02/《AM09:27 第一の敵 NPモンスター 笹岡夢生子襲来・序》
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《AM09:27》
《 第一の敵 NPモンスター 笹岡
そして、平穏は引き裂かれる。
「よーっす! ヒマしてるか、してんだろ帰宅部ー! ボクもだから遊ぼうぜー!」
説明しよう。したくないけど。
笹岡夢生子は我が家の隣に住む、幼稚園から現在の高校まで常に一緒のクラスという筋金入り幼なじみで、元気じゃないところを見たことがないという怪獣である。
性格・性質は一言で言えば、男子。それもそんじょそこらの男子ではなく、生半可な小学生であれば逆に『落ち着いたほうがいいと思う』と引くほどの少年っぷり。
四六時中動き回るもんだから、邪魔にならないようにつって、髪とかも肩より下に伸ばした試しがない。
「――あのね、ムー」
「うん!」
「お互いさ、結構いい歳になったわけだし。そろそろなんつうの、適切でオトナな距離感とか導入してみても、」
「おっじゃまっしまーっす!」
もうお互い慣れに慣れきった、遠慮ってなにそれ食べれるのテンションで一階ベランダからの突入をかましてくる。おうともダメとも言ってないのに上がり込むんだからたまんねえよね。
あとどうでもいいけど、その上はTシャツ一枚に下は短パンで素足って油断スタイル、“休みの日だから”とか“気の置きようもない腐れ縁と会うから”とかの理屈を加味してもどうかと思うぞそこのすくすく育った卑劣な巨乳。
「さーって、それじゃ何して遊ぼっか!? マリカーするかマリカー!? よぉーっし今日は負けないかんなー!」
「ああ、もしかして俺たちの間には無駄な言葉とかいらねえんじゃねえかとさえ思えるよね」
主に一方通行的な意味で。
会話のキャッチボールを遙かに超越した、これぞ会話の壁打ち。
勝手にコントローラー取ってテレビとゲーム機の電源をつけるムーを尻目に、俺はと言えば溜息をつきながらもこの後の激戦に備えて台所からジュースなんぞを用意せんとす。
その途中、どうして我が家の冷蔵庫の中にはお隣さんの娘さんの名前が書かれたプリンがあるんだろうなー、と今更ながらに首を傾げるのであった。
いや。
我ながら誉められてもいいレベルの面倒見の良さだと思うね実際。
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『たいへんだ、ヒロ』
俺の知る限り。
苦しいとか悲しいとか怖いとか、およそダメージを受けた素振りを見せない怪獣幼馴染の、はじめての泣きそうな顔を見たのは、小学四年生の時だった。
『どうしよう、ボク』
子供の関係で、当時から既に心の距離ゼロ。
何かにつけて張りあい比べあい、弱みを見せれば茶化したり、みたいなやり取りを続けていた俺とムーだったけれど。
何故だかその時は、そういう気にはなれなかった。
ならなかった。
『聞いちゃったんだ』
何をだよ、と尋ねたら、震える声で返す。
『おとこの子と、おんなの子が、いっしょに遊んでるのは、おかしいって。ほんとうのともだちには、なれないんだぞ、って』
見たことが無かった。
いつだって元気で、何かにつけて手を焼かされて、振り回されるばっかりだった、怪獣の。
幼馴染の少女の、
そんな、泣きそうな表情。
『やだよ、ヒロ。ボク、そんなの、やだ。ヒロと、ともだち、やめたくない……。ずっと、ずっと、たのしいこと、いっしょにしたい……』
出逢ってから六年。
俺、
ようやく、自分の隣の家に住んでいたのが、怪獣の着ぐるみを着ているだけの女の子だったことを知った。
そして、
『――あのな、ムー。よくきけよ』
軽率な約束を、ひとつした。
『だれになに言われたのかなんて、しんねえけどさ。そいつのいってること、ぜんぶ、はずれだぞ』
『…………え?』
『だって。べつに、おれ、おれがおとこでおまえがおんなとか、そんなこと考えて、いっしょにあそんでんじゃねーもん。おまえといるとおもしれーから、つるんでるだけだろ』
『…………っ』
『それによー、おまえ、ジブンがおんなの子とかっていうの、ムリじゃん。ムーは、にんげんじゃなくってかいじゅうだ、かいじゅう。ムテキのかいじゅうがさ、へんなことでなやんでんじゃーねよ』
『――ヒロ、』
『わらえ、わらえ。おまえがおんなだなんて思ってねーし、そんなことで、おれはどこにもいかねーし。――となりの家にすんでるもんどーし、ぜったい、おまえから逃げたりなんかしねーからよ、ムー』
――今でもたまに、後悔をする。
反省点があるとしたなら、気恥ずかしさを誤魔化す為とか、相手の気にしてやることを大丈夫だと否定してやろうとしたことで。
この会話以降、明らかに、タガのはずれたところがある。
今までも別にそうでなかったのだが、これを堺に笹岡夢生子はより男女の区別に疎くなり、更に、神様はどういうつもりかこの怪獣に、豊かな恵みをもたらした。
育つ。
育つ。
ぐんぐん育つ、その
背は伸び、節々が丸みを帯び、中学に入学した時にはもう近隣の高校生が『マジかや……』と息を飲む怪獣がそこにいた。
性格・嗜好はそのままに、獲得するは艶と肉。
見よ。
かつて、行動力だけはあったものの、スケールが追いついていなかった怪獣は――ついに、その性質に相応しき巨大さを手に入れた。
笹岡夢生子、高校二年生バージョン。
それは、自分の身体がどれほど危険なものかをまったく理解せず、小学生男子のような行動を繰り返す、女を忘れたモンスターである。
「くぁーっ! 負けた負けたーっ、あはははははははっ! やっぱ強いなあすごいなあ、楽しいなあヒロと遊ぶのっ!」
バタンと倒れ足を投げ出す怪獣女子。
気付けば一時間半はぶっ通しの対戦、さすがに疲れて休憩タイムに突入した。
激闘を繰り広げ程々に疲れたので、先に見つけていたプリンを皿に盛りつけ、ついでにカットしたバナナやらクリームやらでデコレーションして出してやる――ムーにお昼ご飯が入らないという概念は無い、ついでに言えば太るという文字も無い。カロリー消費のおばけである――と、そりゃあもうはしゃぐのなんのって。小学生か貴様。
というかさムーさんや、ばっちり感づいてたんだけどやっぱり今日もその凶悪兵器に拘束具つけ忘れてるよね?
「…………むー」
……うん?
はて、何故だろう。てっきり怪獣ムーのこと、一も二もなく一口で平らげるかと思いきや、どういう意図かじっとプリンを見つめ始めた。
これは何事であろうか。
ぷよんぷよんとスプーンでつつき、その弾力を楽しんでいるようである。
これは何事であろうか。
よもや、こいつにその手の風流を楽しむ感性があるとも思えぬし。
「ねえねえ、ヒロー」
そうして数秒。
幼なじみの謎の動向に、生命進化の現場を目の当たりにしているかのような緊張を覚えていた俺に向かって、笹岡夢生子は唐突に、謎の話題を提供した。
それは。
これまでの俺の世界、思いこんでいた固定観念をぶっ壊す、壮大な告白だった――
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