第5章2 チーム戦略の差



 初日1回戦、最後の対戦カード……チーム・リッド vs チーム・オグワス。


 結局リッド達はシオウを欠いたまま4人で試合にのぞんでいた。

 とはいえ1 vs 1の勝負形式に大将が敗れたチームが敗退というルール上、チーム人数が1人欠けていたとて大した問題ではない。


 そう、大した問題ではないはずだった。




 カァンッ!!


 リッドは相手の武器を跳ね飛ばすように強く木剣を合わせると、一度間合いを空けて一息ついた。


「フゥ、まさかまさかだな。覚醒能力持ちとは……隠してたのか?」

 訊ねずにいられないのは呼吸を整えるための時間稼ぎ目的、そして戦っている相手が普段から交流のある友人の一人だというのもあった。


「まーな、あまり大っぴらにするのもアレじゃないか? 自分から他人に自慢するとかこう馬鹿みたいっていうか。…けどこういう場じゃ当然使うさ、ズルいと思ってくれるなよリッド」


 チーム・オグワスの次鋒デフラ。


 そこそこ地位の高い貴族家のおぼっちゃんでありながら、一般人のリッドに対しても見下すことなく接してくる。

 比較的気持ちの良いさっぱりとした性格の男子だが、こういった大会に出てくるタイプではない。


 実際、戦技に関しては普段から自信がないと言っており、事実その実力はリッドに遠く及ばない。

 だがそんな彼が今、互角以上に渡り合えているのは隠し玉だった覚醒能力のおかげだ。



「……」

 一度黙して不敵に笑む。

 それは勝利の確信でも、リッドに勝てるという油断でもない。心から試合を楽しんでいるという風であった。


「(ヤバイな。こんなに苦戦するなんて思ってなかった、甘かったかな)」

 一方のリッドは苦笑いを浮かべる。


 まず相手の先鋒を倒すのにかなり体力を使ってしまった――――いや、使わされた。

 普通に戦えばさほどの時間をかけなくとも勝てた対戦相手。だが互いの実力差を見越していたのか、相手はリッドの体力を奪う事を前提とした戦い方に終始努めた。

 最初こそシオウがまだ来ていないという事もあって、時間をかけるのは望むところとばかりに敵の意図に乗っかったリッドだったが、それがマズかった。


「スゥ~~…ハァ~……よしいくぞっ、フッ…ん!!」

 気合いの一声と共にデフラの腕が振るわれた。その手に持っているのは、端から何本も剣先が伸びている団扇うちわのような形状の変則武器。


 木製の長方形プレートを繋いでその形状を形成しているため、振るうたびに柔軟に接続部が折れ、カキカキとプレート同士が接触する音を立てながらちょっとした形状変化を起こす。面積の広い武器だけに、リッドの剣も受け止める盾の役割も担っていた。

 しかも体力を削られているリッドの攻撃はいつもより精彩に欠けていて、なおさら防御は容易。


 そして、そこにデフラ自身の覚醒能力が加われば――――


 ゴォウッ!!!


「ぐううっ!!! く、そっ…またっ…今度は・・・炎かっ?!」

 格上のリッド相手にも十分に太刀打ちできる。

 デフラは自信満々で振るった武器を再び構え直した。



「かわすのが精いっぱいかい? 厄介だろう、僕のウィンド・マジシャン能力は」

 覚醒能力もそれなりに有用なモノであれば、自他どちらともなくいつのまにやら通称つく事が多い。


 デフラの覚醒能力はRANK:5、通称 “ ウィンド・マジシャン ”

 効果は、自らが起こした風を、火・水・電気に変化させる事が出来るというもの。


 変化は長く続かず数秒で元の風に戻り飛散してしまうが、魔力を一切使わずに3属性の攻撃が可能な上、風という不定形なものが変化するがために変化後の形状・範囲は極めて読みずらい。

 しかも風の強さに依存することなく、変化後は一定の有効強度を保持しているため、敵との間合いに関係なく常に効果的な攻撃を可能としていた。最悪、息を吹くだけでも十分な攻撃に変えられる。


「近くても遠くても攻撃できる……確かにいい能力だな。羨ましったらありゃしない……ねッ!」

 リッドは果敢に突撃する。どの道、剣と盾のスタイルでは接近戦に持ち込まなければ勝利しえない。


「!! …ふーーーーぅ!!!」


 シャバァアッ!!


