第6章3 勝つは強きにのみならず



 リッドvsエンリコ戦に決着がつき、次鋒戦が始まった直後。



「でもシオウ先輩。あのエンリコって人、なんかもっと凄そうな感じに思えたんですけど…僕が言うのもなんですが、割とあっさり崩れましたよね??」

 言葉こそ選んではいるがノヴィンは拍子抜けだと言いたいのだろう。


「ま、学生ならあんなもんだよ。戦術の裾野が広い奴なんてそうそういない。想定通りに事が運ばなかった時に生じた、リズムや作戦の狂いをすぐさま修正して建て直せる力量の持ち主は、ベテランの軍人ですらなかなかいないもんだ」


「でもそれ、なんやシオウさんなら出来るー言うてるようにも聞こえますよー?」


「…出来るっていうよりは見てきたって言う方が正しい、そういう奴を色々な。どこぞの国の軍隊じゃ何年も下っ端クラスで喘いでる奴でも実は、学生時分エースでした君は多い。才能ありと言われた戦技優秀者とて世に出れば下の下ってワケだな」

 もっとも中には本当にスゴイのもいたりするが、と付け足して大あくびをかくシオウ。


 この話はこれでおしまい、という事なのだとスィルカは最近理解し、そうですかー、と相槌を打つ。


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 闘技場の上では、リッドが既に相手次鋒カッスーンとの試合の真っ最中だった。


「くっ…そ、あいつら呑気な…こちとら苦戦してるってのにっ!!」


 カンッ、カッ、カッカンッ!!


 カッスーンは、60cmほどの短めの木製打棒を両手に持ったスタイル。握り手の分を除いてその事実上のリーチは40~50cmほど……射程の上ではリッドに分がある。

 だが二刀流ならではの手数の多さに、バックラー木盾を失ったリッドは苦戦させられていた。


「ちっ…もともと剣1本のスタイルだったんだ、盾を失ったくらいでっ」

 奮起してみても容易くはない。


 素早く攻撃を繰り出せる相手に大振りの一撃を繰り出せず、大ダメージが狙えない。

 しかもカッスーンはなかなか慎重に戦っている。リッドの攻撃が当たるにしても決して重い一撃を貰ってしまわぬように努め、攻撃は小さくとも確実に当てる事に終始して、粘り強く戦い続けた。



 結果――――試合は時間切れ。審判達は2:3でカッスーンの勝利を宣言した。







「想定内っちゃ想定内だが、カッスーンはよくこらえた感じだな」

「ていう事は、普段はもっとガッツくタイプなんですー?」

 シオウは闘技場の方を見たままスィルカにあぁ、と短く頷き返した。


「リッドが十全だったら足元にも及ばない相手だよ。手数勝負なスタイルのはずなのに迂闊に突撃するクセがあって、少なくとも普段の戦技演習じゃ明らかな格下以外の相手に勝ったのを見た事ないな」

「では今回は自分のスタイルを自重して慎重に戦われたのですね。…もしかして相手チームの作戦でしょうか?」

 ミュースィルの言う通りだろう。チーム・ハルもこちらの主戦力の片翼がリッドである事はよく知っているはずだ。



 次は、リッドとの試合で疲弊した相手次鋒とこちらの次鋒ノヴィンの対戦。


 いまだ優劣でいえばチーム・リッドの方が優勢だ。しかし戦力としての実態でいえば、リッドが次鋒を倒せずに敗北した事で大きくあちらに傾いたと言わざるを得ない。


「まぁ、先鋒の強者リッドを損害少なく仕留められれば上々、くらいにしか向こうさんも思ってなかっただろうけどな。そういう意味じゃあ、あっちの先鋒がエンリコだったのは向こうの組み合わせの上での幸運ラッキーだな」

 そこまで言うと一旦言葉を切り、シオウは軽く準備運動を行っているノヴィンに向き直った。


「ノヴィン。こっちはお前にあのカッスーンを倒してもらわなきゃならなくなったわけだが…行けるか?」


「は、はいっ! が…頑張りますシオウ先輩っ!!」

 緊張は当然。だがまだどこか勝負に前向きな姿勢が見て取れる。リッドが相手を消耗させてくれている事は見た目にハッキリしている。ノヴィンも、自分にもまだ勝機があると感じているのだろう。



