とある健全男子を襲う三つの変態的誘惑事例

殻半ひよこ

01/《AM07:15 本日の前フリ》



《♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀》

   《AM07:15》

  《本日の前フリ》



「よいかね、弟よ」


 春日、寧日。

 本日、祝日。

 取り立てて変わったところのない、世間一般のテンプレート的な朝の食卓風景。


 ぽんぽんと白いご飯を茶碗に山盛りにしながら、神妙な顔で我が兄貴は尊い教えをのたもうた。


「肝要なのは客観視だ。物事というのは自分を基準に判断してばかりだと、どう気を付けても偏ってしまう。自らのおかしさは自らでは気が付けない、そんなことが多々、あるものだ。今自分が行っていることが、本当に正しいのかどうか自信がない――そんなときはいつでも遠慮なく、この私の姿を思い浮かべるのだぞ」


 凄まじい自信と台詞を炸裂させながらお茶碗を差し出してくる。

 さすがは日々『私は弟の模範となるべく生きている! それが私の生き甲斐だ!』と公言してはばからない、品行方正成績優秀の優等生なだけのことはある。


 ただ欲を言えばそういうのはもうちょっと外では控えてもらえると助かるな!

 ほら俺だって一丁前に思春期だし、アレがアレでこうなってどえらくツラいことになりかねないんで!

 ともあれ、その心遣いを無碍になどできるわけもない。サンキューフォーユー、と名前入りの湯呑みに緑茶を注いで返礼とする。


「恐るべきは不意打ちだ。非日常への落とし穴はそこら中にぽっかり口を開け、抗い難い魔力を以てその中に君を引きずり込もうとしてくる。……いいか弟よ、決して忘れてはならないよ。こうはなるまいと私たちが変態を覗いているとき、変態もまた、私たちを覗いているのだということを」


 謎の脅し文句である。

 あとその“実にこわいんだぞ”ジェスチャーやめて、逆に可愛いだけだから。


「はいはい。つまりいっつも兄貴が口酸っぱくして言ってる通り、若者は健全が一番ってことね。心配しなくても、ンな面倒臭そうなこと頼まれたってやりたくねえよ。それよかさっさとメシ食おうぜメシ」


 こうして、毎朝行われる恒例の、日々を健やかに生きる為の格言コーナーは終了した。

 朝食を終えた後、兄貴は髪を結んで余所行きに着替え、『部活に行ってくるよ』と出かけていく。


 ……後にして思えば。

 俺はもう少し、この事についてこの時点で、考えを巡らせておくべきだったのだ。


 ヒトの心は、本人が想像する以上に儚く脆い。

 自分は大丈夫、なんて楽観がどれほど危険なものなのか――それは、“やつら”の仲間になってからでは、思い出すことさえ出来ない過信なのだから。


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