第6章2 魔法使いの弱点


 一口に魔法といっても、1つの魔法を構成する要素は多岐に及ぶ。


 属性――――火、水、風…といった性質。

 効性――――攻性(攻撃性)、防性(防御性)…といった性質。

 魔力――――魔力圧・魔圧・魔圧力などとも言われる、魔力の強さ。

 魔力量―――込められている魔力の量。

 保持力―――魔法を構成する魔力の保持性、魔法の有効時間。

 制御力―――その魔法において意識的に制御できる魔力の量や圧の強さ。

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 学術的に更に細分化した場合、1つの魔法について300項目以上の要素を並べて論じる事が出来るとさえ言う学者もいるほど、魔法の奥は深い。


 当然、より深く修めている魔法使いであればその知識に基づいて、魔法の活用幅は大きく広がる。








―――――学内選抜戦技大会2回戦、チーム・リッドvsチーム・ハルの先鋒戦。


「く、黒い――っくっ!!」

 一瞬の驚き、だが即座に身を捻るリッド。

 エンリコから飛来した黒い球体は、そんな彼の構えていたバックラー木盾に軽く触れた。と、同時に……


 ガオンッ! バァ…ッン!!!


「ぅおあっ?!!!」

 炸裂。リッドの身体がまるで巨大なハンマーにでもぶちのめされたように、大きく横へと吹っ飛ぶ。


 ビキィッ!!


 思わず耳を塞ぎたくなるような音をたて、木盾バックラーの表面に大きなヒビが走った。


「へへへ……直撃は避けると。甘く見ていたわけじゃあないが、さすがにいい反応をするな、赤髪」

 闘技場の上を滑るように遠く離れてゆく対戦相手を、余裕をもって眺めるエンリコ。まるで旅立つ者を見送るかのよう。

 倒れたリッドに視線を向けたまま、次の行動を取る事もなく魔法を放った体勢のままでいる。

 そしてたっぷりと時間をかけて余韻を楽しんだ後、ようやく構え直したかと思えば突然、持っていた剣と籠手を無造作に放り捨てた。


「はぁ、はあ、はぁ…何の、つもりだ?」

「へへへ、これはもう要らない。確かめてみて、情報より大した事がなければ使うつもりだったけど、お前の反応の速さじゃあこいつらはむしろ邪魔。何せボクの魔法……ブラックBlackボーインBall.inの直撃をかわしたのだから」








「し、シオウ先輩何ですのアレ??? 黒い魔法…あんなんウチはじめて見ますっ」

「闇属性の攻撃魔法だな。闇属性自体、扱うのに才能がいるって言われるくらい難易度が高いから、普通は見た事ない奴の方が多い………どうやら観客席も大半は初見みたいだな」

 そう言ってグルリと客席を見回すシオウに倣って、3人も観客の様子を伺う。


 ザワついてるところもあれば、何も言えずに視線が固まったまま静かになっているところもあった。



「でも、なんで相手の…えーと、エンリコ! エンリコさんは、自分の武器を捨てたんですか? もったいないんじゃあ…」

 不思議な行為だと思っているノヴィンに対し、シオウは首を横に振る。


「いや、アレは手ごわい。思いきりのいい判断が出来る相手は厄介だ。俺がエンリコの立場だったら同じようにするよ」

「じゃあ、武器を捨てた方がいいんですか??」

「この場合はな。エンリコの様子からして、さっきの闇魔法は得意中の得意なんだろうが、それを早々とぶつけてリッドの実力を探った。もしリッドがまともに喰らっていたら、逆に武器は捨てなかっただろうな」

 そこまで聞いて、ノヴィンより先にスィルカが理解の色を浮かべた。


「リッド先輩の反応速度を見てどのみち近接戦ではかなわない、って見切りつけたゆーことですね?」

「ああ。自分の攻撃は魔法にしぼって、相手の攻撃は余計な装備を捨てて身軽になることで回避しやすくなる方が良いと判断したんだ。無理に武器で対応できる術を保持すると、咄嗟の判断を迷う事にも繋がるし」