「まずはリラックスな。基本はいつも通りでいい…が、悠長に構えていてもカッスーンは崩せないだろうから―――――ちょいちょい、ちょっと耳を」

 背の高いノヴィンに対し、頭下げて、とジェスチャーで示す。

 シオウがノヴィンの耳元でゴニョゴニョ囁く様子は、知らない者から見れば兄と妹かな? などと思われそうな図だった。






――――――そして、ノヴィン vs カッスーン戦。



「ふー、はーっ。…むぅぅぅっ」

 カッスーンは、かなり煮えたぎらないものを腹に溜めたかのような顔を浮かべて唸る。

 元来は短気で、とにもかくにも敵に突撃をぶちかましたい派な彼は、チームの作戦に従い、先ほど同様に慎重で粘り強い戦法を維持していた。


「はぁはぁ、…よし、いける…僕は…戦えるぞっ」

 しかし、今度の相手ノヴィンはそんな自分と似たような戦法である。機動力に優れるでもなく、力に物言わせた攻撃をしてくるでもなく、魔法を用いるわけでもない。


 ノヴィンはしかと構え、カッスーンの連撃はキッチリと防ぎつつも、槍と打棒のリーチ差を活かしてダメージになるかならないかという弱い攻撃を、キッチリと当ててゆく。


 しかもノヴィンは、シオウのアドバイスに沿って相手が封じている突撃を、時折混ぜて戦っていた。


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「はー、気持ちいーなー、コレ…」

 闘技場の下、新たに設置された魔導具の近くでリッドはくつろいでいた。


―――――治癒系の設置型魔導具(一番安いヤツ)。

 大の大人が5人掛かりで運搬する大型の機材から、治癒系魔法の効力が放出されている魔導器具である。

 ただ、これだけ大きな魔導具であっても治癒魔法を実際に直でかけた方が早いという弱いレベルの治癒効果しかない。

 有効効果範囲は半径5~7m程で、本来は医務室など治療スペースに設置し、通常の治療行為に+αを期待するモノだ。


 学園担当大臣お偉いさんがこの程度の設備投入だけで大会継続を納得したという事はつまり、アルタクルエでの国際大会での戦技レベルはおろか、戦技そのものにすら大した知識も認識も持っていないという証。


「(ルクシャード皇国は、本当に平和なんだな)」

《いざって時が不安になるワね》

「(まぁ戦技大会の過去の成績を見ても、平和ボケ気味なのは推して知るべし、って感じだったしな)」

 自分には関係ない話だとシオウと守護聖獣が心中で話していると、スィルカがツンツンと肩を突いてきた。


「シオウさん、ノヴィンさんはあれでいいんですの? 結構アグレッシブに攻めてるよーに見えますけど」

「ああ、身体への負荷は多少かかるがな。もちろん無理に攻めなくていいと釘も刺してあるよ。…ただ、カッスーンから引き出せ・・・・とは言っておいたから、そこまでは少し頑張ってもらいたいところだがな」

「? “ 引き出す ” って何をです??」


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「うぅう…、あーーーーもうっ!!! そっちばっかりズルイぞっ。こっちはこんなに我慢してるのにっ!! もういい、もう限界だっ、突撃ーーー!!!」

「(!! 来たっ)」

 抑え込んでいた性分が爆発し、カッスーンが一気にノヴィンに向かって走り出した。

 隙を見て強く攻撃して見せる事で、ノヴィンは攻め気の強い相手の性分・・をチクチクと刺激して引き出す事に成功した瞬間だ。


「でやーっ、やっぱ、こっちの方が手っ取り早いっ!!」

 両手にもった打棒を数回転させて握り直すと、間合いを詰めつつ左右から殴りかかってくる。

 そこではじめてノヴィンは、シオウのアドバイスの意味をハッキリと理解した。


 ガッ! ガッッ、ガンッ!


「(分かるっ、僕でも動きが分かるくらい…遅いぞっ)」

 カッスーンが弱い理由―――それは威勢よく突撃するのはいいのだが、気持ちがはやりすぎて攻撃が粗くなり、しかも威力を意識してか武器を持つ手に力を入れすぎていて攻撃に勢いがまったく乗らず、攻撃速度が遅くなってしまうのだ。



 せっかくの二刀流なのに、まるで1本の打棒を相手にしているかのような感覚。


 ノヴィンはいつも通りの防戦基調に終始し、時折柄や穂先で小突く程度に当てていく。もう無理して強く攻めを入れる必要はない。相手が勝手に隙を生んで、いい感じに攻撃を当てさせてくれる。

