05/《PM07:02 本日のオチ》
《♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀》
《PM07:02》
《本日のオチ》
この世には、考えてはいけないことというものがある。
たとえば、スーパーみぞおで買い物を済ませて帰宅した俺を玄関先で出迎えた、脱ぎ捨てられたヒーロースーツの意味であったり、玄関先に並べられた四組の靴だったり、兄貴しかいない筈の我が家から聞こえるキャッキャウフフの話し声であったりと、もう盛りだくさんの目白押しであった。
「よーーっす! ようやく帰ってきやがったなヒロー!」
「見事な重役帰宅具合に一層尊敬を深めそうだよヒロにーさん師匠。です」
「お、お帰りなさいませヒロくん。お邪魔させていただいておりまんにゅわ?」
あれっ。自宅っていうのは普通なんていうかあらゆる外界の災厄から遮断された心安まる聖なるスペース、あれっ。
それがどうして、うちの居間がこんな変態集まる魔の巣窟に。
「私が呼んだのだよ」
と、ここで全ての謎に決着をつけるべく台所から
「なに。今日は何やらお三方、それぞれが弟と一悶着あったということを、風の噂で知ったのでね。一時の遺恨を引き延ばし、せっかく築き上げた友好関係そのものに罅を入れてしまうなど、あってはならない悲劇だよ。なので、そうした諸々を解消する為に、こういう場を設けさせてもらったのだ」
「兄貴……」
席に着いた三人はそれぞれ、普段では考えられない申し訳なさそうな表情をしている。
「……うん。そういうわけだからさ、あの……なんつーか、ごめんねヒロ。もしよかったらさ、また、遊びに来てもいいかな……?」
「ムー……」
「……きょ、今日はちょいとフクザツなことが起こっちまって、もしかしたらヒロにーさん師匠がしーなと会いにくくなっちまったなー、なんて遠慮をしているかもしれねーけど。そっちがその気なら、また宝探しに誘ってやってもいいんだぞ……? ……です……」
「しーな……」
「……ヒロくん。あ、あの、わ、ワタクシ、自分勝手に先走ってなんてことをしてしまったのかって、あれからずっと考えていて……わたし、責任はとりますっ! いいえ、とりたいですとらせてくださいっ!」
「落ち着いてくださいアスカさん……」
「はい。そういうことで」
ぱん、と柏手を打って、俺たち四人の手を取り、兄貴が重ならせる。
「これで全部、万々歳でおしまいだ。互いを許し手打にして、食べて騒いで盛り上がろう」
なんというイケメンっぷり。
あまりにも鮮やかな手際、拍手しそうになるまでの収拾のつけかた。
――ふと目が合う。
兄貴はにっこりと、いつものように。
いつも通りに、俺が全幅の信頼をおける頼もしさで微笑んだ。
「それじゃあ、ご飯の用意はもう少しかかるから、弟は先に風呂にでも入ってくるといい。文字通りに今日一日のことを水に流してから、みんなで仲良くいただきますをしような」
兄貴は、昔から俺に優しい。
同じ家で後に産まれた弟の健全な生活を守るのは兄の義務だ、とかいって、事ある毎に俺のことを助けてくれる。
……兄貴がそんなふうになっている原因も、大体は予想がつく。
ウチは昔から両親が家を空けがちで、幼い俺は度々寂しがっては、よく泣いていた。
そんな姿ばっかり見せていたせいで、兄貴には『自分がいないと弟はダメだ』と思わせてしまったのだろう。本当に、お節介なまでに、優しい人なのだ。
結局、ガキの頃から続いているそういう関係は、今になっても変わっていない。
「……なっさけねえよな、俺」
ちゃぽん、と湯船に身体を沈めながら一人ごちる。
なんというか。
照れくさくてとてもじゃないが面と向かって本人には言えないが、兄貴は俺の憧れである。
昔から。
今でも。
兄貴のように出来た人間になれたらと、常日頃から思っている。
「……なれるかね、あんなのに」
「そうだな。では差し当たって、健全仮面二号の衣装を用意しようか?」
「や、そっちはごめんこうむる」
頭を後方に反らす。湯気に煙って見える、脱衣所に続くガラス戸には思った通りのシルエットがある。
ガララララ、と戸を開けて、いつも通りに水着着用の兄貴が浴室の中に入ってきた。
「今日はさぞ疲れただろうと思ってな。兄が労いに背中を流しにきたぞ」
「……は。まあ、こんな日でも来るだろうとは思ってた」
そりゃあな。脱衣所にしっかり俺の着替えと一緒に海パン用意してる時点で察しはつく。
湯船からあがって、椅子に腰掛ける。兄貴はスポンジをよく泡立てると、俺の背中をごしごしと洗い始めた。
俺のツボを知り尽くした、絶妙な力加減。
「なあ弟よ。君は別に、私のようにならなくともよいんだぞ」
「…………ん」
「君には十分に、君としての魅力がある。成すべき道理を成せる力が備わっている。今日ここに来てくれている夢生子ちゃん、詩奈ちゃん、飛鳥さんがいい例だ」
「……」
「彼女らは君が君だからこそああして慕ってくれている。それは君が、誰の模倣でもない本物であるからこそ繋がった縁なんだ。今の自分を否定することは、彼女らとの関係さえも否定することだぞ。そんなことが出来るような、君は残酷な私の弟ではないだろう?」
「…………ちくしょう。やっぱりかなわねえなあ、兄貴には」
俺は思う。
兄貴のようには、なれずとも。
いつか、兄貴が安心して背中を任せてくれるような、そんな人間になれたなら――それは、どんなに誇らしいことだろう、と。
……いや、でも。
それはそれで寂しくて嫌かもな、俺。
「よし。お風呂を上がりご飯を食べたら、最近ご無沙汰だった耳掻きをしてあげるぞ、弟よ」
「あのな兄貴。そのご厚意は非常に嬉しいんだが、さすがにその光景あいつらに見られたら俺どうにかなるから」
ははははは、と笑い声が浴室に反響する。
今日一日、思えば本当に色々あった。
でも、こうやって締めくくれるなら。
後に思い出の中に振り返るときにも、きっと、悪くない日だったと、懐かしむことが出来るだろう。
わだかまりは、湯に溶けて流れていく。
俺は力を抜いて、緊張を解いて、誰かに身体を任せられる安心感に身を委ねて、
「――ああ、気持ちいいなあ」
ほう、とひとつ、息をついた。
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