 スィルカはうんうんと頷いているが、ノヴィンとミュースィルはまだ少し不可思議そうだった。


「で、でもシオウ先輩! それで武器を捨てるのは何となくですがわかりますけど、どうして防具の籠手まで???」


「魔法の使い手が、素早い相手に対して魔法を攻撃手段とする……腕の動きは、そのまま魔法の発射方向を決める照準だ。相手に遅れを取れば当たらないし、それはそのまま、間合いを一気に詰められやすくなる事にもなる」

「しかもあの籠手…最低限の盾代わりのようですけども、あれやったらリッド先輩の攻撃、防ぐんはキツい思いますー。つまり木剣も木籠手もキープし続けたとしても重いだけで、ほとんど有効じゃないんですよノヴィンさん」

 シオウとスィルカの説明を受けてノヴィンとミュースィルは、ほあーと分かったのか分かってないのか不明な感嘆の声を上げた。


「ま、本当にエンリコがヤバイのは、そう判断して躊躇なく捨てられるその迷いのなさだな。あればあるほど戦力プラスと考えやすい武器や防具をマイナスと判断して捨てられる選手ヤツは、この学園じゃそう多くない」

 優れた判断力と決断力は、戦闘の僅かな刹那により適格な選択を素早く選ぶのに貢献する。見た目に分かりやすい戦闘技術や力以上に、それは得難い部分だ。

 シオウは、これまでチームが対戦してきた相手の中では、このエンリコが最も厄介であるとさえ警戒していた。

 それゆえに今回リッドにおこなったアドバイスは、しかと勝利に導くものだった。








「(だが、武器も防具も捨てたって事は、だ。一撃さえぶち込めれば勝てる目は大きくなったって事でもあるはずだっ)」

 リッドの見解は正しい。仮にエンリコが腕で攻撃を防ごうとしてもその腕が傷つき、そのまま大きなダメージとなる。

 攻撃が届きさえすれば、リッドの方が遥かに有利なのは間違いない――――届きさえすれば、だが。


「へへへ、出来るかなぁ赤髪? お前の攻撃を、このボクに、当てる事が? できる、かあっ?!」

「ちっっ」


 ドンッ、ドンッ!!


 2発、左右の手から放ったのは何ら珍しくはない、火球を放つ攻撃魔法だ。もっとも、着弾と同時に闘技場の床に敷き詰められている石板の一部をえぐり吹っ飛ばすほどのスピードと勢いがある。

 火炎で焼くというよりは物理的な衝撃力の高さを感じさせる運用法は、普段より熱心に研究に勤しんで積み重ねた知識による工夫。ありふれた魔法であっても、使い方次第ではその能力を幅広く調節し、複数のパターンでもって用いる事ができる。


「(かなりのスピードだったがなんとか避けられる…とはいえだ、また溜めなし・・・・とはね…シオウの言う通りかこれは?)」

 攻撃魔法に対応する場合、多くは魔力を集中して溜める必要がある事から、事前に攻撃の兆候をつかむ事は容易だ。そして放ってくる手の動きや角度を見極めてしまえば、リッドのような機動力に長ける者にとって避ける事は造作もない。


 ところがエンリコの攻撃魔法は溜めチャージがない。攻撃の兆候が掴めないためにその動きをつぶさに観察し続けていなければならず、神経をすり減らす。


「どうしたどうした、赤髪の。ボクの魔法をかいくぐって間合いを詰めるんだろう? その剣で殴ってみせろよぉっ!!」


 ブンッ!


 右手を大振りする。と同時に目に見えるほど色濃い風が、押し寄せる波のようにリッドに向かって飛来してきた。


「(真空…いや、遅い? ただの風か?)」

 念のため盾を前に出す。


 ブファ……ッ


 魔法はやはりただの重厚な風だった。リッドにそれなりの圧を与えて二つに割れ、後方へと流れて霧散してゆく。


 …が


 ギュンッ…ビビシィッ!!!


