紅凰の学園戦活

ろーくん

序章:流れる赤と白

序章1 赤髪の少年



―――――ルクシャード皇国首都の街角。



「おーい、リッドー。今日もかよー!?」

「ワリぃなッ、もう時間あんまないんで勉強詰めなんだ、んじゃ!」

 12~15歳ほどとおぼしき少年の一団から、一人が抜け出した。




 深く落ち着いた色味の赤髪は、お世辞にも整っているとは言えないボサボサ頭だ。しかし見栄えが悪いわけではなく、彼の持つ快活な雰囲気や態度によく合っている。


 表情は明るく、いかにも細かい事を気にしないヤンチャそうな顔立ちは、ある種のカッコよさを内包していた。軽薄さはなく、相応に経験を積みながら年齢を重ねたならば、立派な男になれるであろう潜在的な才能を、彼を見守る大人達に感じさせる。



「よーし、こっちのが近道だ。…よっと!」

 身軽―――小柄というわけではない年齢相応の体格でありながら、身体全体で軽やかに跳躍する。

 壁を越えて他人の家の庭を横切る大胆さと、迷いなき決断力。

 口元に笑みを称えたまま疾走する姿は堂々としていて、罪悪感というものをこれっぽっちも感じていない。


「コルゥァァァ!! またお前かリッドー!!! いい加減にしねぇと、またヘルニキスさんに言いつけるぞっ」

「ワリぃー、急いでんだ。通るくらいでカタい事言わねーでくれよー」

 家主に叱られようとも悪びれず、足も止めない。それどころか一段と加速して抜ける先、左右に家屋が連なる広い路地へと勢いよく飛び出した。


 タンッ


 着地の際に硬い石畳みが小気味の良い音を立てる。首都の中はいずこも整備されていて、足の裏に返る感覚も心地いい。

 とはいえ、中央から遠ざかるほど整備の頻度は下がり、風雨によって削られていびつになった石板タイルも多く見られた。幅の広い街路みちになるほど、それがより顕著に目立つ。




 ヒヒィイインッ!!


「おおっとと! おい、リッド!! 急に飛び出してくんな、危ねぇだろうがっ!」

 急ブレーキのせいで馬蹄や車輪が古い石畳みの道にまた新たな傷をつけた。


「ゴメンよー、急いでたんだ。勘弁なー」

 その場で軽やかに足踏みしながらとどまっていたかと思えば、少年はすぐにも駆けだした。

 馬車の御者は、憤りつつもやがて諦めの意を含むため息をつく。


「すみません、急停止してしまいまして……。大丈夫でしたかお客さん?」

『こちらは問題ありません。何事でしょうか?』

 客車から漏れ聞こえてくる声は、穏やかで品がある。どこぞの貴族か金持ちか。 


 しかし御者は客の身元を詮索する事はない。

 専用でなくこんな街馬車を利用するのには内密の移動をするためのワケがあると、長年の職務経験で察し、余計なことは決して言わない。



「近所の悪ガキが飛び出してきまして……申し訳ありません、すぐ出します」

『お願いします』

 御者はホッと安堵する。中には憤りを自分にぶつけてくるような横暴な客もいる中、どうやら今回の客はこちらに理解のある方らしい。

 それが分かっただけでも不幸中の幸い。よほどのヘマでもしなければ自分が咎められる事はないだろう。


 リッドにはヒヤッとさせられたが、おかげで客の気性が判明し、余計な肩の力が抜ける。

 御者は安堵しながら手綱を掴みなおし、馬車を再出発させた。








――――――ルクシャード皇国、プエニクス神殿。


 首都中心部より離れた郊外の丘に建つ、大理石造りの古く小さな神殿。


 入り口前階段の左右の柱にまつっている不死鳥の刻印が刻まれ、その前には同じモチーフの彫像が鎮座ちんざしている。

 床や柱は変色しており、いかにも古びている。軽くヒビが走っている箇所もあれば、ツタが伸びて巻き付いている柱すらある。

 小さくともその歴史は古く、長い時を経ている雰囲気が随所にかもし出されていた。



アマツに宿りし大いなる神の御遣みつかいたる不死鳥よ、我らが歩む生に幸あらんとここに祈りたてまつり、願わくば……」

 静謐せいひつな空間の中、天井より光差す燭台を前にして、初老の男性が祈りの言葉を唱えるように発している。

 その後ろには20人程度の人々が黙々とと祈りを捧げていた。そんなところへ……



「たっだいまー!! じっさま!」


 少年の声がこだました途端、あちこちでクスクスと笑い声がこぼれた。静かで神々こうごうしい雰囲気は、一瞬でどこかへと追いやられてしまう。


「っぬぐっ…、リッド! 祈りの時間に帰りよる時はあれほど静かにせいといつもいつも言うとろうが!!」

「へへ、ゴメンゴメン。んじゃオレ、勉強あっから説教はまた今度ということでっ」

「こりゃ、待たんか!! ……ったく」

 あっという間に神殿右手奥の勝手口より住居の方へと走り去る彼の背を見ながら、司祭は深いため息をついた。






「あの赤毛のリッド坊が立派になったじゃあないか、ヘルニキスさんよ」


 祈りが終わって人々が帰路につき始めた時、一人の壮年男性が司祭に気さくに話しかける。司祭と比べて10は年下とはいえ、互いに相応の大人同士……近所付き合いの一環たる雑談のはじまりだ。


