第9章3 割合と分母



 試合内容を振り返れば、先鋒同士の対戦は一方的なものとして終わった。


「あれほど簡単にシルちゃんが敗北したのを見たのは初めてです…」

 何とか落ち着きを取り戻し、治癒魔法担当の医療スタッフがスィルカの治療を行っている急ごしらえな治療台の傍から、ようやく離れたミュースィルは従妹の敗北の様を見て相当に気落ちしていた。


「ああ、本当に意外だったよな。シオウの懸念は大当たりだった、って事か」

 正直なところ、リッドも心のどこかでモイックを甘く見ていた。

 しかしスィルカの手痛い敗北を受け、そんな自分の心の甘さに活を入れるように一通り首を回し、両肩をそれぞれ上下させ、気合を入れ替えるかのように強く息ついた。


「それで、シオウ先輩は大丈夫なんでしょうか? 何も言わずに上がっていきましたけど……」

 いつもと変わらない、のんびりボーっとした腑抜け顔。平然と歩進め、次鋒として闘技場へと上がって行ったシオウ。

 ノヴィンが勝算やモイックの強さの秘密について聞いてみても、まぁ見てろ、と短い言葉で突き放し、実質何も語ってはくれなかった。


「……。アイツなら大丈夫だろ、と言いたいとこだがなぁ。あんなシオウは初めて見た。まるで知り合ったばかりの、掴みどころがまったく分からなかった頃に戻ったみたいな感じだ」

「? それはどういう…?」

「入学したての頃のアイツは、今なんかよりもずっと取っつきにくいっつーか、周りをシャットアウトしてるっつーか…まぁ今とスタンスそのものはあまり違わなかったんだけどな、本読んで喰っちゃ寝して。んで執拗に付きまといまくってようやく打ち解けたっつーか…いや、あれはウザったくなってこっちにある程度合わせるようになってくれた、って感じだろーな」

 そういえば知り合って2年目なんだなーと振り返るには早すぎる時間を、リッドは懐かしむ。


「シオウ様は孤高な方だったのですね……少し、意外です」

「はは、孤高っつー意味なら今もアイツはたいして変わってないと思うぜ姫さん。ただアイツは、周りに人がいるからそれに自分流で合わせてるっつーだけで、別に一人だろうと誰かと一緒だろうと関係ないってなもんだろうと思うよ」

 だからこそだろう。何者にも何事にも動じないような雰囲気を纏っているのは。


 リッドは不思議な気分だった。

 こうして改めて友を分析してみると、理解が深まる感覚は、なんとなくこそばゆいものを感じる。


「あ、試合が始まりそうです。シオウ先輩、一体どう戦うつもりなんだろう?」



 ・

 ・

 ・


 

 審判の合図と共に、モイック vs シオウの試合が始まった。


 だがモイックは、スィルカ戦の時同様に様子見から入る。シオウも特に動こうとはせずに、木杖をだらんと持ったまま突っ立っていた。


「ハァ~、ハァ~……ふひひっ、うひっ、ひっひっ! …こぉの時をぉっぉおおお、どれだけぇ待ちわびたかぁぁぁ、シぃ~オぉ~ウぉ~~…」

「逆恨みに根性ねじ曲がり、貴族ボンボンにありがちなフェミニスト精神も投げ捨てての男女平等だと言わんばかりに暴行……よくもまぁ、そこまで徹底したもんだ。逆に感心するよ」

 シオウは別に、スィルカの無念を晴らすだとかかたき討ちだとかは考えていない。


「実際、闘技場に上がった時点で男も女も、強いも弱いもない。さっきの試合…観客のブーイングは完全にお門違いだ。叩きのめされるのが嫌なら最初から参加しなければいいだけだからな」

 その発言で観客席がざわつく。


 正論であり同時に感情を逆なでる一言。冷静な反省と感情的な反感を観客たちに促し、それぞれを真逆の反応へと導く――――結果、ブーイング一色ではなく、混沌としたザワめきが観客席に蔓延していた。