「なっ!? 足…しまった、いつの間にっ」

 風圧だけの魔法は、この足を捉える魔法を隠すための囮。だが気付いた時には遅い。


「へへへ、ほーらモタモタしているから、ボクの魔法が自慢の機動力を封じたぞ? どーするどーするっ? そーらっ!!!」


 再び黒い球体が、エンリコの前に突き出した左手より発生し、リッドに向かって飛来する。


 両脚は、それぞれ渦巻く風が枷のようにくっついていて動くことができない。


 ・

 ・

 ・


「り、リッドせんぱぁーーーいっっ!!!!!」

 ノヴィンが叫ぶ。

 誰が見てもエンリコのブラックBlackボーインBall.inなる魔法は、リッドに直撃する。


 だがシオウは一切慌てた素振りを見せない。それどころか干し肉を取り出して口に加えると、間の抜けた表情でモニュモニュと先端をかじりながら、一言だけのんきに発した。


「やれやれ、盾はこれでダメになるな」







 バッキャァッ!!



「ほう、木盾バックラーを投げて相殺し―――――ぬふぅっ!?」


 ビュンッ!!!


 魔法の炸裂は一瞬ではあるものの、エンリコからリッドの姿を見えなくしてしまう。その事を利用してリッドは、盾のみならず木剣すらも投げつけていた。


 その切っ先がエンリコの頬を掠め、薄っすらと血を滲ませる。


「今のが直で当たってくれてりゃ楽に勝てたんだけどな。引きこもりの魔法使いにしちゃあ、いい反応速度してるじゃないか?」

「……。言うじゃないか、赤髪。さっきの意趣返しのつもりかい? けど割れた盾だけならともかくだ。武器まで投げてしまうのは、苦し紛れとはいえ軽率なんじゃあないか?」

 だがリッドは自信ありげに笑みを浮かべた。


「どうしたよエンリコ? 言葉にいつもの余裕が感じられないぞ、少しヤバかったんじゃないか?」

「……ふんっ、いい気になるなよ赤髪。お前が装備を失ったことに変わりないんだ、次のボクの攻撃を、いったいどうやって防ぐつもりなんだ? ハァッ!!」


 ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!!


 両手から交互に、高速の火球を連発してくるエンリコ。

 だがリッドは、その全てを回避しながら大きく回り込むように走る。


「へへへ、無駄無駄ぁっ、無駄だよっ! 死角を取って一気に詰めて来ようと言うんだろうが、これだけ間合いが離れているんだ、ボクは決してお前を見逃さないっ」

 障害物もない闘技場の上では、至近距離であればスピードを活かして相手の視界から一瞬で死角に回り込む事はできる。


 だがエンリコは決して間合いを詰めさせない。


 連続しての・・・・・攻撃魔法でリッドを絶えず攻撃し、回避だけで精一杯の状態に留めさせる。


「仮に間合いを詰めたとしてもだ、武器のないお前にどんな攻撃が出来るっていうんだ? ハッハァッ、大人しく諦めるんだねぇっ!」

「…。随分焦ってるみたいだが、お前の方が有利なはずだろ? もっと余裕見せてくれてもいいんじゃないか?」

 リッドの煽りを受けて、エンリコは歯軋りした。


「(コイツ…まさか、見破っているのか?? いや、そんなハズはない、こいつにそんな頭はないはずだ、ボクの魔法のカラクリを見破れるはずが―――)」


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「―――とか考えてるんだろうな、エンリコの奴」

「今度は読心術ですかーシオウさん? なんでそんな事わかりますん??」

 スィルカの問いを、まずは否定するように首を横に振ってからあらためてシオウは口を開いた。


「アイツの魔法の異常さ・・・の正体と、戦況を考えればそう難しくないよ」

「魔法の “ 異常さ ” ですか…。相手の方の魔法攻撃には、何か普通ではないものがあるという事ですか?」

「ああ。ミューも先の試合で使ったからよく知っているだろうが、そもそも魔法っていうのは、あんなに軽々しく連発できるようなものじゃない。ブレインアウト意識喪失の危険が常に付きまとうからな」

 ごく短時間で大量に魔力を消費してしまうと、脳が活動を停止したり、意識を喪失する現象が生じる。深刻な場合だと突然死に至るケースもあり、魔法や魔力を用いる者は、絶対的にその消費配分ペースを考えて行わなければならない。

 

