ワーキングプア

八冷 拯(やつめすくい)

第1話 高校生テロリスト、鈴木翔太

 俺は今、重大な任務に就いている。


 人気ひとけのない夜の学校に忍び込み、警備員のおじさんに見つからないようにコソコソと自分がつい先日まで通っていた教室へと足を運ぶ。


 まるでスパイ物の映画の主人公になった気分だ。


 俺の名前は鈴木翔太、十六歳。なんで俺がこんなに怪しいことをしているかって?


 それは……まあ話せば長くなるのだが、要約すると俺がありったけの勇気を出して実行に移した告白をクラスメイト全員の前でふったあの憎い女……雪泉琴音をぶっ飛ばすためだ。


 しかもふった理由を聞いたら


「鈴木君はなんかこうパッとしないと言うか……普通すぎるというか……」


 どんな理由だよ。笑えねえよ。のび太君だってせめて笑い話にできる振られ方するわ。


 おっと、話し込んでいると早いことにもう教室に着いちまった。


 立て付けの悪いドアをできる限り音を立てないようにして開ける……つもりだったのだが……見通しが甘かった。


 ……………ドアに鍵が掛けてある。


 やっべ。これ俺帰るしかなくね? え? ドアの上にある何のために使うかよくわらない窓が空いてるぞって? ふっ、冴えてるじゃないか。


 こうして自分で自分を褒めてやると独り言にもハリってのが出てくる。


 窓枠に足をかけてなんとかよじ登り、誰もいない夜の教室に潜入する。


 教卓の下まで行きそっと手製の爆弾を忍ばせてスイッチを押す時が来るのを待つ。


 聞いて驚け。なんと雪泉琴音は俺の現担任教師なのだ。


 美人で誰にでも優しくて美人で何でもできて美人で美人な俺の理想の女性だった。



 話は変わるが、俺が持って来た爆弾は時限式で五時間後に爆発するようにプログラミングをしてある。


 なんとこれを作るのにかかった金額たったの五千円。流石は通販、なんでも安く手に入る。


 そもそもなんで爆弾なんて方法を選んだのかって話だけど……毒殺や刺殺、絞殺は一人当たりの時間がかかり過ぎて全員をぶっ殺す前に誰かに逃げられてしまうからだ。


 まあそんな事はどうでもよくて、俺はこれをHRが始まる八時に爆発するようにするために、わざわざ深夜三時なんかに学校に忍び込んでいるのだ。


 それを使って俺を笑い者にしたクラスメイトや雪泉琴音をぶっ殺してやる。


 逸る気持ちを鎮めているといつの間にか三時丁度に差しかかろうとしていた。


 震える指で爆弾のスイッチを押す。


 タイマーがチクタクと音を立てて進み始める。


 俺はもう暫く、これで見るのも最後となるこの教室を一回りしてから帰るつもりだ。


 タイマーが忙しなく音を立てている。


 こうもうるさいと帰り道に生徒たちが話している自分の悪口を聞き逃さない程度には敏感な耳をお持ちの警備員のおじさんに気づかれそうで怖い。


 爆弾に目を見やると4:13と表記されていた。やっぱり緊張してるんだろうな。いつもより時が進むのが早い。


 そんな些細な事は心の片隅に追いやり、カーテンのシミ、机の木目、引っかき傷が残る黒板を舐めるように眺めて教室を一周して来た。


 おかしい。


 爆弾の残り時間が0:21になっている……まさか俺は教室一周するのに四時間もかかったのか⁉︎

 そんなはずはない。だとすれば……考え得るのはただ1つ……プログラミングを間違えたんだ……


 俺は急いで教室を出ようと入り口のドアに手をかけて思いっきり引っ張るが勢いよくスライドしようとした俺自身の指先が弾け飛ぶ。そうだ、鍵が閉まっているのだ。


 そうこうしている内に爆弾はあえなく爆発。


 クラスメイトと担任教師を巻き込む予定だった高校生テロリスト鈴木翔太の初仕事。


 それは時限爆弾の時間設定のミスにより、五時間後ではなく五分後にその爆弾を爆発させ、誰の目に留まることもなく無残に一人で散ることで幕を閉じた。


「ちくしょうーーーーーーーーーーしくじったぁーーーーー」


 断末魔の叫びが宇宙そらに吸い込まれてしまうのと刻を同じくして彼、鈴木翔太の16年にも及ぶいたって普通の毎日が終わりを告げたのだった。

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