた。
「(……? 短い杖…じゃないな。先端は刃物っぽい形状だ、槍の類か?)」
メイスの柄を若干長くして先端を―――剣にしては短く、槍の穂先にしては長い片刃の刀身になっている武器。
薙刀の類を片手で扱える長さにしたような得物、木製のショートグレイブだ。
「両者、準備はよろしいか? では……、始め!」
審判が高らかと挙げた片手を下ろす。――――と、同時に
「てやぁぁぁーーーーっ!!」
モーロッソが開幕早々に突撃を敢行。武器を持った左手は身体よりやや後ろ、逆に右手は拳を握って少し前に出すような体勢でリッドに迫る。
「!
リッドは盾をつけた左腕を前に出しながら近づいてくる相手を軸に、右方向へと回り込もうとするかのようなステップを踏んだ。
ブンッ!! カッ
「っ、意外と鋭いなっ」
逃がさないとばかりにモーロッソが大きく振るったショートグレイブ。その先端が盾の表を掠める。
リッドは着地する直前に足をのばして地面を蹴った。それは跳ぶためではなく自分の身体にかかっている慣性を殺して着地の硬直を緩和し、すぐさま次のアクションを取れるようにするため。
「ふっ…ぅ!!」
ビュオッ、ザッ…カカッ…ン
「うくっ…」
腹の底から強く息を吹き出しながら振るわれた木剣は、モーロッソの左腕の上部を擦った。
それをすぐさま手首のスナップで半回転させられたショートグレイブが、なおも取りついてこようとするかのようなリッドの木剣を弾き、払い除けた。
「これでダメージ1、だな。筋も動きもいい、そこらのボンボン連中相手なら武器だけで勝てるだろうが、どうやらオレには通用しないようだぞ?」
一度間合いを離して互いに睨み合う。
両者の単純な力量差は、今のやり取りで判明したも同然。確実にリッドの方が格上――――当人と、武芸に明るい観客は早くもそう見ていた。
―――――VIP観客席。
「フゥム、あのリッドとかいう小僧。正統派な剣士スタイルだが、身のこなしは我流のようだな。しかし確かな腕がある…生徒の中であれば1、2位を争うかもしれん」
「あの方、そんなにお強かったのね。…モロの能力を聞かなかったのも勝機を掴める自信があったという事かしら」
昨日、助けてもらった上に帰りの馬車までエスコートして貰った際、お礼にと夫の覚醒能力を教えようとした申し出を断ったのは、フェア精神に加えて自分の力にそれなりに自信があったから。
アレオノーラはリッドという人物を己が接触した感触を踏まえて解する。
「新兵は、やはりあの程度のレベルはあってほしいものだ……近頃は質の低い者が多くて困る」
中年軍人は本当に悩みの種だと深くため息をついた。軍人というのも苦労しているのだなとアレオノーラは自身の手に負えない範囲外の世界に同情する。
…と、一瞬の間をおいて、新兵の質が低い事を嘆かねばならないような事情が何かあるのかと脳裏に疑問がよぎり、思い切って声をかけた。
「聞いてもよろしくて? それは…近々軍事的な動きが何かおありに?」
「ん? ああ、これはつい口に出していましたかな。まぁ、具体的に何かあるというわけではないですがね、少々怪しい動きがネオデラーダの方に見てとれるもので」
ネオデラーダ――――――――ルクシャード皇国の南東に位置する新興国家だ。
その興りからして不審の塊で、当初は小さな独立勢力の蜂起だったはずが瞬く間に勢力拡大し、周辺国家の領土を侵食して国となった経緯を持つ。
国土面積はルクシャード皇国の1.4倍程度。海に面しない内陸国で平地に富み、確かな国力を築き上げている。だがそれは、元より周辺諸国の領土だった地にて発展していた町や農地を取り込んだおかげでああった。
リュドラーダという古代大国の正式な後継を公言し、無理矢理に国家としての正当性を主張。同じくリュドラーダを祖としている元より存在していた西隣のレンテグラーダと対立し続けている。
かなり好戦的で、その興りの時より常に軍事拡大路線を取り続けている事でも知られており、いつまた他国へと侵略を開始しても不思議ではないため、周辺諸国は常日頃から厳しく警戒していた。
「……かの国に関しては怪しい動きなど日常茶飯事。珍しい事でもないと思いますけれど、…いよいよ戦争が?」
「可能性は高まってはいる、といったところです。陛下も危惧はされており、少し前より軍備増強を指示こそされはしましたがね、より大規模な軍事危機への備えは検討の段階で――――まあご夫人が怖がられるような事態にはまだならぬと思います故、ご安心めされよ」
「(
たとえどんなにこちらがルールを守ろうとも、あちらが無法にもぶつかって来るならば怪我は必至。その時は否が応でも戦争は避けられないだろう。
その時が来れば、夫も戦場へと駆り出されてしまうのだろうか―――大きな不安はあれども、それは避けられない事であると聡い彼女は今から理解し、覚悟する。
逆に、そういった危うそうな話を今聞けたということは、備える時間を得られたと解釈する事もできる。
アレオノーラは、シオウから貰った “ 切り札 ” を早々にカタチにしてしまえるよう、やはりすぐにでも取り掛かるべきに取り掛からなければと、決意を新たにした。
「(それもまずは、モロにお灸をすえ、ワスパーダとの因縁に決着をつけて―――)―――はぁ、本当にしなくてはいけない事の、何と多いことかしら」
・
・
・
「? …くしゅっ!!」
「試合中にくしゃみか、奥さんに噂でもされてるんじゃないのか?」
「…そう、かもしれませんね」
およそ二十数回の攻防。その結果はリッドが1、2度掠めただけだったのに対し、モーロッソはそれなりに重めの攻撃を3回、軽めのを6回その身に受けていた。時間切れの判定にでも持ち込まれれば負けは明らか。
それでも劣勢に立たされたモーロッソに、焦る様子はない。
「(奥の手の覚醒能力…だよなやっぱ。シオウが暴いた通りだとすると確かに一手で全部覆せるほど強力だし自信もありそうだ。うーん、さすがにそろそろ使って来るか?)」
試合時間は6分を経過。
同じ調子で戦い続けていてもよろしくないと考え始めてもいい頃合いだ。
「さーて…そんじゃま、そろそろ勝ちを決めさせてもらおうかな、っと。覚悟しろよっ!」
相手に奥の手を取らせる前にペースを完全に掴もうと考えてか、リッドの構えが大きく変わる。
今までは相手に正面から向き合うようにして、盾も剣も軽く構える程度だった。それは普段の戦技演習の授業などで用いている、様子見を基本としたいわば手加減用。
しかし今度は、左肩を相手に見せるような基本横向きで、盾で防御の構えをしつつも右手の剣を自分の全身で隠すような形。
相手の視界には、今までよりも敵の面積が細り、盾を前面に出しているために攻撃を当てるのがより難しそうな体勢に見える事だろう。
しかしこの構えの実態は、リッドから積極的に襲い掛かり、出どころの分かりづらい攻撃を繰り出すという超攻撃型である。
「ふー…、……よしっ、いくぜっ!!」
ダッ!