 自分のスタイルに対して見事にハマってくれるカッスーンに、ノヴィンは本日2度目の拍子抜けというものを味わいつつ……


「勝者、ノヴィン=コラットン!!」


 気づけばいつの間にやら、勝者として審判のコールを聞いていた。



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「ノヴィン、と、いう奴、なかなか、やる」

 チーム・ハルの大将フランコは、直立不動の仁王立ちで腕を組んだまま微動だにせずに闘技場の上を観察していた。


「次鋒、リッドに消耗させられてたとはいえ、カッスーンが負けるのは少し意外でしたね。次は私ですがどうします、ハル?」

 中堅の丁寧な物腰の男子が、チームのリーダーに伺いを立てる。するとピコンと前髪の一部を立てて、背の低い女子がフランコと同じポーズのままそれに応えた。


「ん、勝つべし。それで次の中堅戦もよろしく。負けてもいーけど、あの青おっぱいスィルカを少しでも疲れさせてくれたら上々だね」

「わかりました。頑張ってみますので、その後はお二人にお願いしておきますね」


「もち。そこはどーんと任せておいて!」

 そういってハルは胸を叩いてみせる。

 だが即座に、自分の胸のボリュームのなさに軽く落ち込む事となった。


 しかしいつもの流れであると、チームメイト達はそんな彼女をスルーする。


「では行って参ります。私が一番弱いんで、そのまま負けたらごめんなさい」







 ノヴィンの連戦。次の相手はチーム・ハルの中堅、ジッパム。


「どうも、お手柔らかにお願い申し上げます」

「あ、は、はい。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」

 なんとも丁寧な先輩。ノヴィンは少し調子を狂わされる。


 気持ちを整えるためにも、改めて相手を観察してみた。


 ジッパムは3年次生。

 端正な顔立ちに薄っすらと日焼けしたような肌は、話によれば南東にある荒野と砂漠の国クルディ出身の父を持つハーフゆえ。


 チーム・ハルの中では一番弱いとされていて、シオウも注意すべき選手としてその名を上げる事もなかった。

 しかし、それでもまだ相手の方が自分よりも強いだろう。ノヴィンに油断はない。勝てずとも、やれるだけをやって次に繋ごうと気を引き締めた。



「………」

「………」

 審判のはじめのコールの後も二人は静かだった。ノヴィンは木槍をいつも通りに構えて待ちの姿勢。

 一方のジッパムはと言うと……何も持っていない。更に言えば、構えもなく開始時と同じポーズで立ち尽くしたまま。


「(?? なんだろう、どう戦う気なのかな…そういえばこの人の戦い方って…)」

 そんな事を考えていると、不意にジッパムの口元が緩んだ。相対する者が親近感を覚えるような良い微笑みだ。


「? いけませんノヴィンさんっ!! 飛びのかんとそれはっ!!」

 闘技場外から飛ぶスィルカの叫びを受けてハッとするが、感覚がおかしい。


 タッ……ンッ


 表情を変えないままゆっくりと前にステップを―――――長い。

 なかなか着地しない。どんどんノヴィンに迫って―――――


 ヒュヒュッ!! ビッ、ビシッ!!



「――――――え?」


 ノヴィンの木槍にヒビが入る。


「間の抜けている暇はありませんよ、ノヴィン君」

 ジッパムが何をしたのか分からぬ内に、今度は明確に蹴りが飛んでくるのを認識したノヴィン。だがヒビが入った事を知りながら、つい反射的に槍で受けてしまう。


 バキィンッ!!!


 完全に破砕する武器。驚きと困惑がノヴィンの全身から一瞬、緊張と力を奪い去る。


 そして―――――


 ドカッ!!!


「あぐっ!!?!」


 ノヴィンは闘技場の外へと蹴り飛ばされてしまった。


「ふう、上手く行きました。多少卑怯な手なのかもしれませんが私は弱いので……武器破壊というものを試みさせていただきました。弁償が必要でしたら試合の決着が着いた後、どうぞ一声お掛けください」


 ノヴィンの場外負け。

 試合は再び、中堅同士の対戦へともつれ込み、チームとしては一進一退の攻防を繰り広げる形。

 だが苦しいのはチーム・リッドだ。3人目にしてもう主戦力の残りの片翼、スィルカを引きずり出される事となった。



「……シオウさん。あの相手…格闘術だけ・・や思います?」

「違うだろうな。いくらノヴィンが連戦で疲れていたとしても、真正面から迫ってくる鈍い動き・・・・の相手を、ただボケっと迎えはしない」

 ですよねと同意するスィルカは、少し緊張した面持ちでしゃがみ、その頭を下げた。


「ウチにも何かアドバイス、いただけません? さすがにあの相手の奇妙さをそのままにして試合に臨める状況と違いますし」

「んー…じゃあそうだな、可能性の話にはなるが……ゴニョゴニョゴニョ」

 耳打ちし、される二人の姿は、やはり傍目には姉妹に見える。


 小さき年上の男子の助言を受けて、スィルカは闘技場へと上がって行った。

 




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