04/《PM03:38 第三の敵 KCバーサーカー 海嶺・エリザベート・飛鳥尋問・序》
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《PM03:38》
《第三の敵 KCバーサーカー
「――では。今一度、考え直してみよう」
学校。
それは、この現代日本に於ける、文明の中のフロンティア。
その内部には独自の社会が築かれ、たとえ警察といえどもその中をおいそれと調べることはできない。
つまり、俺が火急の避難場所として自分の通う高校を選んだのもごく必然といえよう。
このように卑怯な形で正義の目を欺くこと真に遺憾ではあるが、ここは悲しき誤解故の緊急例外的措置ということでどうかご容赦願いたい。とりあえずはほとぼりが冷めるまで適当に時間を潰し、周囲を警戒しながら帰ればいい。
「――よし。やはり、自分で自分が怖くなるほど冴えている」
世界は俺に怪人製造技術が無かったことに感謝するべきだ。俺にしかるべき実行力があったならば、今頃悪の組織のひとつやふたつ作って暗躍していたかも分からんね。
外から追求はやってこられない。俺の計画は完璧だった。
だから、問題があったのは。
「まったく。散々と手間をとらせてくださいましたわね、この変質者が」
学校という空間に、たとえ外の正義がやってこられずとも。
正義はどこにでも――学校の中にでも確かに芽吹き根付いているという、あたりまえにすばらしい世の理を、失念していたことだった。
もしくは、お約束的悪役の末路。
「気分はどうかしら。そうなればもう、逃げも隠れも出来ません」
第二校舎より渡り廊下で繋がった、剣道場。
我が校の女子剣道部の頂点に立つ三年生の主将、イギリス人と日本人のクォーターでありその証として天然の金髪と青い瞳を持つ、質実剛健を座右の銘とする正義のお嬢様、海嶺・エリザベート・あすかWith女子剣道部の面々に、俺は捕縛されていた。
具体的には、こう、天井の梁に結んだロープで胴体ぐるぐる巻きの宙づりで。
「警察から、白昼堂々女児に不埒な真似をしようとしていた変質者がこの周辺に逃げ込んだ可能性があるので注意するように、と人相書きを受けとったときは、部員たちの帰り道が心配だとは思っていましたが。よもや、獲物を毒牙にかけそこねた欲求不満から校内にまで進入し、あまつさえ隠れもせずうろついてこようとは、何たる不敵、不届き千万! しかし残念でしたわね! このワタクシ、海嶺・エリザベート・飛鳥がいる限り! 当校の生徒たちには指一本たりとも触れさせませんことよ!」
そのあまりにも凛々しい宣言に、そこかしこから黄色い声援、いやあるいは真っ白い花のような歓声が沸き上がる。
相変わらずの人気っぷりに、なんつーか神々しさで肌が焼けそう。
「さて、これは慈悲としての忠告なのですが、何か、申し開きはございますか?」
「ちゃうねん」
「……は?」
「ちゃうねん」
おぉう。
この期に及んでこの変質者は何を往生際の悪い態度を取るか、という侮蔑の視線が俺の一身に集まる集まる。
いやでもね、俺としてはまさにこの五文字以外の心境は何を言っても嘘になってしまうわけですよ。
「ちゃうねん……」
本当にどうしてこんなことになっちまってるんだろうか。俺はただ健全に生きたかっただけなのに。変質者なんて罵倒とはもっとも遠い信念を抱いていたはずなのに。
誤解を避け、健全な人生を守るべく、念には念を入れて川べりの泥で気合の入ったフェイスペインティングをしたのがいけなかったのか。
些細な行き違いがいつか大きなズレを生み、こうして人は分かりあえない負の螺旋に飲み込まれていってしまうのか。チクショウ!
「……このたわけた態度。どうやら、警察の手に引き渡す前に、ワタクシが直々に教育を施して差し上げないと、ならないみたいですわねぇ……?」
ざわめきが広がる。
『お姉様を本気で怒らせましたわこいつ』、『まあ素敵血の雨が降るわ』、『あぁ私もあんな目で御姉様に見つめられたい』などなど、周囲のボルテージがこっちをヨソに上がっていく。どうかと思う。
「皆さん、申し訳ございません。この変質者と私を少々、二人きりにしていただけますか? ここから先は、皆さんに見せるには刺激が強すぎる光景になってしまうので……。入口には鍵をかけ、ワタクシが許可をするまでは誰も立ち入りませんよう、お願いいたします」
ごごごごご、と謎のスゴ味を伴いながら女子剣道部の部員たちに微笑みかける。
部員たちはビクーン! と身体を震わせ、体育会系ならではのイイ返事を残し、怒濤の勢いで退散していった。
「―――――――これで、よし」
涼やかな、冷酷な声が武道場に染む。
彼女の視線は鋭いにも程がある。言うなれば真剣のそれ。抜いたからにはとてもじゃないがお遊びではことは済まず、痛みを生んだ後でしか鞘に収まることを良しとしない、抜き身の刀身が持つ威圧感。
その目をしたままつかつかと、彼女はぶら下がった俺に歩み寄ってきて。
手にしたハンカチで、顔の泥が拭き取られた。
……素顔と素顔で視線が合う。かたや真剣の眼差しと、対するはばつが悪そうに苦笑いを浮かべる俺。
どれぐらいそうしていただろう。
無言を裂いて、最初に口を開いたのは彼女の方で、
「………………もおおぉぉぉぉぉっ! 一体何やってるんだよ、ヒロくんはぁぁぁっ! ダメなんだよいけないんだよ痴漢なんてっ! そんなことするぐらいなら……そっ、そんないけないことしちゃうぐらいなら、我慢できなくなる前にわたしにひとこと相談してくれればよかったのにぃぃぃぃっっっ!」
そう言うやいなや、ロープで縛られた俺の胴にすがりついてびーびーと泣き始めた。
どこぞのちびとはひと味違う、完全に本物のマジ泣きだった。
そんな彼女に、俺が出来ることと言えば。
「……ちゃうねん」
と、やはり偽り無き本音を繰り返すことだけであった。
たすけて。
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