Day2‐7

 涼香は1人、見張りの集合場所へと向かっていた。

 今日は何の話をしようか。

 そんなことばかり考えている。見張りに集中しなければならないのはわかっていても、頭の中はそればかりだった。

「ありゃ? 涼香も見張りね?」

 不意に後ろから話しかけられ、慌てて笑顔を消して振り向く。

「そんな怖い顔しないで欲しいね。久々に話しかけただけね」

「葵」

「涼香があたいのこと恨んでるのはわかるね。でもあたいたちは仲間ね」

「違うの違うの。ちょっと考え事してて」

「そうね。ならよかったのね!」

 葵はピョコピョコと兎のように跳ねながら、先に歩き出した。

「……葵は、思い出したりする?」

「何をね」

 彼女はくるりと振り返る。

「外に出ていった兄貴のことね? それとも、彼らが死んだことね?」

 そう尋ねる葵の目には光などない。

「感情なんて、思い出なんて、諜報部員には関係ないね。持ってちゃいけないね」

「……辛くないの」

「辛い? 何がね。裏切り者だった兄貴を、自分の手で殺すことになったことも裏切り者だった友達を、自分の手で殺すことになったことも。

 そんなの、もう過ぎたことね。そんなこと悩んでたら、もっと大切なものを失うね。

 ……あれ、佐伯隊長達から聞いてなかったね。あたいが兄貴も殺したこと」

「だって、お兄さんは一歳年上でしょ? どうしてそれを葵が」

 寂しそうに笑った。

「疑わしきものは、クロなんだってね。兄貴が何したかも知らないし、少なくともあたいが知ってる兄貴は裏切りなんてできない小心者ね。

 だけど浅川副隊長が、そう言ったね。あたいの兄貴が極秘資料を持って逃げたってね

 もし、抜きん出た諜報部員になりたいなら、チャンスだってね」

「……それで、葵は」

「兄貴の最期の日は、兄貴が自由になれる日だったね。だから、見送りって口実が役に立ったね。ゲートまで一緒に歩いて、沢山のことを話したね。

 あたいの知らない死んだ父親の話とか出ていった母親の話とか。それから言ったね。『葵も外に出ろ』ってね。

 その瞬間だと思うね。気づいたら兄貴は倒れてたね。

 体一つ。何も持たずにね」

「それじゃ」

「そこから考えないことにしたね。この人は本当はいい人なんじゃないか、とか。この人は本当は何もしてないんじゃないか、とか。

 そういう難しい判断は全部、あたいはしないことにしたね」

 涼香は葵の手を握る。驚いたように立ち止まってから、寂しそうに、その手を払った。

「今日は涼香に大切なことを伝えに来たね」

「何?」

「野村 伸一には気を付けね」

「……え」

「さあ、着いたね! 仕事、仕事」

 葵はくるりと回って、涼香の目を見据える。その瞳は金縛りのような感覚を涼香に与えるくらいの、強い光と意思を持っていた。

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