02/《AM09:27 第一の敵 NPモンスター 笹岡夢生子襲来・急》
「オーマイガー……オーマイガー……プリーズプリーズレスキューミー……!」
徹底抗戦の構えを貫いて十分ほど。
ノックの音が止み、階下へと降りていく足音が聞こえた。――諦めた? もしくは、人の心を取り戻した!?
だが待て。待つのだ俺。
相手はあのムーである。
あいつが野生動物じみた狩りのセンスを発揮し、音も経てずに階段を上がって戻り、文字通り舌なめずりをしながら、まんまと扉を開けた俺をすぐ横で待ち伏せていないとも限らない。
警戒を絶やさず、俺はもう少し様子を見ることにした。
二分経過。……動きは無い。
四分経過。……もう平気か?
六分経過。……俺はほっと胸をなで下ろし、緊張を解いて部屋の鍵を
「よーーっす!」
「いひゃぁああああああっっ!?」
へんな声が出た。
いやだってね奥さん、もしもあなたが警戒しているのとは全く逆の背後から急に狩猟者の雄叫びを聞いたらどうなりますか。出ますよねこういう声。
「お、おま、な、な、なな……!?」
「ふっふふ、侮んなよなヒロ! おまえの幼なじみはやる奴だっぜっ!」
驚くべき怪獣である。
なんとこいつ、自分ちの屋根からウチの屋根に飛び移って、屋根を歩いて二階にある俺の部屋のベランダに上からやってきてやがった。なんでこういう日に限ってベランダの鍵閉め忘れてるかな俺の馬鹿! あるいはホラー映画のお約束許すまじ!
「うふ、うふ、うふふふふふふふふふふ……!」
「オォオオオォオオノォォォオォオオオオッ!」」
じりじりと迫りくるヌメプヨモンスター。焦る俺。うわーい汗で手が滑るわ恐怖で力が入らないわでびっくりするほど部屋の鍵がうまく外せないんだけどなにこれ!? ごめんなさい! 許してください! もう二度とホラー映画で「もっと早く出れんじゃね?」とか言いません!!!!
「あー、待って待って! 大丈夫だよ、ボクだよ! 落ち着いてヒロ!」
「え、あ、ああ……!?」
「ごめん。ボク、さっきはちょっと頭に血が上っちゃってた。仲間を増やすっていうのに、怖がらせてちゃあダメだよね。こんな無理矢理、どうかしてた。本当ごめん! 反省する!」
ぱん、と頭を下げつつ手を合わせる。
なんという、ことでしょう。
そこにいるのはヌメプヨに理性を奪われた怪獣ではなく、暴走しがちだがそれをきちんと反省することが出来る、俺の幼馴染だった。
「NPモンスター……いや、ムー……」
間に合うのかもしれない。
人と怪獣は合入れずとも、人と人ならば、過ちを許し、再び手を繋げるのかもしれない。
俺は感涙に打ち震え、やり直しの為の一歩を踏み出した。
「だから! こっちから無理矢理はやめるから! ……そんかわし、ボクにヒロの舌、プニらせて?」
にへっ、と笑う幼馴染み。
一歩踏み出した姿勢で固まる俺。
「……え? あのー、……ムーちゃん?」
「怖がんなくてもへーきだよばっちりだよ! やさしくしたげるから! あったかヌメプヨさまに乱暴なんて出来ないもんね! ……そ、その上ヒロのだしさ! ボク、これまで鍛えた最高のプニりかたで触るよ! よ! よよよ!」
期待のあまり心なしか上気してらっしゃいますね。眼、キラッキラですね。
……葛藤。葛藤である。
もしもここで断ろうもんならば、こいつはまたモンスターに戻ってしまうのではなかろうか。理性の鎧を再び脱ぎ捨て、逃げ場のない状況で、起こってはならないことが起こるのでは。
「――――おねがいだから、痛くしないで……」
「あったりまえさ! ボクを誰だと思ってるんだい!」
恐怖のあまり、俺はただ、ムーの促す通りにベッドに仰向けになり、舌を差し出すことしか出来ないチキンであった。