「ふひっ、ふひひひっ、よく分かってるじゃあないかぁ~? くひひっ、なぁらぁ~お前もこのボクにぶちのめされて文句はぁ~ないよなぁ~ぁ? ハァ~ハァ~、えええ、シオウよぉ~お??」

「そうだな、文句はない。…ぶちのめせれば、の話だが」

 自信たっぷりというわけでもなく、いつもと変わらぬ態度のまま。

 モイックに対する怒りや嫌悪感を持ってのたまうワケでもなく、シオウはどこまでもマイペースに言い放つ。

 

「ハァ~、ハァ~…スゥ~………、ハァ~……~…。ひっひひ、言うじゃあないかぁ? あのスィルカ姫の蹴りも通じなかったこのボクにぃ~、ハァ~ハァ~…勝算があるとでも―――――」

「いい加減、その誤魔化し・・・・はやめたらどうだ? 元々が陰鬱で気持ち悪い奴とはいえ、気色悪い態度も過剰に過ぎる。…その呼吸を・・・悟られないためだろう?」

 そうシオウに指摘されたモイックは、急に一切の動きを止めた。口を閉じ、表情に驚きと真剣味が宿る。

 姿形すがたかたちが変わるわけではないが、その瞬間だけは持ち前の気持ち悪さが少しナリを潜め、悪くない男の顔つきが垣間見えた。


「……なんの、事…だぁ…?」

「動揺があからさまだな、もしカマかけだったらその態度の変化で図星だと見抜かれるところだ。もっとも、生憎とカマかけずともお前の覚醒能力のカラクリはもう分かっている」

 するとシオウは、持っていた木杖を背中に回し、両手で持った。そして…


「スーーーーー………、ハァ~~~……」

 大きな深呼吸。

 その行動に、他でもないモイックが驚き慌てふためく。


「な、ななななな、なぁっ???」

 その行動が理解できないといった様子で、両手で自分の垂れた前髪を生え際から持ち上げ、かきむしる。


「なぁ、にしてんだぁおまえわぁぁぁ????!? わ、分かってるんだっていうなぁらぁーーー、なぜ、なぜ、なぁぁぜぇぇにぃぃぃいいい?????」

「……ふぅ、なるほど? この感覚…変化の振れ幅……割合・・か。これはスィルカじゃあ気付けないはずだ。彼女の戦い方は培った感覚に頼り過ぎてるところがあるし、どこかで自分の強さに自信を持っている分、想像できなかったのも当然だな」

 一人納得している様子のシオウ。

 だが見ている観客やリッド達、他のチームの面々らはまだ何が何やらサッパリだといった様子だ。


「さて、どうしたよ? もう準備は整ったろうに、まだかかってこないのか? それともお前の方は・・・・・まだ不十分なのか?」

「こ、こいつぅ……わけのわからない真似をぉ。スゥ~、スゥ~~~~……ハァ~……。だったらぁ、お望みどおりにボコってやるぅぅっ!!」


 ダッダッダッ


 不格好な走り方で寄ってきたモイック。そのままシオウにぶつからん勢いで腕を振り上げる―――――が


 ブンッ!


