*インパクトネーム

 この学園は、第三土曜日は休日となっている。もちろん、匠たちは隼人の事を調べるために動き出した。

「鴨居 隼人だっけ? あいつ、どっか地方の元マルボウリーダーだ」

 匠の父である昭人は、料理の下準備をしながら調べた情報を息子に伝える。

「元暴走族のリーダー?」

 健が焼きそばを食べながら聞き返した。

「今は何を?」

 匠は親友の食べる様子を眺めつつ尋ねる。

「闇金の取り立て屋をしてるらしい」

 手渡された紙切れを受け取った匠は、書かれている文字を見つめて思案するように小さく唸った。

「どこかで見たね」

 この店名は駅の近くで目にした覚えがある。

「違法な取り立てを行っているようだ」

「なるほど」

 何かを含んだ笑みを浮かべた匠を、昭人も健も見ていない振りをした。


†††


 ──隼人は去年、尾世ヶ瀬学園を卒業した友人に匠の事を尋ねてみた。男は黄色のジャージ姿で鬱陶しそうに隼人たちを軽く睨みつける。

 しかし、

「周防──匠!?」

 出てきた名前に顔を歪め、何か恐ろしいものでも見るように震えながら後ずさりした。

「おい?」

 男の見た事もない動揺振りに隼人は眉を寄せる。

「おまえ、そいつに何かやったのか」

「何か……って。おい、落ち着けよ」

 明らかな友人の動揺ぶりに隼人も不安になる。ダメ元で尋ねた周防の名前を知っていたことにも多少の驚きはあったがしかし、この狼狽ぶりはなんだ。

「近寄るな!」

 それはもう、これ以上は殴られそうだと思うほどの迫力で目を血走らせている。

「あいつには関わるな!」

「あ、おい!?」

 こけつまろびつ遠ざかる男に手を伸ばす。しかし、あまりもの態度にそれ以上追う気にはなれなかった。

 隼人と三人は顔を見合わせる。

「なんだっていうんだ」

 舌打ちして歩き出す隼人のあとを三人は不安げについていく。

「もういいんじゃね? なんか、ヤバい気がしてきた」

「ビビんなよ! たかがガキの一人に」

「そうは言うけどよ」

 言われて怒鳴ったが、隼人も少し何かが変だとは気づき始めていた。

 今までのような余裕がこちらにはまるでない。こんなことをしている間にも、匠というガキはのほほんとしているに違いない。

 しかし、認める訳にはいかない。

 ケンカを売る前にこっちからビビるなんてことは、あってはならないのだ(すでに健には喧嘩を売って負けていることは省く)。


†††


 ──そうして隼人は、さきほどの男から聞けたわずかな情報をもとに次の相手を探し、周防 匠が住んでいる町に住む仲間を見つけた。

「周防 匠だって!?」

 隼人が暴走族時代の別のチームにいた男は、素っ頓狂な声を上げたあとに沈黙した。

「……悪いことは言わねぇ」

 隼人の肩にポンと手を置き、苦い表情で見つめる。

「そいつには関わるな」

「一体、あいつに何があるっていうんだよ」

 隼人の問いかけはもっともだ。周防 匠という人物像がまったくもって掴めない。

「オヤジは元自衛官で、今はバルトグラスって居酒屋を経営してる。正直、あそこ一帯を仕切ってるのは警察でもヤクザでもねぇ。そいつだ」

「なんだって?」

 そんなことがあるのか? いくら元自衛官だからって、現役でもないやつが仕切っているなんてことが──

「オヤジはすげえこええ奴だが、息子の匠はもっとこええ」

「何が怖いっていうんだ」

 むしろ、あの綺麗な顔ならオヤジへの因縁でどうにかされてそうなくらいじゃないか。

 いや、あいつのオヤジが誰かに因縁つけられているかどうかは知らないが、ある程度の範囲を仕切っているならそれは当然、あることだ。

「お前は何もわかっちゃいねえ。あいつは大がつくほどの天才なんだよ」

「それの何が怖いっていうんだ」

「いいか? あいつは天才で、馬鹿なんだ」

 念を押すように言われ、隼人は眉を寄せる。

「確信的なバカほど恐ろしいものは無い」

「はあ」

 そんな真剣な目で言われても。

「腕の強さもハンパねえ」

「あいつが?」

 体も大きい訳じゃないし、強面でもないのに強いと言われても半信半疑だ。

「奴の親友の健ってやつは、柔道や空手の地区大会でもいつも優勝候補なんだが、最終的なところは匠が教えてるらしい」

「は? じゃあ、あいつも有段者なのか?」

「いんや。あいつは何の段も持ってねぇ。オヤジの影響でマーシャルアーツが出来るらしいが」

「へ、へええ」

