第1章2 元・悪戯小僧の成績
――――――ルクシャード皇国。皇立学園、自修棟。
1階層30部屋からなる8階建ての建造物で、1Fから8Fまで様々な科目に対応した設備を有した学生が自発的な修練や学習を行う施設。生徒なら誰でも利用できる。
1Fは戦技練習場。武器術や格闘技、魔法などの自主練習する場。
天井・壁・床すべてが設計上、フロアを埋め尽くすほどの大爆発の破壊力にも耐えられるほど頑丈な作りになってるけど、一定以上の攻撃性を持った魔法や技、武具の使用は厳禁。
なので、ほとんどの生徒はウォーミングアップや基礎トレーニング目的で利用してる。
そして2Fはその戦技練習場の利用者専用更衣および休憩場だ。
3Fは1F/2Fとは別入り口となっていて、専用階段か別棟からの連絡橋からしか入れず、ありふれた学術書が揃えられている自習室。
学園外にある図書館に似てるものの規模はかなり抑えられていて、置かれてる本も学園での学業に直接関わるものしかない。
前にシオウが、1ヵ月で全部読み終えたって言ってた。……200冊は楽に収まりそうな大棚が1列5台で8列は並んでいるってのに。
その3Fから上がってくる4Fは、多目的研究のための個室が並んでる。研究室といっても各部屋に何かしらの器具や道具の類が置かれてるでもないし、個室内は結構狭い。
部屋ごとに利用主が決まってるでもなく、小規模な実験など一時的に用いる。3Fが学術的な自習用で4Fは実験的な自習用、という感じだ。
特に、将来的には研究者や学者を志望してる学生が大抵2、3人は常駐している。
5Fは一転して何もない。展望と休息のフロアだ。
これは次のフロアで発生する影響を、下のフロアへ伝えないための造りとして、あえて何もないフロアにしてるらしい。
そんな問題の6Fは、本格的な研究設備を備えた個人割り当ての研究専門階層。
たまに爆発を起こして、窓から煙を噴いてる部屋があるほど、物騒な場所として学園内でも有名だ。
特に成績および実績を認められた研究熱心な生徒に専用個室が割り当てられ、その他多くの生徒には関係なく、近づく事もないフロアでもある。
7Fは物資貯蔵庫。6Fの研究個室と直でつながってる。なのでここも一般生徒には用のない階層だ。
そして最上階の8F。
ここは “ 深学所 ” という、少し特殊な自修用の階層。主に成績芳しくない生徒が詰めていて、それぞれの不得意な科目について自習する、という場所なんだが……
オレは今、その深学所で頭を抱えていた。
「うーん、うーん……この魔力計算…複雑過ぎるっ」
中の下で、普段の成績が特別悪いわけじゃない。入学試験に向けた猛勉強のおかげもあって勉強するクセもついてる。
それでも苦手な分野というものは誰にでもあるもんだ。オレにとってのそれは、複雑な計算問題の類。
頭が痛い。もう投げ出したい。
けどこの深学所は一度入室したら最後、自分の課題を提出し、合格を貰わなければ出られない特殊な魔法がかかっている。
その合否を判定するのは別名 “ 自修棟の主 ” こと、グルーク先生だ。彼から合格を貰えなきゃ、下校限界時間が来るまで悩み続けるハメになる。
「修学にあたり、参考書物が必要な生徒は都度申し出るように。…ここのところ、間違ってますよ、やり直し。……よろしい。君は正解している、出てゆきなさい」
複数の生徒が自分の課題を持って行ったり来たりしているその教壇の中央で、常に閉じてるような細目の中年男性が、提出されてくるまったく異なる内容の課題を相手に、完璧に捌き切っていた。
「うー、やっぱシオウに教えてもらえばよかったなー、ぜんっぜんわかんねぇ……」
ちなみにシオウの奴は、グルーク先生からここへの出禁をくらっている。
アイツがあまりにも劣等生まっしぐらで目に余った教師が入学2カ月目くらいの頃に、本来なら自発的に来るこの場所へ半ば強制で呼びつけて補講させ、少しでも成績を伸ばさせようとしたのだ。