「立派というか、元気が有り余っておるだけというか」

「いいことじゃあないか。男の子は元気が一番だろう」

 それは一理ある。

 だが聖職者としては、もう少し落ち着いていて道徳心に満ちた知性的な子に育ってほしかったという願望も捨てきれない。


「いや……そうじゃな。それが一番なのやもしれんか」

 親のワガママは子を潰してしまう。

 子とは親の分身ではない。血のつながりがあろうがなかろうが関係なく、子とは独立した一つの、意志ある生命なのだから。



「しかし意外だ。あの・・リッドの悪ガキが “ 学園 ” に通おうとしてるなんて、まだ信じられん」

 司祭もそれには同意する。どちらかといえばイタズラっ子のガキ大将として、小さい頃から近所では有名だった。

 少なくとも5年前頃は、勉強させようとしてもすぐに投げ出してしまい、学ぶ意欲は皆無。無論、自分から勉学に励む事などない子供だった。


 それが一体どういった心境の変化か? 去年あたりから急に勉強をするようになった。それも自発的に。


「ワシとて信じられんよ。じゃが良い変化と喜んでよかろうのう。なぜ急に “ 学園に通いたい ” などと言い出したのかはわからんが、学ぶ意欲が芽生えてくれた事は幸いじゃて」

「ま、あの悪ガキが真面目になってくれるっつーなら、ウチらにしたってありがたいわな。……ただまぁなんかこう、それはそれで張り合いに欠けるというか、少しばかり寂しくもあるというか」

 なるほど、手のかかる子ほど可愛いという。司祭は妙に得心してしまった。




 代々にわたり、皇国よりこのプエニクス神殿を任されてきた専任司祭たるヘルニキス家。

 彼―――ルーヴック=ヘルニキスはその当代である。


 だがプエニクス神殿はあまりに古く、いかに首都にあるとはいえ郊外に位置していては信仰離れも顕著けんちょ

 徐々に廃れつつある中、父の苦労を見てきたルーヴックはなんとか隆盛をと、この歳まで頑張ってきた。


 それが故に若い頃はガムシャラに己が道を歩み過ぎて、結婚はしていたものの家を大事にしなかったがために、気づけば妻なき独り身へと逆戻りしていた不甲斐なき自分。

 努力も実らず、神殿に訪れる者も年々減ってゆくばかり。いまでは訪れる若者は最年少者ですら40代という有様だ。



 そんな彼の元にある日、赤髪の少年は預けられた。


 本名すら周囲に明かせぬ事情を抱えたワケありの赤子を受け取ったのは、もう15年も前の事だったかとルーヴック司祭は懐かしみ、そのしわがれたまぶたを細める。


 その出自―――本来の身の上を考えたなら、いついかなる時にお迎えがやってきたととしても恥ずかしくない、立派な人間に育てなくては。

 そう思ってルーヴックは、リッド=ヨデックと名付けた彼に、熱心な教育を施そうとした。



 ……が、親の心子知らずとはよく言ったもの。


 子供とは親の操り人形でもなければ主の命を忠実に聞く下僕でもない。

 ルーヴックの思いと努力をことごとく蹴散らしてくれては、散々に頭を抱えさせられ続けた15年。


 いざヤンチャがなりを潜めはじめた最近、楽になると喜んでいいはずなのに、何かモヤモヤと心を焦がすような気持ちが芽生えてくる。

 その正体が、寂しい である事を理解しつつも、司祭ルーヴックは晴れやかな心持ちで崇拝の偶像たる不死鳥の巨像を見上げた。



「じっさまー! ワリぃ、勢いあまってドア外しちまった。直せねーんで横置いとくなー」

「ぶっ! ……こりゃ、リッドー!!!」

 怒声をあげつつも、まだまだ面倒をみてやらなければいかんという気持ちが、なぜか嬉しく思う。

 すぐ近くでクックックと笑っている近隣の住人たちも、おそらくは同じような気持ちを抱いているだろう。


 誰一人としてオイタをするリッドに悪意ある視線を向ける事はなく、ただ微笑んで、司祭と赤毛の少年のやり取りを見守っていた。



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