 ますます解らない。隼人の眉間のしわが深く刻まれていく。

「言ったろ。あいつは馬鹿なんだ。出世欲とか有名欲は無いが、自分が面白いと思ったことはとことんやりやがる」

「それのどこがバカなんだ」

「まだわかんねえのか」

 男が苛つき気味に舌打ちした。

 しかし隼人には男の言っている意味がさっぱり解らない。天才と言いつつ、実績は何一つない相手に、どうしてそこまで恐れるんだ。

「興味が俺たちとは違う方向に向いてんだよ。何をするのかまったく解んねえ。しかも、それをするだけの頭を持ってる」

 男は自分の頭を指差しながら説明した。

「なるほど」

 頭が良い分、悪巧みもすげえことになるのかと少し納得した。

「そんな奴を相手に出来るかっての」

 ただただ、痛い目を見るだけだ。

 男は直接、匠と相まみえた事はない。しかし、同じ自治区に住んでいるという事もあって噂は自然と流れてくる。

 考えてもみれば未成年の起こした、かいつまんだ噂だけが流れてくるという時点で敬遠の対象になるのは必至だ。

「悪いことは言わねえ。あいつとは関わるな」

 男はしみじと語ったあと、ニヒルに笑って遠ざかる。その背中には、哀愁さえもが漂っていた。

「なあ。やめようぜ」

 仲間の一人が腕をこづくが、隼人は振り切るように頭を何度か振った。

「ビビッてんじゃねえよ! どうせ、そんなのはただまの噂だ。都市伝説だ。ホントはただの弱いガキに決まってる」

 その環境において、生物の持つ本能というものは眠る事がある──野生で暮らす肉食獣と、動物園に住む肉食獣の本能が同じであるとは思わないだろう。

 人もまた、暮らしている環境でその人の持つ感性は異なる。隼人の本能は、確実に危険を察知する能力を眠らせていた。


†††


 ──午後二時過ぎ、匠と健は商店街に来ていた。

 昨今、シャッター街が増加しているというニュースが流れるなか、この商店街には定休日の理由以外で閉じている商店はなく、活気に溢れている。

 奥様たちは夕飯の食材を選び、子供がお菓子をねだる明るい賑わいを見せていた。

「イベント?」

 青年が眉を寄せた。二人が立っているのは鮮魚店の前だ。そこの長男である青年に何か話しを持ちかけている。

「面白そうでしょ」

「多くの人に参加していただきたい」

 健はいつもの快活な笑顔を見せ、匠はこれまたいつものように無表情に発した。

「確かに面白そうだな~」

 話を聞いた青年は興味深げに応えた。

「んで、賞品とかは?」

「このリストの中から選んでいただく」

 匠がパラリとA4の紙を開くと、覗き込んだ青年はリストの中に書かれている文字に目を見開いた。

「おおっ!? このモデルガンは匠のお手製か?」

「法に触れない程度の改造をしています」

 それを聞いて、青年はさらに身を乗り出す。

 この青年はサバイバルゲームにはまっていて、匠の改造するモデルガンがお気に入りだった。

 安全で無理な改造をしていない、ジャミング(弾詰まりなど)もほとんど無いため信頼性は高い。

「秘密厳守は徹底してください」

「OK!」

 青年の言葉を確認するとそのまま隣の店に移動する。

「こんにちはー!」

 健は青果店にいるオヤジに失礼なほどの明るさを振りまく。

 そうして、鮮魚店にした説明と同じ説明を始めると、ハゲかけたオヤジは興味深げに聞き入った。

「このロッドは匠くんのお手製か?」

 賞品リストを見て目を輝かせる。

「はい」

 ここの店主は釣り好きだ。

 近頃はバス釣りに凝っていて、リストにあるルアーロッドは匠が作ったと聞き穴が空くかと思うほど見つめる。

「ルール厳守でお願いします」

「もちろんだとも」

 はきはきと答えて二人に苺のパックを差し出した。


†††


 ──そうして、二人は知り合いという知り合いに声を掛けていく。

「あと何人くらい?」

「ん、十人ほどかな」

 匠は思案するように商店街を見回した。

「最終的には何人くらい?」

「他の人にも持ちかけてくれるそうだから、三十人から四十人ほどかな」

 健はコンビニの店員からもらったフランクフルトを食べながら商店街のアーチを仰いだ。

「まあまあの数だね」

「あと十人は欲しかったけど、これ以上はさすがに可哀想だね」

 匠は口角をやや吊り上げ、リストが書かれた紙を折りたたんでポケットに仕舞った。

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