04/《PM03:38 第三の敵 KCバーサーカー 海嶺・エリザベート・飛鳥尋問・破》



 海嶺・エリザベート・飛鳥。

 七つの海を股に掛ける海洋貿易会社・海嶺グループの社長の一人娘であり、今でこそ“正義の化身”だの“剣の女神”だの“完全無欠御姉様”だの、まあその手の大仰で大層な通称で持ち上げられる彼女ではあるが。


 誰もがそうであるように。

 彼女にもまた、そこに至るまでの歴史というものが存在する。


 驚くなかれ。彼女が今のような形に出来上がったのは、ほんの二年前の話に過ぎない。

 今となってはその金髪ロングヘアーを優雅極まりなくストレートに流す彼女も、それ以前は大人しい三つ編みで、窓際で本を読むのが好きというそんな時代があったのだ。

 その姿を、俺は今でも今でもありありと思い出せる。


 ――自分に自信がないんです、と彼女は言った。

 ――本当にしたいことや、なりたい自分があるけれど。

 ――幼い頃に大病を患った自分では、どうしてもそんなことを考えても無駄だって思ってしまう、と。


 偶然に出逢った、あの夕暮れの図書館で。

 俺はふとしたことから、彼女のそんな悩みを打ち明けられた。


 その時の彼女は、そんな自分であることを納得して、何かを諦めたような目で。

 でも、本当はそれが我慢ならないほど悔しそうで。

 だから俺は彼女にこう返した。


 背の高い年上の彼女。

 けれど、立ち上がらず座っているから、俺なんかでも容易に見下ろしていた頭に、

 目線を合わせて。


 ――本当にやりたいなら、やってみりゃあいいじゃんかよ。なりたい自分なら、目指すことの何が悪いんだ。

 ――挑戦してみて失敗するより、やらずに時間が過ぎ去って、夢の名残を思い出にさえ見れない方が、よっぽど辛くて怖いだろ。

 ――これは俺の尊敬する兄貴の受け売りなんだけどさ、人間、どうやったって誤魔化せない自分の芯に関わることはどんな困難を押してでも貫くのが、何より大事なことらしいぜ。


 ……うむ。本当に我ながら、えっらそうなことを言ったもんである。正直、身内にさえ話せん台詞だ。

 ついでにもう一丁受け売りであるが、どんな人であれ物であれ、それが発揮するポテンシャルはどんな外的要因の影響にせよ、それ単体が持つ力のみによるものであるという。


 ならば。

 俺程度が彼女にどんなアドバイスを与えたところで、それをどういうふうに活かすかは彼女にしか決められないし。


 アドバイスを受けた彼女が――本当に、それまでの大人しく弱気で控えめな自分から一転し。

 凛々しく強気で皆を引っ張る魅力を持つ、学校で知らない者のいない女子剣道部の主将にまで二年で上り詰めたとしても。

 それは何一つ俺のおかげなどではなく、彼女が自分自身の血の滲むような努力と覚悟で手に入れた栄光に他ならない。


 海嶺・エリザベート・飛鳥。

 その万人を惹き付ける強さも、憧れられる正義感も、どこからやってきたものでもない、表に出ていなかっただけで元から彼女の中にあったもの。

 彼女が掴んだ成果は、彼女だけの功績として讃えられるべき勲章だ。


 ……そう、俺は常々思っているのだが。

 昨年、俺が偶然飛鳥さんと同じ高校に入学し、お互いが先輩後輩であると認識した当時から、彼女は『何と言われようとヒロくんはわたしの恩人だよ!』と言って頑として譲らず。


 そればかりか。こうして何かの折にふたりきりになると、折角自分の理想通りの姿に変われたというのに、俺たちが初めて出逢ったあの頃の彼女に戻ってしまうのである。

 曰く、『ヒ、ヒロくんの前ではああやって振る舞うのは、何だかすっごく恥ずかしいんだよぅ……』らしい。



「…………そ、そうだよねぇ! うん! わたしも最初からね、わかってたんだよ! あのヒロくんが、絶対そんなことするはずないって! 良かった、本当に良かったぁ! 全部誤解だったんだね!」


 曇天、晴れる。

 泣き縋るあすかさんを宥め落ち着かせながらどうにかこうにか俺の置かれた状況を説明すると、彼女はぱぁっと表情を輝かせて泣き止んでくれた。

 くれたんだけども、やっぱり縛られた俺の胴体に抱きつくのは変わんねえんだね?