わぁいわぁい! と俺に馬乗りになり、短パンのポケットからウェットティッシュを取り出して丁寧に自分の指を清めるムー。
なんだその作法。ちくしょうこいつ手慣れてやがる。
「それじゃあ! いっただきまーーーーっす!」
いただかれちゃいます。
……ムーの指が、俺の舌に触れる。
そっと、繊細な手つきで、まずは掴まず表面をなぞっていく。十分にそれを楽しんだ後、次は徐々に、力の加減を調整しながら、指を舌に押し込んでいく。
そこまでは、あくまで前菜にすぎない。
ムーはついに、メインディッシュ――人差し指と親指を使っての、『挟み』に入った。
ぷに。
ぷに。
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。
その感触に、恍惚の表情を浮かべるムー。
「ああ……きもちーなあ。あったかヌメプヨ、きもちーなあ……♪」
……俺の知る限り。
笹岡夢生子は実に大雑把で、細かい手作業など苦手極まりなかった。
それがどうだ。
今の彼女の指使いは、芸術的でさえあるほどに細やかで。
この舌を滑って否応なく伝わってくるその味は、何故だろう、先ほど綺麗にぬぐい去っていたはずなのに――わずか、甘ささえ感じるようで。
ここには、自分のすべてを委ねることの、水面に浮かぶような心地よさがあった。
――ああ。それは出来るなら、このままずっとこうされていたいとさえ思えるような。
自分も彼女と同じになれば、あんな表情が出来るかもという憧れにも似た期待が胸に――
(――って、ダメだろそれはぁぁぁぁぁぁああああっっ!?)
やばいまずいどうした俺、今一体何を考えたッ!?
落ち着け心で深呼吸をしろ、そうだ、思い出せ思い出せ思い出せ!
健全! 若者は健全が一番なんだ!
俺のことを心配してくれる兄貴の為にも、ここで負けるわけにはいかないんだぁぁぁぁぁっっ!
「……はふぅ。うん、ありがとヒロ! ごちそーさまでしたー!」
どれだけ耐えただろう。ムーが俺の舌をプヨり終え、恍惚と陶酔の表情で馬乗りをやめたときには、もう時間の感覚なんてなくなっていた。
「……おう。お、おそまつさまでした」
何だろう。俺は仰向けになり舌を出していただけなのに、謎の疲労に全身が包まれていた。
……しかし、やったのだ。
俺は耐えた。成し遂げた。
人生始まって以来、予期せぬ方向からの未知の誘惑に、鋼の意志で打ち克った……!
「よっし。じゃあヒロ、次いいかな?」
「…………………………………………………………………………………………………うん?」
「次はさ。ボク、逃げるから。追ってきて、ボクの身体の色んなところを、ヌメヌメでプヨプヨして? ……はぁん。きもち、よさそっ……」
両手をそれぞれの肩に添えて、身体を反らすムー。
その反動で、順当におっきな固まりがえらい挙動を見せた。
「……おう! 任せとけ、俺は天下の幼馴染だぜ! もう何だってやってやらー!」
「わぁぁぁぁぁぁい! ボク、ヒロの隣の家に産まれて幸せだぜー!」
両手を上げて喜んで、そしてベランダからおもむろに飛び降りるムー。俺も追って顔を出せば、早く早くー! と玄関の前で平気な顔でぴょんぴょん飛び跳ねながらぶんぶん手を振ってきた。なんとあの子、今度は屋外戦をご所望らしい!
「おう! 待ってろよ、今行くからなー!」
イイ顔で外のムーにサムズアップを返し、俺も階下へと走っていき。
そして玄関でそっと音を立てないように靴を回収し、裏口に回って、人の心を堕とそうとする怪獣の領域から全速力で脱出した。
ゆるして。
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