*勝者は

「隼人!」

 チノパンは必死に駆けて十字路で隼人たちと合流した。

「お前も、まだ、追いかけられてんのか」

 息を切らせて応える隼人の後ろに残りの仲間も集まっていた。彼らも体力の限界なのか目はうつろで、ある種の危険な香りがしている。

 それでも追ってくる男たちの足は止まらない。フラフラになりながらも四人はとにかく足を動かし、小さな公園に誘導されるようになだれ込んだ。

「もう、だめ」

 限界が来て、どうにでもなれとへたり込む。男たちは荒い息に肩を上下させ四人を取り囲むように見下ろした。

 もう観念するしかない──四人はきつく瞼を閉じる。

「はーい。終了で~す」

 迫り来る男たちの背後から明るい声が響き、モーゼの如く左右に人が別れていく。そこには、健と匠が立っていた。

「お、お前ら」

 震える手で指を差す隼人に匠は上品な笑みを見せた。

 そして周囲の男たちに振り向き、

「どなたの誘導が最も優秀でしたか?」

 匠の問いかけに男衆は数秒ほど考えて一人を示した。

「きゃっほぅ! 俺、いちばーん!」

 二十代後半と思われる青年が歓喜に両手を挙げた。鮮魚店の青年だ。サバイバルゲームをやっているだけあって、誘導には多少の自信があったようだ。

「それでは皆さん、ありがとうございました。商品はあとでお渡しします。これで解散してください」

「はーい、撤収だよ~! また遊ぼうね~」

 健の言葉に男たちは一つの不満も見せず、一斉に引き上げていった。

「は?」

「なんだ?」

 あれほど執拗に鬼の形相で追いかけていた連中の、まるで蜘蛛の子を散らすようにあっさりとした引きはなんなんだと四人は呆然とした。

「お疲れ様です」

 しれっと応える匠に隼人はわなわなと握った拳を震わせる。

「全部、てめぇの仕業だったのか」

 どれだけ怖かったと思ってるんだ。もう許せねえ──

「お腹は空いていませんか?」

「へ……?」

 まるで何事もなかったかのように訊ねられ、隼人はカクンと肩を落とした。

「あちらにベンチがあります」

 促され、隼人たちもそれを追いかけるように立ち上がった。

 確かに疲れていた。あんなに走ったのは、いつ振りだろうか。

 ベンチに腰掛けると、疲れが一気に押し寄せて匠と健に殴りかかる気力も失せてしまった。

「まずは飲み物を」

「ほい」

 匠の指示で健は持っていたバッグからスポーツドリンクを取り出す。隼人はそれを、半ば奪い気味に受け取って一気に流し込んだ。

「はあ~」

 体が潤っていく至福の瞬間に顔だけでなく全身の筋肉が緩む。乾いていた地面が雨によって生命を宿すように、体内の端々に水分が染み渡る。

 四人がひと息ついた所で、健がバッグから取り出したものは──

「あ? なんだこれ」

「あなた方の賞品です」

 匠は、いぶかしげに受け取る隼人たちに無表情に答えた。

「賞品?」

 チノパンは差し出された四角い箱を見下ろす。どうやらこれは弁当のようだ。

「オニ役、ゴクローさんです」

 健がビシッ! と敬礼し、それに四人はようやくこの恐怖の時間がなんだったのかを知った。

「オニ。俺たちは、鬼ごっこの鬼だったのかよ」

 怒りがこみ上げてくるが、手にした折り詰め弁当に生唾を飲み込む。

 透明プラスチックのフタから見える中身は、いかにも美味そうに並べられていて、ずっと走りっぱなしでクタクタの隼人たちは弁当から目が離せない。

「遠慮無くどうぞ」

「すっごく美味しいよ~」

 四人は顔を見合わせ、それぞれに箸をつけた。

「……美味い」

 煮染めの椎茸からじゅわっと染み出る汁はかつおと昆布の出汁だろうか、お袋の味なんて考えた事もないが、疲れているせいかなんだか母親を思い出す。

「良かった」

 微笑む匠に女だったら惚れていた所だ。

「良い天気ですね」

 そう言って空を仰ぐ匠につられて、隼人たちも視線を上げた。雲一つ無い空は、澄み渡る青と言ってもいいくらいに晴天だ。涙も染みるかもしれない。

「ふ、ふざけんな!」

 隼人は声を荒げて弁当の蓋を開け、丁寧に詰められている料理を貪る。せめてもの反抗なのかもしれないが、食べながらではまるで怖さは感じられない。

 匠はその様子を眺め、おもむろにポケットから黒いかたまりを取り出して無言で隼人に突きつけた。

「──ヒッ!?」

 迷彩ジャケットがビクリと体を強ばらせ、隼人は声もなくそれを凝視する。どう譲ってもそれは拳銃だ。

 本物なはずがないと解ってはいても膝が小刻みに震える。この至近距離では、ヘタをすればBB弾だってやばい。

「日本は平和です」

 ニコリと笑ってその引鉄ひきがねをしぼった。

「くっ!?」

 撃たれる!? 隼人はどうする事も出来ずに閉じた瞼に力を込める。しかし、向けられた銃口からとても軽い破裂音がして日本国旗が飛び出し隼人は呆然とした。

「はへ……?」

 風に揺れる国旗越しに匠を見つめる。少年の表情は何も表さず、ただ隼人を見下ろしていた。

 それは隼人の目に、冷たくも優しくも映る。

「街中でモデルガンを突きだして取材しても、何も起こらない国なんて、ほとんどありません」

 薄く形の良い唇がささやくように言葉を紡いだ。

「へ?」

 ああ、そういえばこないだのバラエティ番組でオモチャの拳銃を持ってどこかの商店街を歩いていた芸人がいたな。

 そんな事を思い起こし日本国旗を見やった。

「それが、どうしたって言うんだ」

 それと鬼ごっこと何の関係があるんだと匠を睨み付ける。まさか、本当にこいつらが住民を扇動していたのかと思うと驚きだ。

「あなたは、今の仕事をするために上京したのですか?」

 低く発せられた唐突な問いかけに隼人は喉を詰まらせる。

「バカ言え……。なんで、取り立て屋なんかしたいために東京まで来るかよ」

「では、カツアゲをするためでもないでしょう?」

「当り前だ──っ」

 隼人はカッとなって匠を睨みつけた。しかし、無表情で落ち着いた顔を見ると何故だか力が抜けていくようだった。

「……美味いな」

 隼人は何も言えなくなって弁当を見下ろし、ぼそりとつぶやいた。ヘトヘトに走って食べた弁当は、こんなにも美味かったのか。

「それ、匠の手作りなんだよ~」

 健が笑って言うと匠はまた綺麗に微笑んだ。

「対立し合う意味はありません。また、むやみに人を攻撃する理由も無いはずです」

 穏やかに、そして強い眼差しに四人は声もなく少年たちをじっと見上げていた。

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