02/《AM09:27 第一の敵 NPモンスター 笹岡夢生子襲来・破》
「このあいださー、歯磨きしてる時に何気なく自分の舌を指で触ってみたんだけどね。あれって想像以上に、ヌメヌメプヨプヨしてるんだよー」
「……? んんー……まあ、普段“生きてる舌”……というと何となく恐ろしげな感じだが……ともかく、人間の生の舌を素手で触ることなんてそうそう無いからな」
そうだよそうなんだよ、と正座の姿勢でぴょんぴょん跳ねる。
こいつ座ったまま膝の力だけでこんな跳躍を。
「んでねんでね、肝試しってあるじゃない。ガチのこわこわスポット突撃とかじゃなく、こう、遊園地とかの、人の手で作ったやつ」
少し驚く。
まさかこやつに、“ああいうところの恐怖スポットはつくりものである”という認識があったとは。
って、いや、そうか。
「真夏の林間学校とかのイベントだな。俺らが小学校の頃にもあったっけ」
「うん。で、その時ね、アレ。お約束の奴、あったでしょ。こう、頭上から吊られてぶらぶら揺れる人肌コンニャク」
ああ、あったあったありました。
「ベタ過ぎてむしろ俺は大笑いしてスルーした」
「ボクは気付かずに思いっきり当たっちゃってね。恥ずかしながら、まるで女の子みたいな悲鳴を、こう、キャーっと」
まるで自分が女じゃないみたいな言い方をするがおまえまごう事なき性別メスだからね?
「それから、時は流れて幾星霜。今だから告白するんだけど、実はボクね――怖くてビックリもしたんだけど、実のところ、天秤で言うと怖いよりも、なんか、急に“正体不明のキモチいいのがきやがった”と驚愕していたのである」
「今だからと言わず墓穴まで持って言って欲しかった類の吐露である」
「いやね、実際ぶちあたってみてよ? ホントキモチいいんだアレ。暖かくてヌメヌメプヨプヨしたのってさ、なんかこう、安らぐっていうかさー。以来、なんか開眼しちゃって、ボク」
「第三の目が」
「第三の趣味に。あったかヌメプヨの素晴らしさと言ったらなくてね、ボクはもうすっかりあったかヌメプヨの虜になってしまって、日夜密かにプニりまくっていたんだよ」
「おまえウチの隣の家で何を日夜魔の儀式をやらかしてくれちゃってたの?」
ふーん?
なんか風向きがおかしな方向に向かいつつない?
「そしてね、ボクは自分があったかヌメプヨを愛するのと同時に、一人でも多くの仲間とこの素晴らしさを分かち合わねばと、あったかヌメプヨの輪を広げる活動も水面下で行っていたんだ」
「はい」
謎の感慨に襲われる。そうか、なんか、物凄い深く知り尽くした幼馴染だと思ったけど、実は立派に、秘密の部分なんかもちゃんと持ってたのか。
こいつぅ。
いつまでも怪獣だと侮ってたら、いっぱしに人間として成長してやがって。
「でも、それにはいつもぶちあたる障害があって。あったかい、それでいてヌメっとプヨっとしたものというのは――いざ人に理解してもらおうと言う時、すぐ用意しにくいものだってことなんだよ。そりゃあそうだ、あったかさ、つまりは適正な心地良い温度、ヌメプヨ、つまり適当な湿度と鮮度、それを同時に保つものなんて常に持っていられないんだから」
「まあ、至極当然の、自然の摂理の成り行きだな。そこで諦めてノーマルな世界に戻ってこれなかったのが悔やまれる」
「けど、喜んでくれよヒロ。ボクは先日、ようやく見つけたんだよ。チルチルミチルの青い鳥を」
え? 喜ぶどころか今結構泣きそうなんだけど?
「人にあったかヌメプヨを知らしめ、虜にさせるモデルケース――ボクは、それをいつだって持っていたということに! まったくウカツだ! まだボクが幼い頃、自分自身が楽しむことばっかり考えていた恥ずかしい時期に切り捨てていたアレが、まさか候補に挙がるなんて! そうさ、自分で触っても自分の感触しかないけど――他人が触ったのなら、それは触った誰かにとって、自分の外の感触なんだから!」
深呼吸。
熱を上げていくムーと対照的に、俺の背筋・オン・冷や汗。
「先に言っとくぞ? 俺は、おまえの特殊性癖に付き合うつもりは、皆無にござる」
「ふっ、勘違いしない方がいいよ? 昔からそうだったじゃないか。ヒロがやってみようかと足を踏み出すんじゃない、ボクがやってみようぜと腕を引っ張るのさ! さあ――それでは、堪能しなよ! そしてなりなよ! 取り込まれて、虜になりなよ! んっ!」
んんっ! と、放り出される、綺麗な赤。
普段、そんなにまじまじと見ることなんてとても無い――
――自分以外の誰かの舌。
「ほんふんいはんおうふふといい、ほふのあっははうえふよおッ!」
「あー、何言ってるのか皆目見当付きません」
「じゅる……だからさ、いいんだよ? ボクの舌、触りまわしても」
「なにそれこわい」
「ヌメヌメを、プヨりまくっても」
「やだそれもこわい」
こちらがじり、と下がると、ムーは眉を寄せて、
「むー。ヒロ、どうしてもやってはくれないのかな?」
「何が悲しゅうて幼馴染の舌を揉みまくらねばならないのか」
「なら仕方ない。不本意だけど、本当に不本意なんだけれど。強硬手段に出させてもらう」
プリンがどけられる。
ありえない。あのムーが大好物の優先順位を下げた! その事実に、俺は否応なく戦慄する。
「そっちから触ってくれないなら、当てにいく」
「はぃ?」
「あったかヌメプヨを――強引に。あの時ボクを開眼させてくれたコンニャク大師父の如く、体当たりで、キミのカラダに、その感触を刻み込む」
「ところで現段階の俺の状況は幼馴染が手をワキワキさせながら舌をペロペロ動かしつつにじり寄ってくるとというものでつまりこのイベントはバグっていますので神様仏様迅速特急で修正お願いしますやくめでしょ」
「はあはんひんひへほいほいはへー!」
「なんでおまえは思いっきり俺の首筋に目の焦点を合わせてるんだよ寄るなってのキモチわりぃぃぃぃッ!」
結論。
笹岡夢生子がおかしくなった。
いや、元からおかしかったんだがもっとそっちにいった。
理由はたぶん、ほら、時期が時期だからじゃないかなー? この季節、気を抜いたらやたら開放的になるというし。だからといって閉めるとこは閉めといていただきたかったんだけど。
大体よ。
その性癖、今日まで隠してきたのなら何故今言っちゃうんだよ。
プリンか。
春+二人きり+プリンのデコレーションが破滅のフラグだったのか。
よろしい。
十分に学んだから早いとこデータロードして頂けますか。
今度はプリンを発見した瞬間自分で食いますから。
ダメ?
ダメかー!
「ヌメメメメメメメメメメメメ! プーヨープーヨーーーーーーーーーッ!!!!」
「うばああああああッッッッ! も、モ、モンスターーーーーーーーッ!!!!」
ほうほうの体で逃げ込んだ二階の自室、激しいノックの音に恐怖しながら、俺はひたすら神様に祈り続ける――
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