ところがシオウの奴はというと、ものの数分でどんな課題もこなしてしまう。あまり感情の起伏が激しくない、至極落ち着いた性格のグルーク先生が、天を仰いで顔を覆うほど呆れかえりながら、君はもうここに来なくていいと言ったとか。
「(アイツの場合、頭悪いとかじゃないからな……やる気がないってだけだし)」
もしやる気になれば学年主席1、2位を争うかもしれない、が……
「(やる気のあるシオウとか……ぶっ、気持ち悪っ! うん、あいつは怠けてるぐらいでちょうどいいな)」
成績トップのエリートチックなシオウを想像して、思わず吹きそうになるのを堪えた。
ここは個室でもなければ衝立で区切られているわけでもない。隣には別の生徒が真面目な顔で自分の課題に取り組んでいるので、迷惑になる事はしちゃあいけない。
慌てて頭の中の想像を、いつもの場所で本読んでる姿にポンッと切り替えた。
「(さて、現実逃避はこんくらいにしとかねーと……)」
一呼吸整えてから机の上の用紙と向き合う。
オレの今回の課題は、“ 魔導学 ” の計算問題だ。
―――――魔導学。
それは魔法の力を道具として用いる “ 魔導具 ” に関する学問全般を意味する。
学園で学ぶ科目全体で見ると、かなりマイナーな部類。
それは、魔導具が初めて世の中に登場してからおよそ数千年が経過する今ですら、当時と比べて進歩がほとんどなく、技術進化が完全に頭打ち状態になったと言われるようになって長いからだ。
最後の画期的な出来事はおよそ800年前。最先端の魔導具として “ 魔導銃 ” が誕生した。
その頃は、それまでの遠距離の主たる武器である弓矢にとってかわるとまで言われたらしい。
では現在どうなっているかというと、やはりロングレンジ武器の主役は弓のまま。
その理由は “ 魔導銃 ” が期待ほどの武器ではなかったためだ。
魔導具全般に共通する事だけど魔力の才が関係する以上、用いるのにある程度人を選ぶ。それに、魔力さえあれば弾に限りはないものの、直線的な攻撃しかできないため、弓矢と比べて柔軟性に欠けてしまいとれる戦術の幅に乏しい。
しかも弓と矢30本を入れた矢筒すべての重量よりも魔導銃の方が遥かに重く、戦場で素早く用いるのが困難で、魔導銃を装備した兵士は機動力で弓兵にどうしても劣ってしまう――――――……などなどなどなど。
短所が多くて顕著だった上に、その短所を克服するどころか和らげる事すら、この800年間、ほとんど実現されてない。
これは “ 魔導銃 ” に限った話じゃなく、魔導具全般において見られる事。あまりの進歩のなさが、魔導学という科目のマイナー化に繋がってる。
「(実際、“ 魔導銃 ” なんて今は個人の武装としちゃ笑われる部類だもんな)」
それでも学ぶ科目として存在してるのは、いつか進歩する時が来ると思われているのか、あるいは魔法の原理を学ぶのに魔法学と関連付けやすいからなのか。
学修分量でいえばほんの数か月で全学修過程が終わりそうなほど薄い教本。でもその中身は詰めに詰め込まれてる。
魔導具の歴史や誕生の経緯、魔力の変換係数を絡めた複雑な算術、魔法と魔導の違い……などなど密度は濃く、内容は幅広い。
しかもマイナーな科目だけあって、他のメジャーな科目ばかりに気を取られてしまいがちな生徒には、後々こうして重くのしかかるのは他のヤツも同じらしい。
魔導学で苦しんでるのはオレだけじゃないようで、魔導学の参考書物片手にウーウー唸っている奴は他にもいた。
・
・
・
「よろしいリッド君、時間も時間ですので、途中の計算ミスは目を瞑りましょう。合格とします」
「はぁ~…お、終わった…」
「苦戦したようですね? 他はよく出来ていますが……計算は苦手ですか?」
「まー、そうですね。数字って見てると頭痛くなってくるんですよ」
