Day1‐2

 世界は、イカれている。

 今から80年くらい前。2100年の記念式典の日。あるイカれた男がイカれた提案をイカれた世の中に提示した。

「この世界でなぜ戦いが起きるのか。それは統治者がいないからである。では、誰が統治者であるべきか。

 それは人間ではなく、人間を越え、そして人間であることができるものだ」

 その日、AI"teller"が世界に溢れた。

 そこから生活は変わる。

 積極的に受け入れた欧米諸国は、どんどん発展していった。消極的なその他の国はどんどん貧しくなっていった。

 "teller"は人間の叡知を集めても足りないほど優れていた。一つ質問をすれば、十の答えが返ってくる。

 素材の色や香りを楽しむ食事が、キューブ型になった。同じキューブでも味はきちんと違う。そしてそれは、バクテリアを合成して作っていた。だから、貧しい国が無くなっていく。

 様々な仕事がなくなった。でも人々は平和に暮らしている。働かなくても"teller"がなんでも用意してくれているのだ。

 そんな世界になった。

 彼女たちの国"ニホン"は最初は消極的な状態だった。しかし大国が次々にAI化していくなかで抗うことができなかった。

 たとえ抗ったところで、小さい島国。独りで何ができるだろう。

 賛成しなければ「平和に賛同できない国」のレッテルを否応なしに貼られてしまう。

 京都、東京、北海道、大阪。

 徐々にAI化が広がり、消極的な意見を持つ人々はどんどんと追いやられて行った。

 そして"ヒロシマ"だけがAI化から逃れて、古きよき"ニホン"でいられる場所になった。

 "ヒロシマ"と言っても、昔の広島県とは違う。昔"尾道"と呼ばれていた場所とその周りだけ。本当に小さな小さな"国"なのだ。

 この街で育つと、二つの選択肢を与えてもらえる。20歳になったら、皆が通ってくる道。だけど、その道は誰が何度通っても、獣道にすらならない、棘の道。

 家族を捨てて便利で広い外の世界に出るか。

 人生をなげうって世界に反乱軍と呼ばれ、死に怯えながら名誉を守り抜くか。

 自らの意思で決めなければならない。

「わいはこん国で生まれて、こん国で育った"ニホンジン"じゃ。元の"日本"も知らんし"日本人"も知らん。

 じゃけど、わいは"ニホンジン"だ」

 そう言いながら笑っていた父の顔が思い浮かんだ。

 馬鹿な父親、とポツリ呟く。

 その"ニホンジン"に固執しなければ、今もきっと笑い続けていただろうに。

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