第二信
可愛い珠香へ
素敵なお手紙どうもありがとう。便箋の代わりに端切れを使うなんて珠香らしいなと感心しました。珠香は大妃殿にいた時から布切れや反古紙を田舎では貴重なものだからといって捨てずに工夫して使っていたものね。でも布切れもたくさん出るものではないと思うので手元にあった紙を送ります。これからはこの紙を使ってね。
さて、私の近況ですが、二度と門を潜れないと思っていた実家に帰って既に何日も経つけれど何か落ち着きません。朝起きてから夜寝るまで、特にすべきことがないのです。これは出仕する前の生活に戻ったに過ぎないのですが、以前いは感じられなかった物足りなさのようなものがあります。一日中部屋の中で、書物を捲ったり、詩を作ったり、手習いをしたり、刺繍をしたりして過ごす生活は以前はそれなりに楽しかったのですが、今はちっとも面白くありません。本を読んでも感想を語り合える人も無く、良い詩が出来ても、手習いが上手く書けても、刺繍が出来上がっても、これらを見せたり、何か言ってくれる人がいないことが、これほどつまらないこととは思いませんでした。そう、珠香がいなくては何をしても楽しさを感じないのです。
初めて珠香に会った時、昔話に出てくる貧しいけれど正直で働き者の女の子ってこんな感じなのだろうなと思いました。ふっくらとした頬と小鳥のさえずりのような声、本当に可愛いかったです。
これまで私の近くには同年代の女の子はいませんでした。実家にいた下働きの女たちは、皆、成人していました。普通の士大夫家の娘たちには身の回りのことをする侍女がいるとのことですが、私にはそうした者がいませんでした。賤民出身の母が自分のことは自分でするようにしたからでした。それでも弟は外で遊んでいたので友だちも出来ましたが、身分は賎民だけど士大夫の娘として育てられた私は外に出られなかったので友だちを得られませんでした。
大妃殿に来た時、宿所は二人一部屋だと聞いたので、同室になった子とは仲良くなりたいと思いました。そこに現れたのが、あなた珠香です。緊張して固くなっている珠香がとても愛おしく思えました。これから、この子と一緒に暮らしていけると思うと本当に心が弾んできました。
珠香は仕事の時以外はいつも側にいたわね。ご飯を食べる時も、本を読んだり手習いをする時も一緒で、寝る時は布団をくっ付けて身体を寄せて。
仕事で嫌なことや辛いことがあっても部屋で珠香が待っていると思うと気にならなかったわ。そして、二人の非番が重なる日はとても愉しかった。一日中、一緒に本を読んで感想を語りあったり、お針をしてお互いの作ったものを見せ合ったり。手習いや詩が出来上がった時、珠香はいつも褒めてくれて、とても張り合いがあったわ。
それで考えたのだけど、珠香に我が家に来て貰えないかしら。珠香のお家には大妃殿の時のようにお給金を払うつもりです。でも使用人としてではないわ。大妃殿の時のように私の部屋で一緒に暮らすの。一緒にご飯を食べて、本を読んだり、刺繍をしたり。時々、庭を散歩して草花を愛でましょう。
或いはうちの別邸が川辺の眺めの良いところにあるので、そこで二人っきりで暮らすのも素敵ね。小ぶりの家だけど庭もあるので、そこに珠香の好きな花や樹木を植えて、綺麗な岩石を飾って、それを眺めながらお茶するのもいいわね。
我が家にはそれくらいの財力ならあるから、珠香は何の心配もしなくていいのよ。
珠香のいない毎日は本当に寂しいわ。一刻も早く会いに来てね。
碧香より
双香尺牘 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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