 あと最初から全部わかってたとかそれ絶対嘘だよね。

 滅茶苦茶に滅多なこと言ってたよねさっき。


「大丈夫だよ! 安心してねヒロくん、すぐにわたしの方からも手を回して、警察への誤解も解くから!」


 キリリッ、と目端の涙も真新しく残しながらキメ顔で宣言してくださる飛鳥さん。

 ちょっと待っててね、と言い残して一旦彼女は剣道場の中にある、おそらくは更衣室に移動して、携帯電話を持って帰ってきた。


「こほん。……もしもし? ええ、ワタクシですわ。ごきげんよう署長。この度は、とても重要なお話があって、ホットラインにて連絡させていただきましたの」 


 そして炸裂する驚異の御嬢様言語。黙って聞いている俺。

 ……なんだろう、時には会話の中になんやかんや怪しげな単語(例:首ちょんぱ・厳重警告・ワタクシの嫁・アルゴス式サンダーワームブレイク)等混じったりしていましたが、なんかどうやら俺への疑惑は誤解であったことが公に確定となり、今度改めて謝罪に参らせてくださいとか涙声のおじさまに電話越しに言われることになったよ!


 よし! やめて!

 家族にだけは知られたくねえよこの一連の諸々! 


「ええ。では、よしなに。…………ふぅ。お待たせしちゃってごめんね、ヒロくん! これでもう、全部まるっと平気だから!」


 御嬢様ってスゴイ。

 改めてそう思った。


「ま、まあ何にせよ助かった! ありがとうな、アスカさん!」

「……! え、えへへっ! こんなことぐらい何でもないよ、だってわたしはセイギのひとだもん! そ、それにヒロくんにはこんなことぐらいじゃ返しきれない恩があるもんねっ!」


 えっへんと胸を張る。なにこのせんぱい背ぇ高いのに小動物的かわいさがある。


「それじゃあ、すまないけどさ。この縄も、早いところ外して貰えると助かる」

「あっ! ご、ごめんなさい……! 部員のみんながいたから、こうしなきゃいけなかったけど、こんなのって辛いよね……」


 わたわたとアスカさんは、俺を縛っている縄の結び目に手を遣っ……たんだが。

 ……どうしてそこで止まっちゃうの、あすかさん。


「…………ヒロくん。ぶら下がってる。…………ヒロくん、無防備。…………ヒロくん。今ここには、わたしと、ヒロくんしか、いない…………」

「……………………アスカさん。深呼吸だ、アスカさん。今、あなたが何を考えているかはわからんが、いやどっちかっていうとわからんというよりなるべく考えたくないってほうなんだが、ともかくそういう時は深く呼吸を繰り返して、大事なことを思い出すべきだ。俺は今日、そうやって二度ほど破滅を乗り切ってきた」


 あ、立ってる立ってる。

 これ立ってるよ絶対。もうビンビンにフラグ立っちゃってますよ。

 俺でもね、天丼っていう業界用語ぐらいは知ってるよ。


「だ、大事なこと。思い出す」

「そう思い出す! アスカさん思い出す大事なこと! ツヨく持つ自分! マケないで自分!」


 人間は追い詰められるとカタコトになる。これ世界の真理。

 アスカさんは内なる何かと戦うように頭を抱えて呻き、俺は天井から縛られぶら下げられたまま、ガンバる自分! イケルヨ自分! と精一杯のエールを送る。絵面が意味不明すぎて非常に怖かった。


「う、うわあああああああああああああああああっっっっ!」


 ――その叫びは、決着の証だったのか。

 頭を抱えていた手をだらりと脱力して下げ、ゆらり、と数歩よろめいた。


「あ、アスカさん……?」

「……うん。大丈夫だよ、ヒロくん。ありがとう。わたし、しっかり思い出したよ」


 その笑顔はまさにエンジェルスマイル! 憑き物の落ちたような晴れやかフェイス! よっしゃ見たかどっかの悪魔! これが海嶺・エリザベート・飛鳥だ! おまえなんかに決して負けない、彼女の強さだぁぁぁぁぁっ!


 飛鳥さんは笑顔のままもう一度俺に、確かな足取りで歩み寄ってきて、

 おもむろに俺の上着を掴むと、肩の部分をはだけさせた。


「ちょちょちょちょちょちょ何これ話が違ぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!?」


 安心も束の間。

 変態の気配がにわかに、神聖であるはずの武道場に漂ってくる。


 じゅるり、と。

 舌なめずりの音、そして、


「――ジャパニーズ、スエゼン」


 聞き間違いであって欲しい声が聞こえたのだった!

 ちくしょォ!!!!


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