走り出したリッド。相手から見れば
しかしどの角度で飛来してくるかまでは見極められない。今の彼の技量でリッドの攻撃を防ぐ事は困難。ダメージを受け、更に不利になっていくのは確実だった。
ただしそれは真っ向からまともに、今までと同じように対応すればの話。
「……最初の突撃ではかわされましたが、今度はそうはいきません!」
右手の、何も持っていない握った拳が近づくリッドへ迎撃せんと出されてくる。そして間合いがまだ少し遠いタイミングで、その握り手は大きく解き放たれた。
ブゥンッ!
「ぐっ!? …こ、れかっ??!」
まさにリッドが攻撃すべく振ろうとしたところで、重厚な音と共に木剣が急に
剣だけで他は何ともない。しかし重くなった木剣が
ブオンッ!!
「!! ちいっ」
リッドが攻撃が出来なくなった隙を突き、モーロッソのショートグレイブが飛んでくる。
シュガッ!!
すぐさま盾を合わせにいったが僅かに間に合わず、左脇の下を抜けて飛来した木の刃が、リッドの胸を逆袈裟に切り上げた。
ショートグレイブの木製刀身とリッドの防具表面に張られた皮革が擦れ合い、あと一歩で炎を発しそうな音を立てる。
「ぐっ!! …うっ、痛ぅ~…、嫌な当たり方しちまったな」
後ろに跳んですぐさま間合いを離すと、リッドは自分の胸元を軽く撫でる。防具の表面に焦げたような斬られ跡が残った。
「(なるほどな。前の試合でシオウの奴は杖を捨てたっつーよりは、捨てるしかなかったのか…)」
モーロッソの覚醒能力は、ほぼ間違いなく何らかの物体・物品を
だがそれはあくまでも能力の一端でしかないと、リッドは考える。
「(シオウの奴も、単純に一時重量が増すだけではなさそうだっつてたし。他にも何かあるかもしれない…)」
さすがに位階:8の能力ともなると対応に困り、苦笑いするしかない。シオウの助言を頼りに全貌を丸裸にするにはリッドの頭では難しかった。軽く手詰まり感を覚えてしまう。
「(重くする効果にしても、オレの装備を一度に全て対象にする事とかもできるかもな。発動のカラクリをシオウの奴が見破ってくれたからって、ちっとばかし甘く見てた…想像以上にヤバいなコレ)」
モーロッソが握った拳を開いた時、そこから一定距離にある物を対象に重くする事ができる―――それがシオウが見破った相手の覚醒能力の発動と効力。
しかし最初の突撃の時とは違って、今回は回避できなかった事からも新たな事実が明らかになった。
「……手握ってる時間が長いほど、重くできる距離か範囲かだかを広げられるって感じか? 便利だなそれ」
「! さすがに見破られますよね。…ええ、その通りです」
素直に認めるモーロッソ。だがまだ能力の核心的なところは隠しているといった雰囲気だ。
「そいつをどうにか攻略して攻撃しなきゃいけない、か。こんな事なら素直にお前の奥さんから話、聞いときゃ良かったなー」
「? 妻と面識があるんですか?」
「ああ、まぁな。つってもたまたまだが……心配――――いや、ちょっと怒ってたぞ? 旦那が自分に隠し事してる、ってな」
するとモーロッソは困ったように笑顔を浮かべ、弱々しく乾いた声でそれは弱りましたねと呟いた。
「(あの奥さん、家じゃ結構怖い感じか? …尻に敷かれてそーだな)」
この選抜大会が終わった後、モーロッソはこっぴどくアレオノーラに叱られるのだろう。
だがリッドは今、モーロッソに勝たなければならない。
そのためには、その怖い奥さんに文句言われるのを覚悟しなくてはならないほどの攻撃を、旦那さんに叩き込む必要がある。
それがリッドの導き出した、試合に勝利するための結論だった。
「(さて、どうしたら思いっきりぶちのめせるかな? クドゥマって奴がやたら自信あるわけだ、ちくしょう)」
モーロッソの覚醒能力が、重くする
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