*ターゲットチェイス
そんなこんなで数日が経った──この週の水曜日は祝日で、学園はもちろん休園である。そうとは知らない隼人たちは、匠の情報集めにいつもの三人と町中をうろついていた。
「いたぞ!」
「ん?」
声が聞こえて隼人が右を向くと、男たちがこちらに全速力で向かって来ていた。その形相はすさまじく、何かに飢えた目をしている。
「なんだ!?」
今まで感じた事の無い危険な空気に隼人たちは思わず駆け出す。
「待ちやがれ!」
「待つかぼけえー!」
訳も解らずに迫り来る緊張感から遠ざかろうと、必死に足を動かした。人数的に見ても隼人たちと同じくらいだ。
それならば、向かい合う事も出来るはずだろう。ましてや、外見から察するに喧嘩慣れしているような風体じゃない。そこら辺にいるただの一般人だ。
なのに、何故か勝てない気がした。完全に相手の気迫に
「いたぞ!」
「うわっ!?」
正面にいた男二人にも指を差されて思わず左に曲がる。
「ど、どういうことなんだ?」
「俺が知るかよ!」
チノパンを履いた男が走りながら問いかけるが、隼人にだって解らない。こんな謎めいた追いかけっこなんて冗談じゃない。
「こっちにいたぞ!」
「い゛!?」
追いかける集団がさらに仲間を呼んでいる。どんどん数が増えているのは気のせいじゃない。
「──っなんなんだよ」
隼人は後ろを一瞥して青ざめた。
ざっと数えても二十人はくだらない。体格はそれぞれだが、全員が猛スピードで追いかけてきている。
転げそうになりながらも走っていると、前方に十字路が見えて四人はそれぞれ別の道を選択した。
隼人とチノパンは右、腰パンと迷彩ジャケットは左。そして、残りの一人は正面の道にと別れた。これで、誰が狙われているのかハッキリする。
──かと思いきや、後ろの集団も分散した。
「だ、誰が目的なんだ!?」
予想を上回る結果に隼人は頭が混乱した。
追いかけてくる人間にも統一性が無い。十代の少年から、ヨボヨボの七十代と思われる老人までと様々だ。
しかもこの老人、いやに足が速い。周囲の若者と張り合えるほどの速さだ。皆、一様に飢えた肉食獣のようにギラつき、執拗に追いかけてくる。
「なんで、こんなっ──」
混乱している頭を整理しようとしても、整理する棚が見つからない状態である。今まで生きてきた中で一番の恐怖が隼人を襲っていた。
人間、本当に怖くなると自然と笑みがこぼれる。隼人の面持ちにもその笑みが浮かんでいた。
捕まりたくない、捕まったら何をされるか解らない。隼人は大して鍛えてもいない体にむち打って走り続けた。
なんで、追いかけてくる奴らは一人もへばってないんだよ!
「はあっ、はあ──」
三十分ほど追いかけ回されたが、なんとかまいたらしい。チノパンとは途中ではぐれてしまった。
大きく息を吐き出すと、胸ポケットに入れているスマートフォンがメールの着信を音で伝えた。
「お。祐介も逃げ切ったか」
迷彩ジャケットを来ている男は祐介というらしい。
とりあえず落ち着いた隼人は、周囲を見回して空き地から人通りのないアスファルトの道路を見やった。
「とにかく、頭を整理しよう」
スマートフォンを仕舞い、空き地の土管に姿を隠して思案を始めた。いまどき土管のある空き地も珍しいが、そんな事はいまの隼人にはどうでもいいことだ。
「なんだって俺は追われているんだ」
考えても解らない。解らないというのは、「ありすぎて絞れない」という意味だ。
「今まで色々とやって来たからなあ」
健のときには失敗したが、数え切れないほどのカツアゲをしてきている。借金の取り立ても時折だが酷いものがあった。
恐喝や知らない奴に喧嘩をふっかけたりと、誰に憎まれているのやら。
こうして振り返ってみると、つくづくロクなことをしてこなかったんだなと己の不甲斐なさにうなだれた。
「でも、これは意味がわかんねえ」
なんでこんな見覚えのない数十人に追いかけ回されなきゃならない。必死で逃げてはいたが顔は確認していた。誰一人として見覚えのある人間はいなかった。
「俺を恨んでいる奴が何か仕掛けたのか?」
あいつか? いや、あいつかも?
隼人は腕を組んで唸るが皆目、見当がつかない。そもそも、これだけの騒動を起こせる奴なんているのか。
そして何より、隼人にそこまでしてやろうと考える者はいない。
「ん?」
気がつくと、十歳くらいの少年が隼人をじっと見つめていた。あどけない瞳を見つめ返し眉を寄せる。
もちろん、隼人は子どもが嫌いだ。
「シッシッ。あっちいけ」
子犬を追い払うように手を振った。
しかし──
「ここにいたよー!」
「ぬおわ!?」
やべえ! こいつもそうなのか! こんなガキもそうなのか!?
「でかしたぞ!」
複数の足音と声が近づいてくる。隼人は慌てて土管から飛び出し、そばの塀を乗り越えた。
「こらあ! それは不法侵入だぞ!」
「知るかぼけえ!」
一人の男に足首を掴まれ、振り払おうともがく。そうして、なんとか塀を越え全速力で駆け出した。
「どうなってんだよ」
背筋に冷たいものが走る。俺の身に何が起こってるんだ。ともかく、何か考えていなければ落ち着かない。
「考えられることと言えば──」
みんながあれほどに「関わるな」と忠告してくれていた周防 匠の件だ。それ以外に最近では何も思い浮かばない。
いや、しかしだ。こんな事が出来る奴なのか? これはあれだぞ、ご近所さんどころの騒ぎじゃねえぞ。町ぐるみで協力しているくらいの規模だ。
さすがに、ここまでの力を持っているとは思えない。
「いたぞ!」
「見つかった!?」
隼人は考えるのを一端止めて命の限り走った。
捕まったらきっとただじゃ済まない。そんな恐怖が隼人の足を動かすのだった。
†††
「どう?」
健は匠のスマートフォンを覗き込む。
「いま二丁目あたりだね」
さして表情もなく応えた。
匠はデニム生地のパンツに前開きの長袖シャツと厚手のベスト。健はカーゴパンツにフライトジャケットという出で立ちで町内をゆっくり歩いていた。
「う~ん……。まだだね」
「遠いね」と匠。
「上手く誘導出来てるのかな?」
「さあ。私のシミュレートでは、あと三十分ほどはかかるけど」
「けっこう逃げ回るんだね」
健が感心するように明るく笑う。
「それはそうだろうね。彼らも、不安と恐怖でパニック状態だろうし」
「あ。あそこのコロッケ、美味しいんだよ」
「ほう」
健は大きめのスポーツバッグを抱え肉屋に駆け寄った。匠はそれに、のんびりと続く。
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