03/《AM11:50 第二の敵 SRハンター 敷島詩奈遭遇・序》


        《♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀》

           《AM11:50》

    《第二の敵 SRハンター 敷島詩奈しきしましいな遭遇》



「――とんでもねえ目にあった……」


 走り、走り、ようやっと、自分の状況を呟ける程度の余裕が出来る。

 古来よりこう言う。

 気を隠すなら、人混みの中。


 というわけでやってきましたるは徒歩十分、休日ということもあり、老若男女問わず賑わいを見せている我らが馴染みの商店街。

 この中に紛れ込んでしまえば、さしもの怪獣的超直感を発揮するムーといえどそうそう気付くことなど出来まいなのだァーッ!


「……しかし………」


 腹に手を当てる。

 安心したら唐突に、身体がエネルギー切れをこれでもかと主張してきた。


 無理もない。さっきまでさんざっぱら激しい運動を行っていたし、加えて時間が時間である。健全な男子にとって、お昼ご飯を欠かすなど考えられない。

 平日は夕方、放課後帰り道に世話になっている、我らが商店街の通称買い食い街道からは、いくつもの料理によって織りなされる若者の空きっ腹を刺激して止まない濃厚な食の香りが挑発的に漂っている。


「ふくく。偶然とはいえ、うってつけの巡り合わせじゃねえの……!」


 さて今日はどこに手をつけてやろうか。

 濃厚ソースに負けないしっかり味のついた生地が決め手の、お好み焼きの【鉄板ヨシダ】か。

 はたまた、おかわり自由の無数のトッピングで学生の財布に優しいお値段と驚異の満足性を両立させる【そば処 繋】か。

 いやたまにはがっつり豪勢に、本来選ばれたブルジョアジー(小遣い支給直後)しか立ち入ることの許されぬ本格とんかつ専門店【活吉かつよし】、奮発していっちゃってみますか!?


 ああくそうどいつもこいつも魅力的な顔しやがって!

 選べねえ! 俺選べねえよお! 身体が三つあればなあ! あと実は俺が石油王だったらなあ!


「なあ、あ、あ? ……あああああぁああぁっ!?」


 一気に青ざめる。

 興奮の青写真が引き千切れる。

 興奮マックスのノリで今の自分は何腹だと楽しんでいたが、財布を家に忘れてきたことに気がつき世界から愛は枯れ果て希望は燃え尽き花という花は咲くことを忘れ空の青さは残酷に俺の心を写しだしまだ見ぬ未来に一束の夢を放り投げた(意訳:買い食い街道入り口にあるマスコットキャラクター『食ってけくん』の石像の横に体育座りをしてさめざめと泣いた)。


「……おや。このようなところに新しい置物が出来ていやがる。です」


 ふいにかけられた声に顔を上げる。

 そこには、口を三角にした、ポニーテールのちびがいた。


「……はろー、しーな」

「しゃべった。これはなんともヒロにーさん師匠に似た置物だな。です」


 敷島詩奈は小学生である。

 その特徴は雑で乱暴な言葉使いと、最後を『です』でシメさえすればそれまで何を言っていようと丁寧になると錯覚していやがる子供ならではの微笑ましい思考回路もさることながら、一番は何より背中に負った本人曰く会心の出来、世界に二つとない(当たり前だ)学校の授業で手作りしたナップザックであろう。


 しーなには蒐集癖があり、とにかく気に入ったものをひょいひょいとその中に放り込む。

 大体はどこからどう見てもガラクタであるが、これまた本人曰く『はっ。もののカチがわかんねーボンクラな大人はこれだからアワレだ。です』ときた。……うむ、なかなかに一理ある。


 口の達者で生意気な奴ではあるが、まあ悪い奴ではない。

 暇があっては商店街を、宝物を探して駆け回る元気な様は広く住人に愛されており、“食ってけくん”に続く第二のマスコットキャラクターとして石像を建てる計画もあがっているとかいないとか。

 もしもそれが実現した折には、その石像をどうにかナップザックに放り込んでやろうと画策するしーなが見られること確実なので、楽しみでならない。


「むむ。見ればただごととは思えねー憔悴具合。一体なにをやらかしたんだ。です」

「……いや。それが、かくかくしかじか」


 かいつまんで説明される珍道中。

 ところで小学生にヌメとかプヨとか吹き込んじゃう高校生って世間的にもしかしてアウトなんじゃない?


「なんと大冒険。それは……気の毒に……。です」


 小学生から本気で心配される高校生ってのもどうなんだろうね?


「……なるほど。つまり、そんじゃあ、こういうものは喉から手が出るほどたまんねえはずだよな。です」


 しーなはおもむろにナップザックを下ろしてごそごそとやらかすと、なんということでしょう!

 その手には、でかでかとした肉まんが握られているではありませんか!

 ……思わず唾を飲み込み、視線が釘付けにされた。


「どうでしょう。こいつ……このほっくほくの、割ったら肉汁がたっぷり溢れ出す、中華料理【彩料さいりょう】のお持ち帰りメニュー人気ナンバー1、特製肉まん。ヒロにーさん師匠にくれてやってもいいんだぜ……? です」

「ぬっ……な、何ぃっ……!?」

「ふふふ。ただし条件があります。この後……」

「あー、いつもみたいに二人で宝探しだろ? ンなことだったらば交換条件とかじゃなくてもさ、ヒマな時なら誘ってくれたら喜んで付き合うっての。ほら、オマエってちびだけど勉強になるぐらいすっげえ目敏いから、一緒にいて楽しいしな」


 ……あれ。なんでここでぽかんとするかなしーなのヤツ。

 いや、そういう顔もそういう顔で、普通の可愛げある小学生みたいでいいんだけど。


「……え、ええ! し、しかたねーなー! そっちがそこまで言うんなら、しいなとしても、ここで振るのはオンナがすたる! です!」


 ずんずんと先に歩きだすしいな。俺は立ち上がってその後についていく。


「ちょっ、待ってしいな待って! すまんけど! 俺、とてつもなくハングリーだから早いとこカロリー摂取の必要があってだね!」

「まったく。だらしねーぞヒロにーさん師匠。です」


 しいなはナップザックをまた探り、肉まんをもう一個取り出した。


「時間は有限。無駄にするのは許されねーから食いながらいくぞ。です」


 ほら、と差し出される愛しの肉まん。

 ……が、しかしそれは俺が受け取ろうとした瞬間、あっ、という声と共に引っ込められてしまった。


「……やるじゃないかしーな。その年で駆け引きを使うとは、将来が実に楽しみだ」

「ばっ、馬鹿! 今回は別にそういうんじゃねーよ! です!」


 しーなの手には二つの肉まん。

 彼女はそれをそれぞれ半分に割り、湯気の立ち上るその四つの半分のうち、二つを俺に、『ほらよ。です』とぶっきらぼうに渡してきた。


 ……うーん? 

 えっと、どういうことだ? 別に丸々一個分けるのと、一人当たりの量も何も変わっていない……よなぁ? 単に、一個ずつ食べるんじゃなくて、ふたつを半分こにして分けあった、ってぐらいで。


 しかしまあ、しーなのことだ。俺には分からない何かの意味がここにはあるに違いない。そうでなきゃ、あの仏頂面があんな嬉しそうな表情なんてしないわけだし。


 流石は宝物探しの名人。俺も同行者として、もっと精進しなければならんね。


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