Day1‐17

「皆、静粛に」

 地を揺るがす様な声がホールに響いた。

「梵元帥じゃ」

 慌てて皆が最高礼する。

 それを見回し男はゆっくりと頷いた。

 まるで"オリヅル"のために産まれたかのような男。齢70に近いというのに、その外見は50歳と言われても誰もが信じるだろう。肌は日に焼けて茶色く、瀬戸内海の波のように白い髭は今日も顎下で結ばれている。

 彼が"ヒロシマの男"と呼ばれるのは、その外見だけではない。その昔"そよぎ"という名字は広島によくいる名字だったらしい。今は彼しかいないが。

「まずは皆にお祝いの言葉を言おう。20歳の誕生日おめでとう、と。

 そして言おう。自らの為に生きよ、と」

 ゆったりとした足取りでホールの中を進む。コツコツという杖の音が響く。

 皆、彼が側を通る度に体を震わせた。何もしていなくても圧があるのだ。

 この人には逆らってはいけない。

 目を合わせてもいけない。

 そんな圧が。

「じゃがのう。人に迷惑をかけてはいかん。特に我が同志達にはの。

 何故ならワシらは家族じゃからのう」

 足音が涼香の近くで止んだ。

 皆がゆっくりと体を起こす。そのまま、右手を胸の前に添えた。指先が、震える。

「20歳になったとき、どうして道を選ばせると思う」

 そう言って周りをゆっくりと見回す。皆が目を合わせないよう俯いていた。

「そこの君」

 指差された男が弾かれたように顔をあげる。

「どうしてじゃと思う?」

 優しく、問いかけた。

「それは……自分の運命を……自分で切り開くために」

「ほう。教科書の答えそのまんまの考え方じゃ」

 ホッホッホッと笑って、男の脳天を杖で殴った。何も言わずに男は崩れ落ちる。

「そんな甘い考えなわけかなかろう」

 笑顔でまた歩き始める。

「それはのう、異端児を炙り出す為じゃ」

 コツコツコツ。

「誰もが同じ教育を受けても、同じ思考になるわけじゃない。それこそワシらは機械じゃのうて人間じゃ。時に普通とは違う考えを持つものもおる」

 足音が続く。

「そういう人間を、この町から友好的に排除することに意味があるんじゃ。決して傷つけず。決して殺さず」

 近づいてくる。

「じゃが、時には身を守らねばならぬときもある。

 そうは思わんかね」

 足音が止まる。

 涼香の前で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る