03/《AM11:50 第二の敵 SRハンター 敷島詩奈遭遇・破》



 幼さならではの好奇心に裏打ちされた、観察眼の鋭さと着眼点の良さは、敷島詩奈の右に出るものはいない。

 それは俺も例外ではなく、その点では彼女の足元にも及ばない。


 にも関わらず、どうしてこんな俺があいつに『ヒロにーさん師匠』などと呼ばれて慕われているのか。

 その理由は単純で、以前、俺がしーなの落とし物を発見したからである。


 それはもう完全に運であり偶然であり技量も何も関係のない発見であったのだが、どうしてか以来しいなは自分に見つけられなかったものを見つけだしたとえらく俺に懐いてきて、先のような尊称で呼ばれるに至ったのだった。

 いや実際そういうのは呼び方だけで、普段の態度はこれっぽっちも敬っているようには思えねえんだけど。

 

 立場上は完全に逆転している。

 あいつの後ろについていっては俺が感心させられっぱなしなのが、今日も変わらぬ俺たちの商店街宝探しツアーの日常だ。


 ――さて、いいところで小休止。

 商店街のほど近くにある河川敷にて、戦果の確認を兼ねたお茶の時間と相成った。


 木の長椅子の上に、今が集めたものが並べられる。道ばたで採取したり、店で購入したりする時にも語っていたそれらの魅力の何たるかを、しーなが改めて解説してくれる。


 彼女の言葉は不思議の魔法。シンデレラを飾り付けた魔女さながらに、俺の目に映るそれらを認識の変化だけで何倍にも輝かせてみせる。

 しーなに言わせてみれば、


『別にしーながなにかしたからこの子たちが変わったんじゃあねえ。しーなは単に、ボンクラなあんたらに分かりやすくこの子らの魅力を説明してやっただけで、それでこの子らが素晴らしいと思えるようになったんなら、そりゃあこの子らが元から素晴らしかったことに、あんたが人に言われてようやく気がついたってだけに決まってんだろーが。です』


 ――ということだが。

 それを引き出せるのも、しーなが語り手でなければ出来ないことだと、個人的に思っている。


「うむ、相変わらず感服だぞしいな。俺もこの丸っこい石とか欲しくなってきたぜ」

「むむっ! 手ぇだすなよヒロにーさん師匠、これはしーなの宝物だぞ! です!」


 正に宝の番人といった迫力の威嚇。

 そこまで愛されて、この宝物たちも本望であろう。


「ちぇー。そういうなよしーな、俺も一緒に探したんだしさー。どれか一個ぐらい貰ったっていいじゃんかよー」

「まぁだわかってねーようだな、ヒロにーさん師匠は。宝物ってのはどれもがオンリーワンなんであって、一杯あるから一個ぐらいとか、そういう簡単な算数の問題じゃあねーんだ。です。…………」


 台詞の終わり際、急に何事かを閃いたように、しーなが再び口を開ける。


「…………ま、まあ。どうしても欲しーってんなら、考えねえでもない。です」

「マジでか」


 おいどうした何が起こった。一体何を受信したんだ。あの強欲なるトレジャーハンターが命より大事(推定)なお宝を渡してもいいなど、ちょっとした一大事……!

 ま、まさかこれはしーなが心優しい方向にジョブチェンジしていく情操教育上の重要な分岐点なんじゃなかろうか!


 こいつぁちょっとしくじれんぜ!

 年長者的に考えて!


「も、もちろん、ただじゃねー。交換条件だ。です」

「おう! なんだオイ、なんでもドンとこい! あれか、次の休日に付き合ってくれって約束ぐらいならお安いご用だぞ! 何なら年上の威厳でも久々に見せつけてやろうか! カフェ【オリジン】のデラックススイートスイートパラダイスパフェでも一丁奢って」


「ヒロにーさん師匠の、からだ、ちょうだい。……です」


「ヴェッ」


 川面から顔を出したカエルが鳴くような声が出た。

 うそ……俺、こんな声が出せるんだ……なるべくなら知りたくなかったんだけど……。 


「……すいませんしーなさん。今なんて?」

「だ、だから、からだ! ヒロにーさん師匠のからだをしいなの宝物で買うからつべこべ言わずによこせっていってんだよ! です!」

「っつおわああああ何この子このご時世言っちゃいけないこといってんのぉぉぉっっ!?」


 周囲を激しく見渡す!

 オッケー現在人影無し!

 誰かに聞かれた様子無し!


「ちょ、ちょい落ち着こうしーな!? おまえ今自分が何言ってる分かってる!?」

「ば、馬鹿にすんな分かってんよ! なんだよ失礼だな、しーなは折角、ヒロにーさん師匠のなら大事な宝物と交換してやってもいいってチャンスを与えてやってんのに! です!」

「…………? お、俺のなら、って、どういう意味?」

「あーもー! 相っ変わらず理解力のたんねーノーミソしやがってー! つべこべ言わずに言わずにさっさと決めろよ、やんのかやんねーのか! たかが髪の毛貰うぐらいで何をそんなに大騒ぎしてんだよ! です!」


 ………………はい?


「髪の毛? ヘアー? …………え? からだ、って…………え? そういうこと?」

「な、なんだよ! 他に何か意味でもあんのかよ……? ……です?」

「いやない。断じてない何もない。だからそれ以上追求するな。えらいことになる」


 ここで訪れる謎の安心感。良かった……俺はてっきり、人生のピンチかと……。なんだ、俺が早とちりしただけか……。本当に、良かった……。


「お、おい、なんかわかんねーけど勝手に脱力してんじゃねーよヒロにいさん師匠。です」

「あ、ああ、すまんすまん。髪の毛だろ? いいよいいよそれぐらい。好きなだけ……とはさすがに言えんが、まあ髪型が無茶苦茶にならん程度に持ってけ」


 俺の了承に、しーなはぱっと表情を明るくして「おうです!」と力強く頷いた。そしてまたナップザックをごそごそとやると、ぱしゃしゃしゃーんと小さな工作ばさみを取り出す。

 髪を切るには向いていないが、まあ本格的なカットをするわけでもなし問題はないだろう。あと気のせいかあのナップザックは四次元に繋がってる気さえしてきた。


「動くんじゃねーぞ。手元が狂ったら危ないかんな。です」

「あいよー」


 緊張の一瞬。

 ……というほどでもなく、ちょきん、と一回、採取はあっさり終了した。後頭部から離れた俺の髪は、しーなの小さな掌にちょこんと収まっている。


「…………にはっ♪」


 いかにもご満悦、といった感じでしーなは採取した髪の毛を見つめ、それからナップザックから取り出した小さな瓶に保存した。

 うんうん、こうも大事に扱って貰えると、提供者冥利に尽きるな。


「あ、そうだ。貰ってばっかじゃあわりーからさ、ヒロにーさん師匠にもやるよ。です」

「え?」

「だからぁ、ほら。です」


 俺にハサミを手渡して、しーなはくるりと背を向ける。


「ずばっとやっちゃっていいよ。誰かにやんのは初だけど、ヒロにーさん師匠なら、うん、いいや。しーなのはじめて、ヒロにーさん師匠に、あげる。……です」


 どこか緊張感と、潤いを秘めた声でしーなは言った。

 ……俺はといえば。先の衝撃発言によって一時的に麻痺させられていた常識感覚がようやく戻りはじめ、遅すぎる後悔に襲われていた。


 …………いや。

 この状況、なに?

 俺、さっき、何しちゃった?


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