「ぅっ、目が!?」

 強く吹き付けられた息が途中で水流へと変わる。リッドの顔面を打って飛散した水は、再び風へと変わって消えた。だがその一瞬で十分。


「迂闊だなっ、リッド!」


 ドフッ!!


「ぐっ…ぁっ。 …痛…ェ……。はぁ、はぁ…」

 腕に自信がないとはいえ、得物は大きく重い。ただ振うだけでもその重量から相応の一撃となる。

 リッドの腹部に入ったダメージは結構なものだったらしく、両脚がガクンガクンと不安定に揺らいだ。


「これも勝負だ、悪く思わないでくれよっ!!」


 ビュオォオオッ……バチチチチッッ!!


 仰いだ風が、今度はスパークする電撃と化して広がる。

 リッドはそれをよけようとはする。だがヨロヨロと力の入らない脚のせいでスリップし、その場に仰向けで倒れた。

「…っ! しまっ、…………た?」


 だが不思議な事に電撃はリッドの身を打たなかった。倒れた体勢から上を見上げれば、既に電気のスパークはどこにも見当たらない。発生からほんの2秒ほどのうちに消えていた。


「(もしかして…変えた属性によって持続時間が違うのか?)」

 リッドは脚に力が入らないのならと、全身で転がって一端相手から遠ざかった。なんとか急いで身構えようとしつつ、相手の様子を伺う。

 だがデフラは追撃してこない。呼吸を整えることに集中している。


「(強い覚醒能力はそれだけで便利だし効果的だ、けどリスクも背負う。…デフラの奴は呼吸が乱れやすいのか)」

 だが、それを隙と捉えるには厳しかった。今のリッドもデフラ同様、大きく呼吸を乱し、両肩を上下させている。強襲するための十分な瞬発力を生み出せるだけの力が脚に入らない。


「(10分がこんなに長いなんて思わなかったな)」

 予選の制限時間の短さが、いかに楽なルールであったのかを思い知らされる。相手が相応の戦意と実力を有しているという事もあって、大きく体力と気力を奪われての連戦はかなり辛く、全身が重い。

 自分にこんなにもスタミナがなかったけっかと驚くほど、リッドの消耗は著しかった。


 ・


 ・


 ・



「いけませんね、これ。想定外ですー」

 口調とは裏腹に、スィルカの表情には緊張の色が浮かぶ。

 先鋒戦での意外な苦戦は相手の作戦あってこそ。だがチーム・リッドの方はというと、今回の試合に際してこれといった作戦を立ててはいなかった。


 勝てるだけの地力を持っているのが、リッドとスィルカの二人だけゆえに、二人が頑張って戦い、連戦で敵の大将まで突っ走り、他3人はその補佐的に戦うという今までの基本姿勢、そのままだ。


 だが、本選出場チームはさすがに個々の戦術面だけで勝敗を考えず、チームとしての戦略も踏まえてくる。

 そういった部分を無意識のうちに軽視してしまっていた事を、スィルカは悔やんだ。


「し、シオウ先輩はまだ来ないんでしょうか??」

 ノヴィンはもう弱気だ。チームの2本柱であるリッドの苦戦は、そのままチーム敗退の可能性を意識させられる。


「アナウンスより20分は経っているはずなのですけれど……お着替えの最中でしょうか??」

 ミュースィルは呑気な事を言っているがこのチームの大将は彼女である。

 万が一スィルカも負けた場合、勝敗の行方はますますもってその両肩にかかる事になるのだが、まるで緊張感はなくいつも通りだ。


「とにかくリッド先輩はもう限界です。勝っても負けても連戦は無理や思いますから、えーとえーと…と、とにかくノヴィンさんは、自分のペースとリズムを維持して練習通りに…その後はウチが頑張りますよって」