考えてみれば、悪ガキだった頃は街中を走りまわって地理や社会といった事をなんとなくでも自然に学んでいたような気がする。
「(歴史にしたって、古い建造物や偉人について疑問に思ったら、すぐじっさまに質問してたもんなー……計算問題はオレの天敵だ、ガク)」
頭使い過ぎて疲労感がハンパない。
今だって深学所の利用限界時間に助けられたようなものだ。グルーク先生が厳しい人でなくてよかった。
「終わったのか、課題?」
灰色の薄コケた味気ないレンガの階段を降りて3Fに着くと、見慣れた同級生が声をかけてきた。
「シオウ! ……なんだ、もしかしてオレを迎えに来てくれたのか?」
「いや、ここから借りてた本を返しに来たらちょうど
「ここの本は1年の始めん頃に全部読み終えたって言ってたろ?」
正直、ニヤニヤしてしまいそうになるのを堪える。
なんだかんだでシオウの奴は、優しいというか世話好きというか面倒見がいいというか……。仲間や友人を心配して放っておけない、しかしそれを表に出さないタイプだ。
「本は何度も読めるからいい。読み終わったらその本はもう読むなと?」
「ハハハ、そうくるかー。ま、そういう事にしといてやんよ」
「……」
相変わらず表情は気だるげながら、ほんの僅かだけ不機嫌そうになる。この1年でようやくコイツの顔の、微かな変化を捉えられるようになった。
「(しっかし、ホントに女子だよなぁ、こうやって見ると。未だに女子だと思い込んでる奴、絶対いるだろーなー)」
隣だって歩く友人は、小柄で手入れ不足ながら長い髪という事もあって、遠目には完璧に女子にしか見えない。
こうしてすぐ近くにいても、たまに男子である事を疑いたくなる時があるくらいだ。
「(中性的な容姿、って奴とはまた違うよなー。うーん、女子っていうか下手すると女児って言われても通じそうだ)」
コイツなら
「課題の方は上手くできたのか? って聞いたんだが……大丈夫かリッド?」
「あ、ああ…ちょっと疲れちまってるかも。悪ぃ、聞き逃してたわ。あー、課題ね、課題? まぁまぁ…ってトコだな、一応グルーク先生からは合格もらったぜ」
「そうか、頑張れよ。って “ 劣等生 ” から言われたくはないか」
「お、嫌味か? オレはやればできるからってか、この~っ」
もちろん本気では怒らない。憤るようにしながらも笑う。
シオウの長い髪の毛の一部を両手でそれぞれ掴み上げ、縄をバタバタさせるように揺らしたり、後ろで蝶結びにしたりしてジャレつく。
そんなオレを、もう慣れたとばかりにスルー気味で前を歩いてくシオウ。
元・
・
・
・
「いっけね。もうこんな時間だったのか」
自修棟から出てくると、既に
「時間、気付いてなかったのか? 深学所の生徒以外、どのフロアにも誰も残ってなかっただろうに」
「早いとこ戻らないとまたウルラ
「主に、お前がな」
そう、なぜかシオウには怒らないから理不尽だ。
宿舎は一般入学者を募り出してから建てられた比較的新しい建物。
元からあった学生寮の寮母だったからなのか、なぜそこの責任者がじっさまの親戚のウルラ叔母さんなのかは不思議だが、昔からの知り合いのオレには容赦ない。
「ホントだよくっそー、世の中理不尽だ!」
沈む陽の光と競争するように、宿舎へと駆けていく。
だが残念ながら太陽さんが落ちる方が早く、オレはやはりというかもはや決まっている宿命だとばかりに、ウルラ叔母さんに叱られた。
一方でシオウは、(すっかり忘れてたが)オレが悪戯で後頭部に一部髪を持ってきて編んだ髪型が可愛いと宿舎の女子連中に見つかってしまい、しばらく髪型をいじられるオモチャとして遊ばれていた。
けどその間もアイツは無関心(もしくは諦めた?)そうに、素直に弄ばれる道を選んで解放されるまで大人しくぼんやりとしていた。
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