 それは普段の授業の多くをサボって、そっち方面の研究に取り組んでいるエンリコであれば重々承知しているはずのリスクである。


「だがアイツは、見ての通り魔法を乱発できている。1発1発を小規模に抑えて魔力消費そのものを削減してな。魔力を喰いやすい炎の特性はほどほどに、勢いとスピードを持たせて放つ事で威力を維持する…器用な事だ」

「それでも魔力はどんどん使ってしまいますよね? あの感じはちょっと無謀に思えるんですけども」

 スィルカの言う通りだと、シオウは頷いて肯定する。


「しかも本当なら使用に際して魔力の溜めチャージがいる。日用の魔法とかならまだしも、相応の攻撃魔法を使うとなると溜めは欠かせない。いくらエンリコが普段から研究に熱心だといっても所詮は学生じゃ、溜めなしで用いるには限界があるはずだ…」

 そう言って、シオウは残り短くなっていた干し肉を一度口から離し、改めてパクリと全て口内へおさめ、咀嚼し、飲み込んだ。


「前の試合の相手みたいに、魔導部材とか何か用いてるって事ですかね?」

「いやノヴィン、今回はもっと簡単だよ。エンリコは魔力を溜めていないんじゃなくて、あらかじめ・・・・・溜めてきているんだ。それが、あんなに乱発できる理由でもあるな」

 



 ドンッ、ドドンッ! ボンッ…


「(! 勢いが弱まった…やっぱシオウの睨んだ通りってワケか)」

 受けたアドバイスの一つ。相手が魔法を短い間隔で多用してきた場合に考えられる事として、シオウは既にソレを試合前にリッドに聞かせていた。


溜め込んでいた・・・・・・・魔力はもう切れかかってるか? お前の焦りの原因はそこだろ、エンリコ」

 思い返してみればなるほど、相手が自信を持っていた黒い球体の魔法は数えるほどしか撃ってきていない。

 それ以外はほとんどが速度と衝撃力はあれど、当たったとしても一撃で相手を倒せるようには思えない小規模の火球魔法ばかり。


 エンリコとしては、スピードある魔法の連発で対応可能と睨んでいたのだろう。確かにいくつかは当たっているが、ダメージは最小。ほとんどは回避され続けている。

 奇しくもエンリコがとった、武具を捨てて身軽になるを真似たリッドの方が、その恩恵を多く受けている状況に加えて、自身の魔力の残量を考慮すればなるほど、焦りもする。



 そしてリッドは先ほど、考えなく武器を投げたわけではない。


 エンリコと自分、そして……投げた武器が転がっている場所が直線で繋がり、かつ武器とエンリコの距離が一定の場所になる位置にたどり着いた時、彼は勝負に出た。


「くっ…見破っていたのは驚きだ! けどな赤髪っ、ボクだって多少は接近戦の心得は―――」

 エンリコは咄嗟に左半身を少し引いて、突っ込んでくるリッドに向かって掌底を突き出す。

「―――あるんだよぉ!!」


「だろうなっ!!」

 確かにその掌底は的確にリッドを捉えている。タイミングもバッチリだ。


 しかしリッドが、突撃の勢いを殺さぬまま自分の身をらせん状に捻ったために、突き出した攻撃は空を切る。


「ぬなっ!?」

「これまで剣で試合に勝ちもしてるお前だっ、そのくらいはやれると思ってたさ、けどなっ!」

「ぐぎぃっ!? こ、コイツっ、ボクの腕を狙っ…ぎぁああっ!!」

 伸ばされた腕をからめ取り、間接に中程度の打撃を与えて放すと、勢いそのままにエンリコを通り過ぎる。


 慣性がリッドの身体を滑らせるが、わざと転がりつつ向きを反転し、両脚両手をついて摩擦でブレーキをかける。止まったところはちょうど、投げた自分の木剣がある場所。

 その柄を掴むと同時に、リッドは構えを経ることなく剣を振るった!


 ドゴォオッ!!!


「みぎやぁあああぁぁぁぁぁぁっ!!!? …が……ぁ……、―――――がく」


「はぁ、はぁ…はぁ…、倒れる時に “ がく ” なんて言う奴いるかよ。どこまでもよくわかんねぇヤツだな」



 脇腹をぶちのめされて吹っ飛んだエンリコは、闘技場の上を転がったのち、泡をふいて気絶していた。




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