 つまり、作戦は何もない。ノヴィンにしろスィルカにしろ、予選と同じように戦うしかなかった。

 ミュースィルもスィルカも頭は良い。

 だがこういった戦いごとで的確な判断や指示を出せるだけの知識や経験は持ち合わせてはいない。月並みに自分のベストを尽くしましょう程度の事しか言えなかった。


 ・


 ・


 ・


「(ヤバイな。みんな浮足立っちまってる……シオウのやつがいないとやっぱダメだな俺達のチームは)」


 いなくて初めてわかる、そのありがたみ。


 確かに直接的な戦力としては期待は出来ない。元よりやる気はないし、勝利への執着心も意欲もないだろう。

 だが、どんな状況下でも慌てたりしないマイペースな人間は、いるだけでちょっとした緊張や不安を消してくれる存在となる。

 加えて真剣味の足りなかった、チームとしての・・・・・・・戦い方も、観察と分析力に長けたシオウがいれば、まるで違っていたはずだ。


「(この試合もこんな苦戦せずに済んだかもな…。ハハッ、後悔先に立たず、後ろ向きなんて俺らしくないっ)」

 幸い、相手の覚醒能力による攻撃にも少しは慣れてきた。風が変化するタイミングや広がり方、相手の呼吸の乱れと使用頻度……

 頭より身体で覚えるタイプであるリッドは、制限時間も半分を過ぎた頃、ようやく勝利への光明を見出しつつあった。



「…とにかくっ、ここで勝っておかなきゃあなっ!!!」

 相手の呼吸の乱れが生じるタイミングを狙い、一気に間合いを詰める。


 全身のあちこちが焦げたり逆立ったり濡れたりしている状態だが、戦えなくなるほどのダメージには至っていない。

 しばし防戦に徹したおかげで腹部の痛みも和らぎ、100%とまではいかなくとも十分動ける。

 あとは残りの全力を投じて反撃に出るしかない。


「! 狙ってきたか? けど、甘いぞっ」

 単純に火や電気を発生させる能力は、低いRANKの覚醒能力に割と多い。

 そんな中でデフラのウィンド・マジシャン能力がRANK5と高めに評されている理由は、風を3属性に変化させるその効果……によるものではない。


 “ 風の強さに依存せず・・・・・・・に、変化後の有効強度は一定を保持させられる ” という点である。


 つまりは――――


 フワッ……ゴォオオッ!!!!

 


「ぐあっゃっぁつッ!! まだこんな火力が出せるのかっ…?!」

「風を起こせさえすれば発する効力は最低限以上だっ。はぁはぁ、僅かなでいいのさ、それで相応に強い火も水も電気も生み出せるっ!」

 さすがに息が乱れてる状態での接近戦は不利と思ったのか、デフラは慌てて近づいてきたリッドを迎撃する。


 デフラにしても戦闘時間が長引けば、大型の武器を振るうその腕は鈍くなり、呼吸の乱れと整えるのを繰り返したせいで、ダメージ自体は少なくとも疲労は蓄積している。そのうち整えきれなくなる時がくるだろう。

 呼吸が乱れっぱなしになれば動きの全てに影響が出る。身体のパフォーマンスは落ち、辛うじて防ぎ続けたリッドの攻撃にも対応しきれなくなるに違いない。


 だが、それ以上にリッドには気づいた事があった。


「(僅かなでいい? ……なら、今までもっと起こす風を抑えれば呼吸も安定して長期戦も余裕だったんじゃあないのか?)」

 覚醒能力を試合にて攻撃手段として利用する――――なら大会までに色々試したり練習を重ねたりしてきているはずだ。


 にも関わらずデフラは風を起こす際、それなりに強い風を起こし続けてきた。吐息にしろ武器で仰ぐにしろ。

 必要以上の風を起こすのは彼の覚醒能力のリスクを考えると効率が悪いはずなのに。


「はぁ、はぁ、はぁ…真正面から火を浴びたせいで顔に火傷できちまったぞ…どうしてくれるんだ?」

「ふぅ、ふぅ、はぁ、はぁ…は、はは、そっちの方がカッコイイんじゃあないか? ワイルドな感じになったぞ?」

 友人関係ゆえに軽口の応酬にはギスギスしたものを含まない。互いに、息を整える軽い時間稼ぎという思惑が見え隠れする。


 加えてリッドは考える時間を得た。

 戦闘思考というものは僅か1秒とて多くを思考する事が出来る。相手の覚醒能力の突く隙を見出すべくその僅かな時間の思考で、彼は自身の勝機を見つけ出す。


「……よし、いくか」

「! ……勝負をつける気か? はぁ、はぁ…なら今度こそ丸焼きにしてそこらに転がしてやろうっ!」

 その言葉から、炎が一番自信があるらしい事がうかがえる。事実デフラは、一番多く使ってきたのが炎への変化だった。


 なぜ三属性でそれぞれ使用率が違うのか? 通常はより効果的な属性を多用するのは当然だが、リッドに対して炎が特別有効だったというほどの事もなかったというのに。


「(こっちが思っている以上にあの覚醒能力は不安定。でなけりゃ変わらない、そう自分で起こした風・・・・・・・・でなけりゃ…)」

 導き出した答えから、リッドは攻め方を決める。


 そして身体の中のバネを限界まで押し込むように力を溜めてから、闘技場の床を蹴って、飛び出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る