第2話 召喚先は間違いで

 ふと気がつくと俺はなんとも言えないふわふわとした浮遊感の中、虹色のチューブ状の所を流されていた。


 とは言っても液体の中を流れているわけではない。そのチューブの先で燦然と光り輝く出口に向かって徐々に吸い込まれて行ってると言うのが適切だろう。


 え? 分かり辛いって? じゃあ簡単に身の回りにある物で例えると……掃除機に吸い込まれかけたゴミ……いやっ、今のはなしでお願いします。


 とは言え、出口の先は知れたこと。アレだよアレ、死後の世界ってやつだろ? そしてさしづめ今いるこのチューブが天界へのきぎはしなんだろう。


 死んでからもこうしてダラダラと独り言を続けている俺はなんとまあ惨めなことか。


 生きている間にこのユニークな独り言を嫌々でも聞いてくれる友人がいたらテロリストになんかならずに皆んなと馬鹿やって高校生活満喫して……暫く先になるけど地味に憧れていた就職をしてみたりして。


「なんだか最期の最期までパッとしない人生だったなぁ〜。いや、最期だけはパッとしてたか。なーんてな。あはははは……」


 本当に一人きりになったことを感じる。やはり生物としてなのだろう。心の奥深くから底冷えするような恐怖感がこんこんと湧く泉のような独り言を途切れさせ、終いにはそれを絶叫へと変えた。


「何だよ。死んだら天使とか女神様とか迎えに来てくれるんじゃねえのかよ。結局、俺はどこまでも独りなんだな……」


 爆弾作りながら流し見ていたアニメの数々を想起して“詐欺じゃねえか”と再び叫びたくなる気持ちをぐっと抑える。


 地味に音が響くこのチューブの中では次に叫び声をあげると二度と元いた場所には戻れない、そんな気がしたからだ。


 だが、この時神は俺を見捨てたりはしていなかった。


 俺の背後から“アァァァァァ”と悲鳴が聞こえる。普通の物語ならばそこにいるのは基本死んで間もない同年代の美少女や翔太のお迎えを忘れていたドジっ娘天使とかになるんだろうが……


 先に訂正しておこう。神は俺を見捨てはしなかったが決して甘くはなかった。


 背後から悲鳴と共にえげつないスピードで飛んでくるのは、ネクタイを頭に巻いたなんだか汗の酸っぱい臭いがしそうな小太り眼鏡のおっさんである。


 俺が死んだのが深夜三時過ぎだったから終電逃した宴会後のおっさんかな? この人の死因は何だろう? とささやかながら考察をしてみる。


 しかし、おっさんは俺が声をかける前にすぐ横を体感的には新幹線並みのスピードで通り過ぎ超特級で天界へと召されて行く。その酸っぱい臭いをまとったソニックウェーブが浮いている俺の体を揺さぶりくるくると回転させる。


 そして、なんとか態勢を立て直した頃にはおっさんはもう遥か彼方に見えなくなっていた。


「いったい何だったんだ、あのおっさん? 」


 そんな悠長な疑念に気を取られている間に実は俺にも大変な事件が起こっていた。


 簡潔に言うと、横穴である。


 縦に、上に、垂直方向にしか伸びてない天界へのチューブに突如として横穴が出現し吸い込みにきている。


 しかもこちらは行先が見えず吸引力が半端じゃない。


 ゆっくりと天界へと吸い込んでくれる今の虹色チューブが普通の掃除機ならば、このどす黒い横穴はダイソンと言ったところである。


「はっ?おい、マジかよ。俺の人生って死んでからの方が盛り上がるタイプの人生だったのかよ(泣)」


 死んでからって人生じゃねえだろというツッコミはさておき、結構ヤバい。


 このままでは天に召される事もなく永遠と俗世に伝えられるレベルの黒歴史を記憶したまま訳の分からない場所を彷徨さまよいそうなので俺は全力の平泳ぎで対抗する。


 ちなみに、決してクロールができない訳ではない。決してだ。


 まあもちろん平泳ぎ程度の推進力ではダイソンの変わらない吸引力に歯が立つ筈もなく0.2秒ほどしか耐えることはできなかった。


 荒れ狂う生温かいキモい空気の奔流に押し流されて、俺は再びその意識を手放す事となった。


「ヤメテぇ、俺をゴミ扱いしないでぇ……ガクッ」


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「お? 来た来た」


 そんな声が俺、真の流れ者である鈴木翔太の意識を覚醒させる。


 もちろん女性の声ではない。おとこの声だ。


 ゆっくりと重いまぶたを開ける。嫌に眩しいその空間の中心に据えてある、宝石の散りばめられた豪勢な椅子に腰かけた声の主と見られる男がこちらを嬉しそうに見下ろしている。


 赤目に銀縁の丸メガネ。その細面は所謂いわゆるイケメンで伸びすぎたくすんだ銀髪を高めのポニーテールで纏め、ホストの様な胸元の開いた衣装を着ている。


 これが女性ではなく男性でいるという事、そして見た目年齢がアラサーという事が大層残念に思えてならない。


 ニヤついた顔で玉座から立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。よく周りを見わたすと、翔太は骨やら宝石やらが散乱している魔法陣の中心に直立のまま鎖で戒められている状態である。


 ぞっと悪寒が走る。何だろう、ものすごく逃げ出したい気分だ。


 怖いかって? ああ、怖いよ。ホストの笑顔がもう同性愛者のそれにしか見えなくてマジ怖えよ。なんかさっきからハアハア言いながら近づいてくるよ。


 そんな心の声が聞こえているわけもなく更に不敵な笑みを増し、グイグイと近づいてくるホスト。


 そして、急に立ち止まると両手をバッと広げ天を仰ぎ見、叫び出す。


「よく召喚に応えてくれた。かの魔道書に予言された一人で幾人ものゴマを同時に擦る事ができると言われし数十にも及ぶ腕を持つ究極の英雄。『企業戦士』鈴木翔太よ」


「……は? 」


 それ以外に返す言葉は見当たらなかった。だが間違いなくこれはアニメや漫画で見た事がある展開であった。そう。アレだよ……


 確実に誰かと間違って異世界召喚されてるよ。俺。

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ワーキングプア 八冷 拯(やつめすくい) @tsukasa6741

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