04/《PM03:38 第三の敵 KCバーサーカー 海嶺・エリザベート・飛鳥尋問・急》


 光る眼! 笑う口! 脅威の金髪御嬢様!

 落ちてなかった! 憑き物全っ然落ちてなかった!

 むしろ降りてた! 完っ全に悪魔降りちゃってた!


「ふふ、何を怖がるの、おかしなヒロくん……? だって、あなたが教えてくれたんだよ……? 人間は、芯が大事なんだって。だから、わたし、あれからとても好きになったの。人間の芯……柔らかい肉の中にある、堅くて強いしんに触れるのが……」

「ええぇぇよりにもよってこの現状自業自得ってわけですか!?」


 魅惑に陶酔した眼差しで、あすかさんは俺の露出した肩の、そこにある鎖骨を指でなぞる。

 何度も何度も、何度も何度も、往復を繰り返して愛でる。


「はぁ……。ずっとね、こうしたかった。わたしを助けてくれたヒロくんの芯、優しくて暖かい芯に触りたかったのぉ……。……だめ、ダメだよこれ、……うぅっ、そ、想像以上だよ、すごい、わたしなんかが考えてたより、ずっとずっとずっと硬くて大きくて立派だったぁ…………! さすが、さすがだよヒロくぅん…………!」


 なッにこれ!

 ホント、なァんなのこれ!


 俺の鎖骨、指でなぞってるだけだよね!? なのにどうしてアスカさんそんな息荒いの!?

 わかんない! ぼくノーマルだからなんにもわかんない!


「ん……っ! だ、ダメだあ、こんなの悪いよ、申し訳ないよ、ひとりじめするなんてよくないよ……!」


 アスカさんはもどかしそうにそう言って……ッォ!

 やばい! やばいからそれ! ど、胴着を着崩して、自分も鎖骨を露出させてっ!


「ほ、ほらぁっ……! 触って! ヒロくんも、わたしのに触ってっ! 触れ合おう! お互いの芯、いちばん強くて大事な部分、触りっこ、しよぉっ………!」


 最早こうなっては、俺が胴ごと腕を縛られて手が出せないことすらも彼女は見失っているに違いない。

 でも、そんなことは関係がないのだ。


 大事なのは、俺の肉体が動くかどうかではない。その奥にある、心を誘えるか。

 どうしようもない魅力、抗えない誘惑を叩きつけて、理性を蕩けさせて自分でせがませることが出来るかこそが、この勝負の勝敗を決める。

 俺が少しでもそちらに心を動かし、触れたいという意志でこのロープを軋ませれば、アスカさんはすぐに今度こそロープを解き、そしてその先の桃源郷に俺をご招待するだろう。


「おね、がい、ヒロくぅん……っ! わたしのこと、わたしの、いちばん奥にあるの、欲しいって、言ってぇ……ッ!」


 ――眼が、離せない。

 飛鳥さんの滑らかな白い肌、その痩身に浮き上がる一本の芯の美しさに、俺は今、間違いなく引き寄せられている。


 動悸が上がる。

 呼吸が荒れる。


 ダメだ、という警告が脳内で鳴り響いているのに。ブレーキよりも深く踏み込まれたアクセルが、思考に減速を許さない。

 冷静な自分と興奮した自分が、頭の中に同時に存在した。

 この場に於いて、そのどちらがより無力であるかなど、既に語るまでもない。


 ……俺は今日、二度もの変態的誘惑をはねのけてきた。

 しかしこれはどうにもならない。

 最早、相手の強さの方が、俺のそれを遙かに越えてしまっている。


 加速は止まない。

 加熱は冷めない。

 今、健全という金科玉条が、火に燃え尽きる音がする。


 果たして。

 青少年は成す術なく、心の折れるその刹那、瞬きした闇の中に、瞼の裏の兄貴を見て――

 

「私のッッッ! 弟にッッッッ! 手を、出すなあああぁぁぁぁぁッッッッッ!」


 幻影よりも確かで強い、轟き渡る叫びを聞いた。


 厳重に施錠された、分厚い剣道場の正面扉が、強引に力でブチ破られる。

 真っ赤な夕日がにわかに差し込み、この世の影に潜むものを、今、光の中に露わにする。


 誰あろう。

 俺の窮地に颯爽と駆けつけ、冥府魔道の淵より救い出してくれたのは、


「三千世界の遍く特殊性癖を、心の刃で更正させる! 健全仮面、ここに見参ッ!」


 おもっくそ【演劇部】と書かれたヒーロースーツを着こなした、バイザー付きヘルメットを被った……うん、誰だろうあれ! 誰かわかんないってことにしといた方がきっと誰にとっても都合がいい!


 つうかアンタさっきなんつって登場した!

 すごいぞ!

 正体隠す気ハナからねえだろ健全仮面!


「トェァァァァァァァァァァァーーーーーーー!」


 裂帛の雄叫びと共に疾駆する健全仮面。そいつはその手に持つ、どっから見ても安っぽい作りの剣で、俺を縛る縄を斬った。なんか斬れた。

 よし!

 なんかもう諸々ツッコミつかれたから何も言わねえ!


「さあ! 早く逃げるんだ少年! このままでは再び魔に捕らわれてしまう!」

「あ、ありがとう健全仮め……うっ、後ろ――――!」


 そちらを見もしない。

 健全仮面は、自分の背後より竹刀で攻撃してきたアスカさんの一撃を、いともたやすく受け止めて見せた。


「何者かは知りませんが! この神聖なる道場にて狼藉を働き、何より! ワタクシとヒロくんの蜜月に無粋な水を差した罪――万死に値するッ!」


 声を荒げ、竹刀を構えるアスカさん!

 やばい、その瞳、お嬢様のみが持つという高貴なる者の覇気が、攻撃色に染まっている!


「け、健全仮面……!」

「安心せよ少年! ここは私に任せて、君は早く、家に帰るんだっ! うぉぉぉぉぉぉ勝負だ、行くぞ怪人【骨触らせろ】ォォォォォッッ!」

「なっ、なんですのそのノットエレガント極まりない呼び方はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 俺は駆けた。

 あの真っ赤な夕日に向かって、変態達の戦いに背を向けて、健全へのロードをひた走った。


 ありがとう、健全仮面。

 戦ってくれ、健全仮面。

 健やかなる世界の為に。


「…………あっ! そうだヒロ、今夜は水炊きにしようと思うから帰りにスーパーで豆腐とポン酢を買っておいて欲しいッ!」


 そして、頼むから最後までキャラは守り通してくれ健全仮面。

 夜、家で普通に顔合わせる時どう言えばいいのかわからない。


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