03/《AM11:50 第二の敵 SRハンター 敷島詩奈遭遇・急》



 さて、それでは改めて考えてみよう。

 少女が持つ、瓶の中には黒いまばら。

 俺から採られた、俺の一部。


「――今更だけど。つかぬことをお伺いしたいんだが、しーな」

「は? なんだよこのタイミングで。です」

「どうして俺の髪なんか、採ったの?」


 びくっと震えるしーなの背中。


「ど、どうしてって……だって、さっきの話聞いたら、早くしねーと別の奴にとられるかもだし…。……ひ、ヒロにーさん師匠にはどーせ説明してもわかんねーよ! 何たってミジュクだかんなー! です!」

「しーなが欲しがるってことは、俺の髪の毛も、まあ俺には価値が分からないけど宝物なんだろうな。……でさ。それって瓶に詰めて持ち帰った後、どうすんの? はは、まさか飾ったりはしないよな?」

「す、するわけねーだろそんなこと! ばっ鹿かじゃねーの! です!」

「だよなあ。悪い悪い、へんなこと聞いちまっ」

「飾るなんてもったいねーだろ、実用しなきゃ。たまには瓶から出して、手触りを楽しんだり、匂いを楽しんだり、どんな味かって見てみたり」

「情操教育スリーアウトォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!」

「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」


 グルン、としーなを回転、こちらを向かせて肩を掴む。


「どうしてそうなった! どうしてそうなった! どうしてそうなった! どうしてそうなった!」

「な、な、な、な!? ど、どうしてったって! あったりまえだろそんなの! じゃ、じゃあなにかよ! ヒロにーさん師匠は、しーなの髪がそこにあっても、手触りを楽しんだり、匂いを楽しんだり、どんな味かって見てみたりしないのかよ!? です!?」


 しーなはポニーテールにしている髪の束を掴んで、その先っちょを背伸びをして俺の顔に突きつけてくる。不意打ち過ぎて避けることができず、もろに食らった。


「う、うわっぷ!?」

「ほ、ほらほらほら! どうだよ! そんな気分になんないかよ! し、しーなはなるぞ!? ……たっ、大切な人のからだの一部なら、それって大事な宝物だろ!? 一生懸命愛でたくなるのの、何が悪いんだよぅ! ……です!」


 さわさわさわさわ、としいなの髪が顔に触れる。

 ――――その感触は、実に甘美極まりなかった。


 手入れを欠かしていないことがすぐに理解できる、極上の触感。

 一本一本に至るまでサラサラで、確かにこれは虜にならざるを得ないのも頷ける。


 ……ああ、もしもこれを両手で存分に弄べたなら、それはどんなに幸福だろう。

 よしんば。彼女と会っていないときにも、瓶詰めにして保存したこれがあったなら。

 俺はいつだって、この天上の至福を満喫することが出来るのだ。


 至福。

 それを提供する、宝物。

 宝物。宝物。


 宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物、宝物はすぐそばにおいておきたい――――

 ――いや。


『よいかね、弟よ――――』


 思い出せ、俺。

 おまえのすぐそばには、もう既に、別のものがある……!


「…………だっ、駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ! そんな、そんな特別はっ! ちっとも“健全”じゃ、なぁああああああいっ!」


 誘惑と髪の毛を振り払う。

 危ないところだった。

 あと一秒兄貴のことを思い出すのが遅れていたら、俺は完全にこの心までしーなに採取されていた……! 


「え、ええい! その瓶! その瓶を返しなさいしいな! そんなものがあると、おまえはダメになってしまう!」

「な!? や、やめろよー! もうこれは貰ったもんなんだからしーなのなんだ! しいなの大事な宝物なんだからー! です!」

「こういう時ぐらい年長者の忠告を聞け! ほら! いい子だから! しーなちゃんッ!」

「くそっ……………って、わ、わひゃあああああああ! どっ、どこ触ってんだよヒロにーさん師匠!? ですですです!?」

「やかましい! おまえがそうまでしてそのいけないものを渡そうとしないからだ!」

「う、う、ううう…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! ああああぁぁぁぁぁあん! びゃああああああああん! やだぁぁぁぁぁぁぁぁ! だ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ふふふふははは無駄だよ無駄無駄無駄無駄無駄ァッ! いいかしーな、悪いものを取り上げようとしている俺とそれを必死で誤魔化そうとしているおまえ、どっちがおかしなことをしてるかってことぐらい世間様の公明正大な目で見れば」

「おいそこで何やってる!」


 がしゃがしゃーん、と河川敷上の道路から激しい音。

 なんと! そこにはさながら緊急事態を目撃し、急いで自転車からスタイリッシュに飛び降りて要救助者の元へと向かっているかのようなお巡りさんの姿が!

 頼もしい! 泣く子も黙る司法の介入とは、こいつは最高の応援だぜ!


「早く、急いで! こっちですお巡りさん! このままでは光に溢れる一人の少女の人生が台無しになってしまう!」

「こっ、この後に及んで挑発だと、貴様国家権力を嘗めやがってぇぇぇっ! さっさとその子から手を離さんかこの下衆がぁぁぁぁぁっ!」


 …………おっ! 

 分かったぞう、これ、ザ☆誤解が起きてる!


「――あっ! 待てっ! 逃げるんじゃあない、止まれ貴様! 神妙にお縄につかんかそこの犯罪者ぁぁぁぁぁっっ!」


 お巡りさんすいません。俺は犯罪者ではないのです。ただ、世間的に見て変な誤解をさせてしまっただけなのです……。

 どさくさに紛れてどうにか瓶を奪取した俺は、死にものぐるいで河川敷から逃走していく。


「…………ちっ」


 そして案の定嘘泣きだったしーなの邪悪な舌打ちを逃げながら確認して、あいつにはいつかきっちりと教育を施してやらねばならない、と堅く心に誓ったのであった。


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