 空振り。


「んなっ?!」

「驚く事じゃないだろ。別に動けなくなったワケでもないんだ、そりゃあ避けるに決まってる」

「こ、このぉおお~~~ぉ、やぁぁぁろぉぉおううう!!!」


 ブンッ、ブォンッ、ブンッ


 何やら子供のケンカじみた殴り蹴りがモイックの四肢より放たれるも、全て軽く避けられる。

 ただ空をきるその音から、当たれば確かな威力を発揮する攻撃である事は間違いなさそうだった。


「はぁ、はぁ、はぁ、ぜひ、ぜひ…ぜひ……あ、当たれよぉぉ、当たればお前なんかなぁ、お前なんかぁ!」

「痛いと分かっていて、わざわざ当たってやる対戦相手はいない。それに、だ…」


 ペシッ、…ズザザーッ


 再び攻撃せんと突っかかってくるモイックの足に木杖をひっかける。当然彼は、盛大にコケて闘技場の上で顔面を擦った。


「こっちだって当然攻撃する。ま、今の状態・・・・でまともな攻撃をする気はサラサラないけどな」

「ぐぅううう、おぉ、まぁぁえぇぇぇぇ……」

 ガバッと身を起こし、シオウの方を振り返るモイック。だが派手に闘技場の石床に顔面を擦ったにしては、擦り傷らしいものは一切出来ていない。


「やはりその程度はノーダメージか? 当然だな、スィルカの蹴りでもダメージがないと確信していたお前だ。普段ならともかく、今ならちょっとした怪我の危険すら恐れなくていいわけだ?」

「ぐううう…シオウぉ~ぅ、お、おまえぇぇ…」

 シオウは完全にこの能力を把握していると確信―――――だからこそモイックは解せなかった。


「(だったらぁ…なぁぜ…なぁぜみずから深呼吸したぁのだコイツはぁぁあ? ボクが有利になると分かってる事をわ~ざわざぁ…?)」


 それでも・・・・攻撃を受けない自信がある? 


 それでも・・・・ダメージを与える自信がある??


 それでも・・・・勝算がある???




「(…いいや、いや、いやっ、いやっ…そんな、そんなことはないぃ。ボクの、ボクの目覚めたこの覚醒能力は無敵だぁ! 相手が何者だろうとぉ、ボクに勝てない道理はないはずなんだぁぁぁ!!)」

 奇声と共にモイックが三度みたび飛び掛かる。

 パンチやキックなどにこだわらず、掴みかかろうとしたり、ひっかこうとしたり、攻撃がもうその場その場で繰り出せるなにかしら攻撃っぽい動作を、とにかくめちゃくちゃに放つだけ。


 しかし、やはりシオウは簡単にそれらを回避する。


「お前の能力…確かに凄いモンだ。こと戦闘に限っていえば、とんでもない切り札だよ。だが残念なことにお前には致命的に弱点がある…そこのところに着目できていれば、スィルカにしてもお前を倒すのは容易たやすかったろうにな」

「な、なぁにをぉぉっ! この、くのっ、くぬぅおっ!!」

 感情というものは思考とは対極である。


 冷静で平静な思考は、感情的になっている時には決して出来ない。精神に大きなショックを受けたりすると頭が真っ白になったりするのがその最たる例の一つだ。



「お前の敗因、その1。あまりにも身のこなし、精神面が戦闘事に対してなっちゃいない。基礎技術が未熟だから簡単に避けられる攻撃しか繰り出せないし、身のこなしもメチャクチャだ」

「うるさい、うるさぁぁい!! ボクに説教など…このっ、くのっ、劣等生のくせにぃいい!!」


「お前の敗因、その2。自分の能力を過信しすぎ。そのせいで重要な見落としについてまったく思い至っていない」

「ボクの能力は最強ぉなんだよぉぉ! そんな見落としなんてしているもんかぁぁっ!!」

 まるで聞く耳もたないモイックに、攻撃をかわしながらヤレヤレとシオウは木杖で自分の後頭部をかいた。


 そして数度瞬きし、息を整えて両目を見開くと同時に、最後の忠告を口にした。


「お前の敗因、その3。それは―――――」


 タッ、タンッ!! ……シュビッ!!


 ドカッ!!!



「!?!?!?!」

 シオウの身体が短い2ステップと共にひるがえったかと思うと、モイックの身体が吹っ飛ぶ。高さ2m程度の中空を水平に飛んでいき、そして……


 ドォンッ!!


 闘技場の外、最も近い観客席最下段の下の壁に背中を打ち付けられた。



「――――――相手の分母・・を見極められなかった事、だな」

 闘技場の上で、シオウが彼を蹴飛ばした体勢から足を下ろす。蹴りの勢いで上がったスカートが遅れて舞い降り、彼の下半身をゆったりと覆った。



「お前の覚醒能力の正体。それはお前が吐いた呼吸を相手が吸うと弱体化デバフさせられ、お前自身は意図して深く息を吸うことで自分を強化バフできる……つまり、一手で相手と自分の強さを増減できる、というものだ」


 モイックの覚醒能力―――――――<支配者クエスタス口移しブリーゼ

 強化や弱体化を行う魔法は存在するが、彼の覚醒能力はそれを1手で行え、かつ自分が吐いた息を吸った者全員に効果が及ぶ上、効果のほども魔法によるそれとは桁違いに高い。

 ゆえにその覚醒能力、位階:7。高ランクの希少な覚醒能力に分類されている。


「効き目の範囲は恐らく対象のあらゆる身体能力全般。効果のほどは体感でざっと半分、50%といったところか。スィルカとの試合を見た限り、吐息を吸わせ続ければさらに下げる事も可能なんだろうが、完全に無力化ゼロまではいかないようだな。加えての自分の身体能力強化…そっちも基本は5割増か?」


「…な、ななんで…なぜぇぇっ??! それが、それがぁ分かっていてなぁんでこんなにボクが吹っ飛ばされるんだぁぁぁ??!! おま、おまえが弱ってボクが強くなってるってのに、なんで、なんでぇ~ぇっ!?」

 闘技場の上でシオウは呆れながらため息を吐いた。


「やれやれ、本当に分からないのか? いくら強化されたといっても、それはあくまで身体能力――――腕力だとか脚力だとか、あとは身体の頑丈さだとかだけ。しかし、お前自身の重さ・・は一切変わらない。鋼の強度を得てダメージを受けなかろーが、別に鋼そのものと化すわけじゃあない」

「な…、なぁ…??」

「加えて、こっちは弱体化させられたといってもだ。全力を1点に集中し、お前の踏ん張りの効かない体勢を見計らって一撃入れれば、ダメージは与えられなくとも場外に吹っ飛ばすだけの衝撃を与えることはできる。この結果は驚くほどの事でもない」

 シオウの説明で会場中がほぉ~と納得と感心の声をあげ、試合内容に対して理解が広まってゆく。





 そんな中、ガントだけはまったく違う反応を見せていた。


「(一点に集中すれば吹っ飛ばせる? …バカな。あの小柄さ…加えて力や脚力が弱体化していると己で口にしたばかりではないか? しかも最低でも5割減であると。それが闘技場の外へと辛うじて…などではなく、観客席の下までぶっ飛ばしている! 他の者ならばともかく、この俺を誤魔化す事はできんぞ!)」

 ガントの握った拳がワナワナと震える。それは歓喜の震えだった。



< ――お前の敗因、その3。それは相手の分母・・を… ――― >



 少し前、シオウが口にした言葉を思い返す。


「(つまり5割削られてもなお、それほどの攻撃を放てるだけのものが、貴様にはあるというのだな!? 強さの分母・・・・・が!)」


「―――――ふ、フフ…ハハッ、フハハハハッ」

「!? な、なんだどうしたガント? 何が面白かったんだそんなに?」

 急に笑い出したリーダーにチームメイトが驚く。こんなに機嫌よく声を出して笑うガントは初めて見たからだ。


 ガントは確信に至る。


 ずっと引っかかっていたもの―――リッドとの模擬戦の際、割って入り、自分の一撃を容易く受け止めたあの時のシオウは何かのまぐれではない。そしてそこには隠された力がある、と。


「(楽しみだ! …ああ、これほど楽しみだと思ったことはないぞ、お前には一体どんな隠された力があるというのだ?)」

 光明が、それも強い輝きが見えた気がした。


 ガントのシオウに対する興味は一気に燃えあがり、その視線は強烈に闘技場の上へと注がれる。



 勝ったというのに妙な寒気を覚えたシオウは背筋を震わせ、天を仰いで小首を捻った。





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